第2話 スキル『勇者』最後の日の目

 精霊暦1192年8月3日初夏真っ盛り。


 照り付ける太陽が燦燦と輝く中、僕は一応親友の『レイト』に呼び出され、2人で村はずれの森入口へと向かっていた。


「はぁ、何で誕生日の1日前に僕を呼びつけるんだよ」


「良いだろ、俺の方が年上なんだから!」


「年上って……。1ヶ月誕生日が早いだけじゃないか。それでレイト、僕に何してほしいわけ?」


「お前にとって1年に1度の大仕事だよ」


「またやるのか。いったい何年僕にやらせれば気がすむんだよ。もうこれで10年目じゃないか。そろそろちゃんとした冒険者さん達を雇ってよ……」


「いいじゃねえか、お前のスキルが唯一使える仕事だろ。な! 『勇者様!』」


「やめろよ。からかってんじゃねえぞ、このやろ!」


 僕はレイトの方をポンっと叩いた。


「痛ったーい、『勇者様』が殴ったー!」


「ほんとに殴るぞ。このボンボンが……」


 レイトは、僕の村にいる村長の息子だ。


 昔からよく僕を揶揄ってくる。


 別に悪い奴じゃないが根から良い奴って訳でもない。


 整った服装に明るい金髪、顔に少し乗ったソバカスがチャームポイントらしい。


 最近ちょっと太ったのがボンボン感をさらに強調させる。


「まぁまぁ、今年で最後だろ。どうせお前すぐ王都に行くだろうしさ」


「当たり前だろ、こんなスキル僕にはいらないよ」


「カッコ良いけどなー、『勇者』」


「僕には荷が重すぎる。僕は冒険者さん達の活躍を見てるだけで十分なんだよ」


「あっそ。そんじゃあ。まぁ、今年もよろしく。そこに使えそうなボロい剣を置いといたから。適当に使ってくれ」


 僕はレイトが指さす方向を見ると、剣が無造作に積まれていた。


「おいおい。今年もこんなにボロボロの剣使えってか……。はぁ、1本くらい真面な剣ないの?」


「仕方ねえだろ、父ちゃんが回してもらえる剣なんてそれくらいなんだよ。粗悪品でも、無いよりマシだろ」


「まぁ、無いよりは……。ほんとに無いよりマシなだけだからな。来年からもっとちゃんとした武器集めとかないと冒険者さん達に来てもらえなくなるからな!」


「ヘイへーイ、分かりましたよー、父ちゃんに行っとくぜー。じゃ! ワイルドボワとジャイアントベアの討伐よろしくー!」


 レイトは僕を送り届けたあと、自分の家にそそくさと帰っていく。


「あいつ。他人事だからって……。本当に適当なやつだな。まぁ、愚痴を言っていても仕方ない。さっさと片付けるか」


 いつも使っている練習用の剣は折れると嫌なので家に置いてきた。


 つまり、ここに置いてある柄の滑り止めが既に剥げているようなボロい剣を使わざるおえない。


 僕は仕方なく、無造作に置かれた剣を4~5本腰に刺しこみ、森の中へと向かった。


「はぁー、面倒だな。いつもこんな役目を負わされてさ。別にワイルドボワもジャイアントベアだって増えたくて増えてる訳じゃないだろ。あっちが村に悪さしなければわざわざ倒さなくてもいいのに。あ……」


