第41話「 海 将『 来 島 』 」





 敵の大将は

 眼前に沈む大安宅船を、関船せきぶねから見ていた。

 距離をとって見物する四〇挺艪ちょうろせき船の小柄な指揮官の声は、可憐な少年に見える容姿に見とれればがっかりするほどの、重低音。


「話にならんな」


 ど、ざあああぁあぁ…

 海面は唸って波紋し船をゆらした。


 村上出雲守通総むらかみ いずものかみ みちふさ・二十五歳。


 瀬戸内にとっては裏切り者の梟雄きょうゆう。天下人秀吉にとっては海戦にも陸戦にも強い頼りになる勇猛家臣、すでに伊予風早郡に一万四千石を与えられている青年大名だ。

 残忍な瞳をしている、ぬるりと血色がよどむような。

 血色をすかした唇がふと息つき、戦場ではとくにもの凄まじい怖さをためる大きな双眸を細め


「フウっ」


 彼の乗船するせき船は砦の大きさ。平らな桶の底した巨船に櫓を乗せた形だが、一本水押しの尖った船首で船体の縦横比も安宅船よりも細長く小回りがきき、速力が出るため機動力にまさる。

 その楼閣指揮座ろうかく しきざに通総はいる。


 全長をほぼおおう装甲・総矢倉そうやぐら床几しょうぎに腰掛け、片足を片ももにあげ、ひじをつく。

 彼の海焼けをしない肌は白く、顏は頭頂に結わえたらし肩下に流れる真っ直ぐな黒髪に縁取られて甘く輪郭をぼやかし

 一五五㎝ほどの戦う筋肉が引き締めた体に、軽さ重視の革甲冑、襟に細く白銀エッジ鋭利な緋色陣羽織をはおるしゃれ者。


 通総の小柄な姿の背景に広がる水平線、白木色で直線にゆれながら切り抜く平たい総矢倉そうやぐらの天面は、帆船でいえば暴露甲板ばくろかんぱんにあたるだろうか

 階下の鉄砲狭間てっぽうはざまからはしご上がってきながら、二十代後半ほどに見える筋肉ぱりんと張った巨躯の副官が、ぶあつい体に墨色波半身に大きく描いた小袖ゆらして

 指揮座の上官、通総の背中へのぶとい声を浴びせる。


関白かんぱく様にはどう言いわけをいたしもうすかあ

 御大将おんたいしょう

「見たまま」


 振り返りもせずに緋色陣羽織ひいろじんばおり華奢きゃしゃな背中から重低音で答えた通総は、くっと男くさく血色透かした唇をゆがめ


「まず秀吉もみておるわ」


 一八〇cm超え幅も大きな副官は、とづとづと脚絆きゃはん草鞋ぞうりの大きな足で矢倉やぐらの板を踏み立つ

 暗緑色の陣羽織じんばおりの背に鉛色で横への稲妻が三つ並行に重なったように通総の家紋を、でかでかと背負って雄々しい副官は、釣り上がった一重目に黒目小さな三白眼をぎぬりと開いて、でっかい口で仰天ぎょうてんした大声


の船どもに、手出しすら出来ませなんだと

 関白かんぱく様に見せてしもうてどうするつもりぞ!

 関白様よりあずかる大安宅も、見たこともない南蛮なんばん砲にわずか三発で撃沈された

 役立たずと放逐ほうちくされれば

 儂らにいく場所はもうないのだぞおっ、御大将おんたいしょうよ!」


 振り返りもせずに、巨躯きょくの副官に比べ身体の厚さも背丈も半分に見える通総は答える、頬杖のままめんどくさそうに


「あれは廃棄はいき船、射撃の標的まとに使いすてた

 関白は、まずは奴らを知っておけとさ」


 白い横顔、通総はぬるりと重く瞳ぎらつく大きな猫目を、ぎゅうと細めて

「くあぁ」

 猫のようにあくびして重低音の声で

「ねむたい」

 立ち上がり

南蛮帆船団なんばんはんせんだんの根津に望月、殺すなら

 使いきってからだとよ、おあずけだ」

 頭頂にゆわえた黒髪を緋色ひいろ陣羽織にしゃらりとながれ立ち上がり示す


「いずれ秀吉の鼻につくほどに育ったら、らおう」


 村上出雲守通総むらかみ いずものかみ みちふさ、通り名は一島を冠す・来島通総


「海路(みち)を開けてやれい」


 陸にも自領を有する二十五歳の海賊大名は砲声のように号令を轟かせる。

 沈んていく大安宅、前方で航路をあけた護衛関船三隻に護られた安宅船、軍船達が開いた海

 望月の黒衣船尾に閃くキャラック船鵜萱が、ど真ん中を航行して

 黒色のキャラック弁慶丸、青色艦首のキャラック船・鵜萱を包む操船しながらの船団総十五隻が


 海のみちをいく。













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