第34話
「んっ、んぁ」
なんて良い心地なのだろうか。
私は兄さんの匂いに包まれながら微睡む。
何も考えられない。何も考えたくない。兄さんにずっと溺れていたい。
「んぅ......」
そうだ、こうして腕を伸ばせば本物の兄さんを抱きしめることもできるだろう。
そう思って腕を伸ばすけれど......あれ?兄さん?
パチッとそこで私は重大な事実に気が付き目を覚ます。
兄さんのお布団が私をダメにしていて、言い訳になりますが昨日の球技大会が尾を引いたのかいつもより遅い起床になってしまいました。
それより、兄さんは?
私の兄さんはどこ?
部屋を飛び出して、リビングへと向かう。
近づくにつれて、段々と良い匂いがする。これって、まさか朝食?
リビングに着くと兄さんがテーブルに朝食を並べていた。
「に、兄さんが朝ご飯を作ってしまったんですか?」
「う、うん」
私は思わず呆然としてしまい、良くないことを考えてしまいますし、それに私自身が不甲斐なさ過ぎて自殺してしまいたいです。
兄さんに料理をさせてしまうなんて。
兄さんが料理をしてもし怪我でもしていたら今日遺書を書いて死んでいただろう。
見た感じ、包丁で怪我はしていないため良かったけれど。
「に、兄さんは、どうして朝食を?」
「か、花蓮が......」
「私の事がいらなくなったとかじゃないですよね?」
これが、一番重要なことだ。
兄さんに私を必要とされなくなれば私は自分自身に存在価値を見出せなくなってしまう。
だって、兄さんは私のすべてだから。
「花蓮の事はいるに決まってるでしょ?僕にとって大切な人だから」
「ほんとう?本当にそう思ってくれていますか?」
「うん、本当に決まってるでしょ」
兄さんが至極当然という顔をされてそう言ってくれますけれど私の心は依然穏やかではありません。
内心、私の事など......
そう思っていると、兄さんは私の事をギュッと抱きしめて頭を撫でくれます。
「ごめんね、花蓮。心配させちゃったいみたいだね。でも僕はただ、花蓮に喜んでもらいたかっただけなんだよ?」
「そ、そうなんですか?花蓮がいらなくなったわけではないんですよね」
「うん、当り前だよ。花蓮のことは大事だもん。昨日は球技大会で疲れていたから、僕が作ってあげようと思っただけ」
「じゃ、じゃあ全部花蓮のためを思って作ってくれたんですね?」
兄さん、愛しています。
「うん、そうだよ。だから、食べてくれると嬉しいなって。あ、でも少し焦げたのはごめん」
「大丈夫ですよ。兄さんが私を思ってしてくれたことを否定できるはずがありません。作ってくれてありがとうございます」
兄さんが作ってくれたものなのだとしたら塩酸が入っていたとしても私は美味しいと言って食べるでしょう。
兄さんが朝食を食べるためか腕を緩めようとしますが、だめ、です。私は今ものすごく心配したんですから。
私を安心させてください。
「もう少しこのままで。私を心配させた罰です」
「分かった」
「ちゃんと撫でてくださいね」
「うん」
言ったとおりに抱きしめてくれて撫でてくれる。
兄さん、愛しています。
ですが、その時間は長くは続きません。数十分立つと兄さんは流石に朝食を食べたいようです。
名残惜しいですが、ここまでにしましょう。あんまり我儘を言いすぎるのも可愛くないでしょうから。
それに、私も兄さんの作ってくれたものを食べたいですし。
「あの、さ。あんまり美味しくはないかもしれないからごめん」
「大丈夫です。絶対に美味しいですか。いただきます」
兄さんが心配そうな顔でこちらをみてくる。
可愛い。
「大変美味しいです。絶品ですね」
「そ、そんなわけないだろ。焦げちゃったし、それに簡単なものだし」
「違います。兄さんが作ってくれたからこんなにも美味しいんです」
私は嬉しくて、兄さんの反応が可愛くてそれに大変美味しくて思わずアソコがうずいてしまいます。
キュンっとしたんです。兄さんが安心したような顔をしているのが。
私の事を思って作ってくれたことが。
でも、言わなければいけないことがあります。
「ですが、こんな大変美味しい料理を作ってくれる兄さんには申し訳ありませんが、やはり私は兄さんに作りたいんです」
「そ、そっか」
「もし私がまた寝てしまっていたら起こしてでも私に作らせてください」
「そ、それは......」
「いいですね?絶対です。もちろん他の家事についても同じです」
「は、はい」
「よろしいです」
ほんの十数年に一度くらいは良いかもしれませんが、兄さんに家事はさせてあげません。
私が兄さんに溺れているように、兄さんが私に溺れるようにしなければいけませんから。
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