カメラ

 一眼を初めて買ったときは何とも言えない多幸感とこれから出会うであろう様々な景色を想像して胸が踊ったのを覚えている。

 趣味で始めたことだったが、運の良いことに今はこれで生計をたてることができている。嬉しさ半分、世間の風当たりの強さ半分といったところだ。苦労は絶え間ないし心休まるときはない。いつ職を失うかもわからない絶望がべったりと貼り付いている。しかし自分の作品を良いと言ってくれる人がいる幸せはえもいわれぬものだった。


 違和感に気づいたのはつい一月前のことだ。風景写真の中にぽつんと佇む人を見つけたのだ。小さすぎて被写体の中に紛れていることに気がつかなかった。ポスター用に依頼された写真だが一般人が映り込んだ場合は許可を取るか人がいなくなってから撮り直すかだ。前者は大抵面倒なので後者を選択することがほとんどだった。それか映り込んだ部分を加工して消すか。これは正直おすすめしない。どれだけ編集の手が上手かろうと違和感しかないのでばれる。

 幸いなことに予備で撮った写真には映り込んでいなかったためその中で映りの良いものを納品することにした。

 次に気づいたのは別の取引先からの電話からだった。雑誌記事用にと撮影したデータに不備かあるとのことでメールを一緒に確認したところ確かに人が映り込んでいたのだ。謝罪をしたのち差し替えたデータを納品した。

 しかしその作業中気が気ではなかった。前回映り込んでいた人と同一人物だったような気がしてならない。もちろんすぐに確認した。一月前のものと今回連絡があったものは別日に西と東の全く別の地域で撮ったものだった。しかし写真の中にぽつんと立つ人物は同じ背格好同じ衣服同じ佇まいでそこにいるのだ。

 それからはあっという間だった。データ上にいる彼は確実に写真の中に映り込むようになった。そしてこちらが気づいたときからだんだんとその距離を縮めてきている。最初はつぶれて見えなかった表情も今では髪の毛の流れまでしっかり確認できるようになった。彼はただぽつねんとこちらを見ている。たしかにこちらを認識しているのにおぼろげでこちらを見ているのか定かではない。まるで自分のなかを見透かされるような、次の行動を読み取ろうとしているような気がしてならない。

 そしてある日カメラを構えるとファインダー越しに彼を見つけてしまった。そよぐ風で木々や葉が踊っているのに彼だけ切り取られたように一時停止し体どころか衣服までも一切動かず直立している。このまま見続けていたらどうなってしまうのだろうか。そう思うよりも早くファインダーをおろした。もちろん目の前に彼はいない。ただ青々とした森林が広がっている。もう一度カメラを構える。わかってはいたが先ほどと同じ場所に彼は立っていた。

「ふう……」

 再びカメラを下ろし深呼吸をする。無意識に肩に力が入っていた。なんど同じ動作をしたら気がすむんだ。自分が自分で嫌になる。カメラを持つ指先は血の気が引いて真っ白だ。そんなことを考えている間もきっと目の前にいるのだろう。虚空を見つめ無表情で目の前に。

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