第19話 三谷というクラスメイト


 図書室でさやに告白してからというもの、何故かさやは学校に来なくなった。


 いや、実際にはアヤガワサヤという生徒は毎日登校しているけれど、それは『さや』ではなく『紗陽』の方で。でも誰もそれに気づく事は無い。クラスメイトはもちろん、先生さえも。

 俺は毎日憂鬱だった。さやと話すのはとても楽しいのに、紗陽の方はべっとりとした話し方でやたらと俺にひっついてくる。さやと同じ身体のはずなのに、それがものすごく嫌だった。


「天野くん、国語の教科書忘れちゃった。見せてくれない?」


 ほら、また来た。毎日何かしらの教科書を忘れたと言って机をくっつけたがる紗陽に、よほど「さやと交代してくれ」と言いたい。そんな感じだから昼休みの図書室だって、あれから行く気にもなれないでいる。


「ねぇ、天野くんって合気道習ってて強いんだよね。私、ずっと前にカモに追いかけ回された事があるの。あの変態、最近見ないけど、もし今度私に何かしてこようとしたら助けてね」


 紗陽の家は学校の近くなんだから大丈夫だろう、そう言いたかったけれど実際は愛想笑いで頷いた。でも……もし、紗陽じゃなくてさやの時にカモが追いかけているのを見たら……。

 その時は迷わず助けに飛び込むのに。


 カモに初めて会った時の恐怖が段々と薄れてきていた俺は、そんな事まで考えていた。


「おーい! 今日の放課後は神社の広場で遊ぼうぜ!」


 昼休み、丸本がそんな事を言い出した。今日は先生達の会があって放課後に校庭で遊ぶことが出来ないのだ。最近丸本はクラスメイトのほとんどを引き連れてドッジボールをしたり、かくれんぼをしたりするのにハマっていた。今日はその会のおかげでいつもより少し早く学校が終わるのに、遊ばない手はないという事だろう。


「天野も来いよな」

「うん、今日は妹も歯医者があって母さんが学校まで迎えに来るらしいから。いいよ、遊ぼう」

「よっしゃ! 天野はいつも妹と帰らないといけなかったから、なかなか遊べなかったもんなぁ」


 嬉しそうに笑う丸本は、夏ももう終わったのに日焼けした肌はまだ黒い。俺に話しかけた後に三谷や他のクラスメイトにも声を掛けて回っていた。


「神社の広場でドッジボールなんて出来ないと思うけど」


 三谷が俺のそばに近寄ってきて苦笑いをしながらそう呟く。確かに雫山神社には駐車場用の空き地のような場所があるけど、ドッジボールをしたらボールがどこへ飛ぶか分からないし危ない。


「おい、丸本。ドッジボールは無理だぞ。前にあそこでドッジボールやって、近所の窓ぶち破って怒られただろ」


 次々とクラスメイトを誘っていく丸本に三谷が言葉を投げかけた。どうやら前科があるらしい。


「あー、そんな事もあったなぁ。じゃあ今日はかくれんぼか、ケイドロだな!」


 へへっ、という風に丸顔をくしゃりとして笑う丸本はやはり憎めない奴だ。だからクラスでも人気があって、丸本が誘えばほとんどのクラスメイトが集まる。今日は珍しく普段参加しないような女子達も、神社での遊びに参加するらしい。


「私達も遊びに行こうっと」


 そう言って三谷と俺の近くに寄ってきたのは紗陽。仲の良い川滝と香川それと横田も引き連れている。いつもは校庭の遊びには参加しない四人だけど、今日は神社で遊ぶといういつもと違う日だからか参加するらしい。


「へぇ、綾川さんが参加するのは珍しいね」


 メガネを持ち上げながら三谷がそう言うと、紗陽は鼻で笑うようにして女子達に目配せする。こういう仕草が俺はとても苦手だ。


「まぁね、三谷くんも行くの?」

「丸本が行くなら、俺を連行するだろうな。ほとんど強制だよ」

「幼馴染も大変ね。じゃあまた放課後に」


 紗陽と女子達はそれだけ言って去って行った。川滝に香川、横田に至っては後ろでいただけで喋ってすらいないけど。何しに来たんだろう?


「女子ってよく分かんないよなぁ」


 俺が紗陽達の後ろ姿を見ながら三谷に話しかけると、三谷は笑いながらズレたメガネを直した。よほど面白かったのか、なかなかしゃっくりみたいな笑いの波が止まらないようだ。


「三谷くん、何か面白いところあった?」

「天野くんって、鋭いところがあって普段は大人っぽいのに、恋愛に関しては疎いんだね。それとも、綾川さんは好みじゃないからわざと気づかないふりをしているのかな?」


 メガネの奥で三谷の目がきらりと光ったような気がした。やっぱり三谷は俺と似ているところがある。捻くれた考え方をする大人ぶった子ども。


 勉強が良く出来るからと、中学は私立に行くために雫山村を出るかも知れないと話していたのを思い出す。三谷も俺と同じ、家族の事で悩みがあるのかも知れない。わざと大人ぶって本心を言えないでいるのかも。


「俺はまだ子どもだから分かんないな。女子よりも、三谷くんや丸本くん達と遊ぶ方が楽しいよ」


 そう言って三谷の背中をポンポンと叩いた。三谷の言う事はいつだって本当に俺なんかより大人っぽい。俺は大人ぶって難しい言葉を使ってみたりするだけで、中身は甘えん坊で我儘な明日香とあまり変わらない。


「天野くん」

「ん? 何?」

「……いや、やっぱり……また今度話すよ」


 何か言いかけた三谷の様子がいつもと違った気がして気になった。けれど、ちょうど昼休みが終わるチャイムが鳴って皆がガヤガヤとし始めたから、結局聞きそびれてしまった。


 今日の放課後にでも聞けたら聞いてみよう。




 






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