 僕がブツブツと言葉を発していると誘き寄せられるように標的が現れた。


『ドドドドドドドドドドド!!!!』


 目の前から1頭の巨大なワイルドボワが僕目掛けて突進してくるではないか。


「まだ序盤も序盤なんだけどな。仕方ない」


 僕は腰に刺してある剣を鞘ごと引っこ抜き、柄を握る。


 鞘を後方へ投げ捨て日の光に照らされた剣身が姿を現し……。


「おい! 折れてるじゃないか! ふざけるなよ! あのボンボン野郎! もしかして……」


 僕は全部の剣を引っこ抜く……。


「はは、レプリカか何かかな。全部綺麗に折れてますね……ツ!!」


 その間にもワイルドボワは猛スピードで僕の方まで突進してくる。


 長い牙、太い脚、デカい体。


 僕の身長からすると3メートルくらいか。


「今年もでっかくなったな。君は去年のベビーかな? ごめんね、君のお父さんを殺しちゃったのは僕かも知れない」


『ドドドドドドドドドドド!!!!』


「引き下がってくれると嬉しいんだけど、まぁ無理だよね。仕方ない、この折れた剣を使うしかないのか。はぁ、嫌なんだよな……」


『ドドドドドド!! ブオオアオアー!!』


 ワイルドボワは僕の目の前で大きく叫んだ。


「折れた剣身を使うとさ」 


 僕は右手に持っている折れた剣を下から上へ振り抜く。


『ザシュ!』


 ワイルドボワの胴体は頭から尻尾まで綺麗に真っ二つとなり後ろの木々へと衝突した。


 振り抜いた勢いで地面から上昇気流が巻き起こり木々草花が上空へと巻き上がる。


 もちろんワイルドベアの鮮血も。


 真っ赤な血が重力に従い、雨のように降りかかる。


「返り血が凄いんだよね。うわ、ドロドロ……。ごめんね。僕の住んでいる村を襲わせるわけにはいかないんだ」


『ドドドドドドド!!』

『ドドドドドドド!!』

『ドドドドドドド!!』


 後を追うように、さらに3頭が突っ込んで来る。


「さてと、さっさとやりますか」


 僕は地面に落ちている折れた剣を1本、右足で蹴り上げ左手で受け取る。


 そして左手と右手に1本ずつ剣を持った状態になった。


 いわゆる二剣流。


「でも、どっちも半分しかないから、これじゃあ双剣だね。ふぅーー、スッ!!」


 僕は地面を一気に蹴りつけ加速する。


 地面が抉れ、土が僕に蹴り上げられて空中に舞う。


 僕が走ると周りの木々が騒めき、草花が吹き飛ぶ。


 その場に停滞している物体は一気に僕の後ろへ流れていき、目前のワイルドボワの顔が先ほどよりも大きくなった。


「ごめんね! 君たちが悪いんじゃないんだ。もっと奥でひっそりと暮らしていてほしかったよ!」


 僕は3頭の間を走り抜ける途中に数回切りつけた。


「ああ、手がベトベトだ。滑らないようにしっかりと握らないと」


 僕の後方にはミンチ状態になったワイルドボワたちが転がっていた。


 加えて、飛び散った鮮血によって木々が真っ赤に染まっている。


 僕は速度を保ちつつ、村の周りを旋回していく。


 村の近くにいる獰猛な動物、又、危険な魔物は手あたり次第に切りつけていく。


 これも村に被害が出ないようにするためだ。


 大体回る場所はいつも決まっている。


 ここ10年で旋回し続けてきたせいか、僕の走っている場所の木だけ異様にデカい。


 動物たちが栄養になっているのかも。


「良し、あらかた片付いたな。後は一番厄介な魔物。今のところ1回も見てないけど。どこにいるんだ……。ん?」


「た、助けて……。だ、誰か……」


――少女が何かに怯えている。まさかジャイアントベア!


『ググウルルルル……。グアアアア!!!!』


「ひ!」


『グアア……』


 僕は誰の目にも止まらないと自負する速さで移動し、少女を抱えた。


「大丈夫かい?」


「あ、はい……。大丈夫です」


「君はどこの子かな? 近くの村の子?」


「えっと……パパとはぐれちゃって」


「そうか。じゃあ、パパを探さないとね。ちょっと待ってて。すぐすむから」


「え……」


 少女を木陰にそっと下した。


「ああ、半分だった剣がまた折れちゃった。君の皮膚はいつも固すぎるんだよ……」


 少女を助けるときに一度切り付けたが、剣の方がジャイアントベアの皮膚に負けてしまったようだ。


 使い物に成らなくなってしまった1本の剣を、僕の目の前で威嚇するジャイアントベアに投げつける。


『グララアアアア!』


――大分怒っているな。このままだと村を襲いかねない。


「ああ、ジャイアントベアのオスか。体に傷があるから戦いに負けてきたのか。雌を取られて悲しいんだね。ごめんよ。『戦いに負けてイラついたから、人と食うわ!』って村に降りられても困るんだ」


