第21話「 天下さんとの交渉 」




 大谷刑部少将吉継の養女・徳と話し笑う機会あるたび、秀吉は


「たいそう気に入っておるのに、大人になるのを待ち側室にする気にもなれぬ

 かわゆい小鳥と遊ぶ心地じゃ」


 智慧ちえある可憐な少女との歓談で、乱世の終焉目指す政務に一息をつけるのだが

 今日は


刑部少ぎょうぶしょう、源次郎、そこな悪党はなんだ」


 謁見の間。離れた上座から睥睨し、朱に金模様の羽織に黒仙台平袴に金紋様と目が痛くなる絢爛で秀吉が、脇息きょうそくについたしわい手をバンバン叩くと

 吉継が背後へ


「根津どの、平伏され名を言上ごんじょうせよ、上様がお望みだ」


 あぐらの姿勢から背筋美しく礼儀つくす吉継の横に、おなじく源次郎。

 吉継・源次郎より離れた後で美しい所作で頭を下げる少女の、ずうっと後の廊下で

 南蛮帆船団・総大将弁慶丸こと根津甚八

 まったく頭を下げない。

 あぐらで真っ正面から三白眼に赤茶の瞳きらつかせ、最上座の秀吉睨みこみ


なやねんこれ意味がわからんしょもなクソくだらない


 そう思っている。

 日本に籍はあるがよりつかず、外洋が生活圏のこの帆船団総大将、二十五歳で大変に圧がエグく

 吉継が頭をさげたまま

「この男は上さまがご興味しめされる…」

 フォローしかけたら根津が背筋のばし


「俺にも口はあんで」


 かりんと硬いよく通る声強く


「おぇ、天下人。 礼儀やなんか知らんがまっとうに人同士が話もできひんなんぞアホくさぁてやっとられん

 だいたい俺らは、この日本島のいく先なんぞどないでもええにや、真田源次郎へのお義理ぎりで来てやっとぉる

 俺に聞きたいことあんにやろがい、お前にも口あんにやし、ちゃっちゃと聴けや」


 吉継が固まり

「—————-、っ」

 冷や汗ダラダラだら。

 秀吉の155cmほどの小さな体にシワの増えてきた小さな顔、付け髭した口元あんぐりひらき、やがて


「あ、ああっ、はあっはあ! おおう、おう、これは何者ぞ! 刑部少将ぎょうぶしょうしょう!」


 絢爛な近唐草文洋ギラギラひるがえす朱羽織、仙台平袴の膝をバンバン叩いて喜ぶ秀吉に

 吉継が横の源次郎へちらと横目で小声


「笑いごとか、助けろ、貴殿きでんのたのんできた秘密の謁見えっけんだ」

「いや刑部少将どのが生真面目に

 上様と弁慶丸に板ばさまれるかげんが可愛くて

 ずっと見てたい、もっとやってくれ」

「も、一言も発せぬ」


 くすくすと笑い飲み込み顔をあさく伏せている源次郎の頭上に

 根津の声はまだつらぬく


「あんたも忙しにやろけどな

 俺かて海に国のこしてきとる

 対等な話する気ィないんやったらこっちぁいっこも話は無い

 去(い)ぬらしてもらう」


 海上戦闘の最中でも通る声が、さらに秀吉のあんぐりあぜんの顔をひどくするから

 吉継はまばたき忘れて表情凝固。

 ようやく源次郎が顔上げ、まっすぐ秀吉へ告げる


「買い物いたしました船と海を

 上様にご照覧しょうらんいただきたく」

「船団、銀 六千貫! これが!」


 言葉さえぎり秀吉がすぐに悟ってうわと吸う息、すぐ声がはじけ


艤装ぎそうした南蛮帆船、十五隻か!」


 笑顔広がり、どん、足を立て上座から秀吉はまぶしい朱羽織ぶわんぶわんゆらし根津へ大股に歩みよって


「源次郎が見せた図面の帆船団!

