第8話 学校へ


「お義母さん、どうもありがとうございます」

「いやいや、いいのよぉ。桐人ちゃんと過ごせて楽しかったわぁ」


 母親が俺と祖母の姿を見つけると、祖母に向かって頭を下げた。このタイミングの良さを見るに、家を出る前に祖母が電話でもしていたのかも知れない。一緒に出てきた妹は、祖母に向かって満面の笑みで駆け寄ってくる。


「おばあちゃーん! お兄ちゃんもおかえりー!」

「明日香ちゃん、そんなに走って喘息は大丈夫かい?」

「大丈夫! お薬飲んでるから!」


 祖母の腹に抱きつくようにする妹と、こちらに向けて笑いかけてくる母親。俺はどうしたら良いか分からなくて、ただじっと妹を見ていた。


「桐人、おかえり。明日から学校だもんね」


 母親が近寄って声を掛けてくる。その声音は敢えて優しいもので、俺が祖母の前でどんな反応をするのか窺っているようだ。


「うん、ただいま」


 敢えて普通に返事をすると、ホッとしたように笑う。どうしてこんなにぎこちない親子関係になってしまったんだろう。母親もそのぎこちなさが居心地が悪いらしく、無理矢理話題を作っている感じがする。

 

「お父さんも今は仕事でいないけど、もう桐人に怒ったりしてないわよ」

「そうなんだ」


 母親にはそれだけ答えると、祖母の方へと振り向いて笑顔で手を振った。背中側で母親がどんな顔をしているのか見えないけれど、また俺に素気なくされて傷ついた顔をしているのを見るのは嫌だった。


「ばあちゃん、ありがとう! また遊びに行くね!」

「うん、またいつでもおいで。明日香ちゃんもまた遊びにおいでねぇ」

「うん! 私もおばあちゃんち行きたい! 学校が始まっちゃうから、また土日で遊びに行くね!」


 祖母がまたあの坂へと帰って行くのを見送ってから、三人で家の中へと入る。妹は無邪気に「お兄ちゃんおかえり」と何度も繰り返し、「明日からの学校楽しみだね」と話しかけてきた。

 

「ここに来て、調子はいいのか?」


 妹の事は可愛いと思ってる。別に両親が妹ばかり可愛がるからって、妹が憎いわけじゃない。決して。


「うん。前より咳が少なくなった気がする。息も苦しくないし」

「そっか、良かったな」


 真っ直ぐに肩まで伸びた髪の妹は、街にいた頃より確かに顔色も良い気がした。少し走ればゼイゼイとすぐに呼吸が上がっていたのも、さっき祖母に駆け寄った時に辛くなさそうだということは感じた。妹にとってこの田舎は、陰湿ないじめからも喘息発作からも解放される良いところなんだろう。


「学校までの道、どうやって行くか見ておいた方がいいよな。母さんに言って一度歩いてみた方がいいんじゃないか?」

「うん。お兄ちゃんが帰って来たら行こうって話してたの。ねぇ? お母さん」


 そう言って妹が母親の方を振り向くと、母親も笑って頷いた。帰って早々だけど、出掛ける支度をして再び玄関を出る。母親は前の家でしていたように、玄関の鍵をきちっと閉めた。


 家の前の坂を下って、またあの地蔵の前を通る。母親も妹も話しながら通り過ぎたからか、その存在に気づくことなく手を合わせずに通り過ぎた。


 しばらく坂を下ると、小学校が見えてくる。思ったよりもしっかりとした学校だった。村の学校っていう偏見から、木造でオンボロな校舎かと思ったけれど、ちゃんとグラウンドのネットだって前の学校と同じくらい背の高いものだった。


「わぁ! ここが学校なんだ! 前の学校と少し似てるね」


 立派な石造りの校門には、小学校の名前が彫り込まれていた。夏休みの学校にはもちろん人気は無く、門もしっかりと閉じられている。

 向こうの方には、青っぽいジャングルジムやウンテイ、登り棒、ブランコもある。俺の苦手な鉄棒だって大きいのから小さいのまで五段階ほどの高さがあって、前の学校よりも遊具が多く感じた。


雫山村立雫山しずくやまそんりつしずくやま小学校……か」

「前の学校は市立しりつだったよね。今度はソンリツって言うの?」

「ここが雫山村だから、村立なんだよ」

「へぇー」


 母親も妹と一緒に物珍しげに校庭の様子を覗き込んでいる。遠くに飼育小屋みたいなのも見えるから、ウサギとかアヒルみたいな小さい動物を飼っているのかも知れない。

 

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