『グラララアアアア!!』


 4メートルを優に超える巨体が僕に襲い掛かってくる。


「1,2,3,4,5,激『星型の斬撃スターコルトスラッシュ』」


 僕はジャイアントベアの頭部から、左足、右手、左手、右足、を順に切りつけていき、最終的に頭部へ戻る5連撃を放った。


 最後の言葉は村の子供たちが勝手に付けた、ちょっとダサい決め台詞だ。


 僕の放った攻撃により、辺り一帯の木々も風圧で吹き飛ばし、地面の草花が舞い上がる。


 放たれた斬撃の衝撃波が、ジャイアントベア後方の木々に巨大な傷を付け星形の斬撃跡が残っている。


 もちろんジャイアントベアはバラバラ死体となってしまった。


「君のお父さんはどこらへんにいるか分かる?」


 少女に手を差し出すも。


「ひぃ……」


「あ。ご、ごめん。驚かせちゃったね」


 僕は少女に露骨に怖がられてしまい、大分へこむ。


 自分の掌を見ると、今まで倒してきた動物や魔物の返り血が凄い。


「うわ。これじゃあ怖がられても仕方ないか。この服ももう使えないな。ん? はは……。良かったね、それじゃあ僕はもう行くから。きっと帰り道は安全だろうから心配しないで」


 僕は少女の元から一瞬で消えた。


「あ! ミリー! ここに居たのか!」


「パパ―!」


「よかった。パパ、心配したんだぞ! って! 何だこりゃ! 大丈夫だったのか、ミリー」


「うん! 全然大丈夫だったよ。さっきね! 凄い人が来たの! バババババ!! ってれやー! て大きなクマさんをバラバラにしちゃったんだよ!」


「ミリー、何を言っているか全然分からないよ。でもよかった無事で。さ、ここは危険だ。早く移動しよう。今から、村長さんのところへ挨拶にいかないと……」


 僕は再度見回りを行ってから森の入口へと戻ってきた。


「はぁ、疲れた……」


「お! おつかれちゃん! どうだった?」


「どうもこうも、今回も多かったよ。それで、報酬はくれるの?」


「へ? ある訳ないだろ。そんなもん。何なら家でも持ってくか? 空き家ならいっぱいあるぞ」


「田舎の需用が無い家なんていらないよ。それで何しに来たんだよ、いつも終わりごろに来ないだろ」


「ああ、これをな」


「何だこれ。バッグ?」


 レイトが手渡してきたのは革製で使いやすそうなショルダーバッグだった。


「そう、父さんが昔使ってたバッグ。使いやすそうなやつを選んだ。明日はお前の誕生日だからな。成人おめでとう。今度一杯飲もうぜ! エールって結構うまいのな、もう毎日飲んでるぜ!」


「あんまり飲み過ぎるなよ、太るから……。いや、もう太ってるのか。誕生日プレゼントというなら、このバッグ、ありがたく使わせてもらうよ。あと、森の中にワイルドボワとジャイアントベアの素材があるから回収したら良い。僕、そこまでやる気力ないから。レイトは素材が目当てなんだろ?」


「当たり前だろー、結構いい金になるんだぜ、あいつらの素材。もったいない事してるよなー、コルトわ。素材を売れば仕事料くらいは稼げるのにー」


「僕は農業で十分なだけだよ。自給自足、爺ちゃんと婆ちゃんに教わった教訓だ」


「つまんねー人生だな。もっと金使ってパーってやりたくならない分け?」


「んー、想像できないんだよね。そう言うの」


「ま、コルトっぽいけどさ」


「僕っぽいって何だよ……」


 僕達は成人に成ったら何をすると言った話で盛り上がりながら、村へと戻って行った。

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