 海の国の本丸の城主! わぬしがっ!」


 上等な衣装うわんと揺らしあぐらかく目前の秀吉の満面の笑みへ

 根津が困惑笑って


「こんだ近いわ」





 


 小さな宴会が行われた。

 根津が「献上物や」と広げたペルシア絨毯じゅうたんに革袋を開き


「織田んときにもあったやろ、ぎやまんと葡萄酒で語ろや」


 織田信長への献上物の真似事は無邪気に秀吉を上機嫌にしている

「この燻製肉は甘うて美味い、おお、この星形をした果物は香りが良いなあ」

 秀吉は会話を喜び、根津が広げたターコイズブルーの異国の織物上に銀食器、琉球のフルーツ、マカオからの保存のきく燻製肉スライスに葡萄酒が会話をあたためる。

 すべて毒味をする吉継の用心深い目線がつい微笑んでしまうほど

 秀吉は根津の存在に上機嫌

 酒の器はガラス、それを掲げてひらひら光を受け目を細めながら秀吉は


「帆船海賊大将どのよ、酒ひとつとっても広い、わしはなーも知らん

 だからお前の見る世界も、手に入れたいのじゃあ」


 根津はきりとあがった細い眉に苦笑の目つきそえて


「まぁるでガキやな天下人はん、織田のもとで世界のデカさを教わったんとちゃうんか

 ほんでなんであんたは、みんまで手に入れるたら言うとぉんねん

 どないにこの日本島が小(こ)まいか知っとって」


 こびる必要もない、だから嘘も虚勢もない、ただ一個として前にいる、厳しい目つきで

 背丈かわらない小兵の帆船団総大将の25歳の存在の若さ、

 最近は自分の周りにすくなくなったその根津の苦言も、秀吉は好ましく


「まあ、帆船海賊衆を船ごと手に入れる条件はわかった

 恩威院おんいいんに出頭を命じよう

 わぬしの大事な副大将を大坂に出仕させ

 源次郎に与え下してもよい話じゃ」


「なんべん言わす!

