第3話  田中

「兄さん、起きてくださーい。朝でーす」

「……あと、三十分」

「......そこは、あと五分程度にしておきましょうよ。ほら、はやく起きなきゃ朝ご飯が無くなりますよー。私が全部食べちゃいますからねー」

「……太るよ」

「っ!あーあ、もう兄さん何て知らない。勝手にのたれ死んじゃえばいいんです」

「......ごめん、ごめん。起きるから」


 どうにか体を起こして、立つ。


「もぅ、最初からそうしてくれればいいのに」

「ごめん、反抗期なんだ」

「遅くないですか?私でも終わったのに」

「現代では、反抗期が年々遅くなっているんだよ」


 まぁ......反抗期なんて来た事ないけれど。


「さて、今日の朝ご飯は何かなぁー」

「いつも通りです」


 そっけなくそう言って、リビングに戻ってしまう。


 僕も顔を洗おう。


 自室を出て洗面台に立ち、鏡で自分の顔を確認する。


 うん、いつも通り普通の顔だ。妹が途轍もなく綺麗なだけに僕の普通さ加減がより際立っている。


 さっさと顔を洗い、リビングに戻ると花蓮が席に着いている。


「いつも言ってるけれど、先に食べててもいいんだぞ?」

「いつも言ってますけれど、嫌です」

 

 どうやら、僕の妹は一緒に食べたいらしい。


 こういうところ、可愛いよなぁ花蓮って。


「早く、座ってください。食べられないではないですか」

「はーい」

「じゃあ、手を合わせて。いただきます」

「いただきます」


 二人で朝ご飯を食べ始める。

 

 いつも通りだけれど、一つ違うことがある。


「なぁ、今日のバター、違うの使った?」

「はい、いつものとは違うものを使ってみました。美味しくはありませんか?」

「いや、美味しくないわけじゃないんだけれど......」


 味は、あんまり変わんないけれど匂いが独特というか、なんというか。


「まぁ、これでもいいか」

「そうですか」


 なんだろう......さっきより花蓮の気分がよさそうというか。


 いいことでもあったのか?


「それより早く、次も食べたらいかがですか?学校までの時間はあんまりないんですから」

「それもそうだな」


 時間を見ると、別に急ぐほどではないが、あんまりゆっくりはして居られないくらいの時間だった。


 パンに目玉焼き挟み、食べる時間を短縮させる。


 最後に牛乳を飲み干して


「ごちそうさま」

「お粗末様でした」


 自室に戻って、用意を済ませ、軽く寝癖を直したら学校へ行くのにちょうどいい時間になる。


 玄関で靴を履いていると、後ろから花蓮もやってくる。


「忘れ物はありませんか?」

「ないよ」

「そういって、いつも帰ってきたらあれ忘れたー、とか、これ忘れたー、とかいうじゃないですか」

「大丈夫だから、今日こそは」

「ほんとですかね」


 訝し気な視線を送ってくるが、今日は大丈夫なのだ。さっき確認したし。


「じゃあ、行きますか」

「はい、いきましょう」


 二人で一緒に出る。


 が、途中で別れることになるけれど。


 花蓮が僕と一緒に登校したくないみたいだ。


 別に嫌われているとかではなく、中学校の時にちょっとしたことがあって「私と兄妹だとバレたら、兄さんに迷惑をまた掛けちゃうから」という理由らしい。


 気にしてないのに。


 一部の勘のいい奴が、僕と兄弟なんじゃないかと言ってきたけれど「僕と顔が全然似ていないだろ」というと確かにと納得して帰っていった。


 悲しい。


「じゃあ、僕は先に行くから」

「はい、また家で」


 人通りが多くなる場所より少し前に、別れる。


 歩き続けること数分。


 やっと我が高校が見えてきた。


 「あ、あの!!田中さん」


  …………嫌な予感がする。


 僕は、田中なんかじゃない。


 本名は、夕顔桜だから。


 田中太郎なんかじゃ決してない。


「田中さんってば」

「......は、はい。一日ぶりですね」

「おはよ、田中君。今日は暑いね」


 金髪を靡かせ、桜木さんはそう言った。

 



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