 俺らは誰かの旗下にはならん

 天下人の海軍になれいうなら

 望月は俺らでとりもどす」


 きつく即断する25歳に余裕の秀吉


「ほうか、ほうか、決裂か

 まあ、馳走ちそうの分の礼はするでの」


 だが天下人は頂点に立つ男だ、絶対でなくてはならないと酔った頭で思ったのか

 ごりんと声をこわくして

「海の小国の君主くんしゅどのよ。わしは陸の国主ぞ

 口の利き方に気をつけよ」

 秀吉は無邪気を演じるように大言壮語をはく


「日本(ひのもと)を丸ごと、せかいとやらに広げる天下人じゃ!」


 源次郎が静かな目をむけている

 少女・徳すら驚いて天下人を見つめ

 吉継は苦しい表情で秀吉をあおぎ

 根津は、天下人のまばたかない笑顔の狂気を目の前に

 まるで子供時代からの親友にむけるように


「ほぅか、でけるとえなぁ」


 めずらしく優い声で慰める。

 最近は感情の起伏がはげしい秀吉は、こんどは鹿肉燻製食んでため息


「聴かしてくれんきゃも帆船団大将、世界の広さを知る貴殿の夢は?」


 根津は杯を下ろして

 静かに強く、告げる


「俺らは

 国をつくる、戦闘でやない

 商業をあつこうて人を交流させて

 戦はあれへん、しやし、大きすぎたらあかん

 日本で言うなら四国ほどはいらん、八丈島ではせまい、

 琉球ほどか、淡路島ほどか、能島・因島・来島、三島村上の成りたちも見た、あんなんも良えな、フィリピン諸島あたりでできそうや、ランカパウのつくりもええ

 俺たちぁまっとうに稼いで


 海に、俺たちの国を、買うんや」


 秀吉が目をうるませるようにして根津をみあげた

 憧れ見つめる少年のように。




。。。。。。。。




 秀吉にとってしばらくの心の休みとなる会話の時間だったようで、別れがたい顔をしていた。

 まず大谷吉継が謝意をつげ、たいへんに光栄でしたと源次郎と少女と平伏するうしろで

 じゃあな元気でとさっさと立ち上がる根津に、また顔を見せてくれとまっすぐな目線の秀吉。



 大谷吉継とその十二歳の養女・徳、真田源次郎と帆船団総大将・根津甚八こと弁慶丸が退出した謁見の間。

 夜風が秀吉の酔いを心地よく冷めさせ

 しずかな音が聞こえる、虫の音、遠い水音。


来島くるしま


 秀吉の呟きに謁見の広間の下座の木ぶすまが開き

 隣室からしゃれた朱絽陣羽織に実戦重視な革よろい着付けた小柄な少年が現れた

 頭頂近くに結わえた黒髪肩口にさらり流し片膝ついての略式礼をし、言葉を待つ。

 彼は七歳で四九歳の父を失い家督をついでいる。少年の風情だが、二十五歳

 能島のしま来島くるしま因島いんのしまの三島からなる瀬戸内海の村上氏、来島の元、当主・村上通総むらかみ みちふさ

 三島村上氏の当主である能島の村上武吉とも対立し、瀬戸内を裏切り織田旗下へ参入した梟雄きょうゆう

 豊臣秀吉は彼が可愛くてならない

 海ばかりか陸にも戦の軍功をあげ続ける通総が、自分の理想の息子のように思う。

 秀吉は「来島」と愛称する彼に目を細め、毛足のここちいい絨毯から玉座へと戻りながら


「聞いておったの、来島

 帆船団と根津、どう見た」


 村上通総は、容姿の可憐さに見惚れれればガッカリするほどに低い

 重低音の声にて返答


「日の本の浅くせまい海戦にはむかぬ代物しろもの

「外洋でお前たちはどうじゃ」

「我ら和船はぎだすなり沈む」

「では世界にでるには、必要る船か」

「せかい —————」


 通総は大きな猫目が猛獣のギラツキの整った顔をあげ


「それはどこの戦場の名ですか」


 秀吉、くしゅくしゅっと苦笑い


「良い良い、お前はそれでよい

 安国寺をむかえにゆくついでに

 帆船をみてまいれ来島」


「根津とやらの海賊衆が

 奪えるしつであれば、船ごと狩りってよろしいか」


 通総の強さには欠けたところがあり、関白・秀吉の父親きどりの愛も、政治も、つきつめる気持ちがない。

 天下統一に苦労する秀吉にはそれも可愛い。猫撫で声で


「まあまて、時期をみて、取ってやるで」


 謁見の間の絢爛なかもいの彫刻くぐる通総の背に

 思い出したように秀吉が命ずる


安国寺あんこくじには

 恩威院おんいいんとの謀反のくわだて

 儂が火の出るほど激怒しておると伝え、きつうにおどしまいらせながら

 ゆっくりとここまで連れてこい

 お前は怖いゆえ適任ぞ」


 玉座にすわって秀吉はつけ髭を指先にねじりながら


「安国寺はさかしい坊主じゃ

 血筋ふりかざす前時代の遺物の恩威院おんいいんなどと

 朝廷までもち出し大乱くわだてるほど、阿呆あほうではない

 また男の色香にでもたぶらかされ、はかられたのであろ」


 尊大な物言いで


「脅しおびえさせ、ひざまづかせ、言いわけさせ、儂がゆるす手順をふもう

 また使い勝手が、良くなろうよ」


 ひひっと笑う秀吉へ

 頭頂近くで結わえた黒髪ながす横顔に大きな猫目を細めて通総は低く


「承知」


 さがって辞儀し廊下をふむ。すぐに木襖の影から通総に二倍するほどに見える巨躯の副官が二人、通総に追従し現れ

 秀吉へ心こもらない深い辞儀を表して、去る。


 絢爛な広間の玉座でひとりぽつんと豊臣秀吉は、けはけはと疲れた空咳。



同時刻


 とっぷり夜はくれていて、月光に照らされる鉄砲だなのかわらのエッジが彼らの横顔に光散らす

 下城し、さきほど吉継よしつぐとその娘と別れ、源次郎と横をあるく根津は

 ほうと酒にあたたまった息を吐き


「酔うてちょうどや、波に揺れん地べたは足に重うてかなん

 しやけど天下人」


 源次郎はめずらしく鋭い目つきで前を睨んで


「どうだった」

「源次郎、あれはやまいをもっとおるで

 港の女街で見かける、いずれ脳をおかすやつや」


 源次郎はすこしうつむいて

「そうだろうな

 船で日本が大陸を侵略など、破滅の夢だ」

 やがて顔をあげ真っ直ぐに見つめると根津も見ていた。

 源次郎が告げる


「陸(おか)の我々では止める手がもうとどかない」

「しやな、しばらく俺らが」


 根津は片目をほそめ、めずらしく笑って


「秀吉の夢が狂わんように、お前の海なったる」


 源次郎がまばたき、顔かたむけ考え、もう一度根津へ目をおろし


「『俺らはだれの旗下にもならん』のだろ?」

「おう、なれへんで」


 根津のきれた一重目目尻にあがりキラつく赤茶の瞳

 足を止めて源次郎へむきなおるから源次郎も彼に向くと

 根津は紅蓮の牙門旗のように琉球紅型の大袖ふわり

 源次郎へ右こぶしつきだし、そこを見つめる源次郎の目線をつれて

 指をひらき人差し指でさしながら、


「しやから、お前と共闘や

 俺らを、 かかげよ」


 すーーと源次郎の顎が上向くまで、彼の頭上の星のあまたへ指差しをとめ、根津は



「 源次郎の海賊旗や 」

















 






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