3章:pirates(ふなのりたち)

第7話「税関島(らんぱかう)」




 翌朝からさっそく由利は挑戦をしてみた。


 城の上手にある神社の大きな敷地の一角

 ゆるく長い坂道を登ってあの辺だなと目星つけると、紫陽花落ちた太い茎に積もる雪の中庭を、大きくコの字に囲んだ屋敷構えが見えた

 最初に通された広間のある場所を焼き討ちや突然の攻撃を受けた場合に主君を守る場所と見定め、その向いが望月の部屋と判断した由利が、向かう途中に空を見上げる。

 重い雪雲が山陵から登る朝日に、稲光のような白い筋を入れ始めて凍ったみたいに近い平坦な雪雲から、牡丹雪がふわふわとふってきた。


 銀色に凍った川面に緑の雪竹が萌える絵柄の小袖を、猩猩緋の細帯で着流した由利の手足の長い筋骨彫像のような189cmの長身へ、さらさらと雪が降る

 腰の武具の鎖鎌、刃覆った布袋に羽織っている防寒具の黒熊毛をかぶせ

 襟合わせに突っ込んでいた白灰色の綿布を高い鷲鼻まで引き上げる。

 白い息吐いて新緑色の目を戻すと

「ほうら、いたいたぁ」


 なんの飾りもない厚い木襖さらりとあけて白絹小袖に浅葱袴の神官衣装

 黒い南蛮の足首近くまである長丈マントを羽織りながら、望月がでてきたのが見えて、由利がうきうきと大股になる

「おー…」

 呼ぼうとすると

 望月の後ろに頭ひとつ背の高い青年。

 南蛮船描いた深蒼の小袖に深灰伊賀袴、銀の蔓紋様が肩に大きな白陣羽織と灰色狼の毛皮なめした肩までの襟巻き、しなやかな姿体に腰まである白い髪

 前をいく望月を大切そうに見ているから

 由利の足がゆっくりになる。


 望月は肩越しに振り返り青年に目をあげ二、三言、薄い唇を動かし、静かに青年は微笑んでうなづく。

「えーと」

 由利は足を止めてしまい

 その青年が切れ上がった目の端に由利を捕らえた


 ジャッ!


 瞬殺のスピード、由利の眼下、喉に水平に突きつけられた打刀。

 喉仏に切先当てたまま由利は、新緑色の目に登り始めた朝日をキラッキラ受けて眩しく細め細め

「白じゃねえ、すげぇや、銀色の髪って初めて見た

 瞳は冬の凍った湖の色だ」

 腰まである銀髪さらさら肩口に流すアイスブルーの瞳の青年は

 まばたきもせず由利を刃紋はもん激しい打刀の切先に捕らえている。

 望月が神官衣装に黒マントから細く伸ばす両腕に、三、四本の図面をかかえさらに大きい図面を両手にクルクル巻きながら歩いて

 銀髪の青年の打刀をまっすぐ突きつけられている由利の横を通り過ぎながら見もせず

 男でも女でもない声を青年へとかける

洛陽らくよう

 それが例の真田の置き土産だ」

 洛陽と呼ばれた銀髪の青年は、目線も刀の切っ先も由利を捕らえたまま、重低音の声を短く

「ご用向きは」

 由利が口を開く前に、望月がちらときれ長い双眸の目尻で捉え

「放っておいていい

 この男もまた諦めていなくなる」

 由利が間近にじいと見つめているので

 望月は洛陽と呼んだ青年との会話方法を変えた

 由利にわからないようにと


「We are a treasure, too good for these boys.」


 オランダ語ですらない。望月は再びあるきだしながら

「The wind changes, sail away.」

 頷いて銀髪の青年は

「Understood, my lord.」

 シャッと打刀刀身を背中の灰色皮なめし鞘に戻して銀髪ゆらし

 先をゆく望月の南蛮黒マントの細い背を追いかけていく。


 大樹の重なりの中へ、望月と洛陽と呼ばれた銀髪アイスブルーの青年が海へ向かって降りていく後ろ姿を

「なーんだよかった銀髪、望月を『主君しゅくん』と呼んでたから配下か」

 由利は見送りながら

「でもよあの人

『わたしたちはお宝だ、このぼうや達にはもったいない』て

 綺麗なのに口が悪ぃん……」

 会話思い出し由利は、顔色を変えて


「出航するって、言ってたぞ」



 この天正十四年は世界で見れば第二期大航海時代

 天正遣欧少年使節のような国使を除くと戦乱の続く日本から

 おおまか二種類の人間たちが多く海外に輩出されている。


 一つは、日本刀という強烈に斬れる武器を魔術のように扱い殺戮に秀で

 自ら海を渡り海外で武力や商売を売る、傭兵気質な日本人

 つまりは、たいへん扱いにくく人を殺すことに躊躇がない怖い兵士たち。


 もう一つは百年以上つづく戦乱で敗戦した国から強奪された人々

 女性や子供はもとより落武者までもが捉えられて、異国船底に綱で繋がれ海を渡り

 二束三文で取引させれる、奴隷。










 天正十四年のマカオは天川(あまこう)と日本ではよばれ、異国船が多数入港するため

 「浪白竈ランパカウ」という「税関島ぜいかんとう」があった。


 その島はポルトガル文化の中葡建築で

 たんぽぽイエローや珊瑚さんごピンクにターコイズブルーに真珠色、彩度やさしい色彩の建物が重なる

 小柄な島まわりぐるり囲むのは国それぞれの色合い旗めく、強く明るく浮かび上げる陽射しのもと入港した異国の帆船たちを

 海野六郎が

 見上げながら港を歩いている。


 彼から距離をおいてすれ違う人々、赤い髪、緑の目、青い目

 茶色や、黄色や、真っ白の肌、異国言語のさまざま。

 フィリピン諸島に近いこの島の陽光は明るく、つき並ぶ帆船大中小のたたみあげられた横柱の布帆をまぶしく照らし、戦艦の影くっきり切り分ける陽ざしの中に

「がりおっと船とかもうしておったか」

 陣羽織ゆらし子供に見える背中に三尺〈約90㎝〉もある野太刀(のだち)、右腰に備えた二尺四寸〈約73㎝〉の打刀を装備し

 楽々とあるく十五歳の小姓姿の海野は、変声終えた大人の低い声で感心している


「大人二人が両手伸ばし抱いてもかかえきれぬ帆柱が、二本

 船首船尾に突き上がった大木のような柱、大きな船などそびえる帆柱が三本

 布の帆を一〇も巻き上げ、船側面など

 城壁ほども——ある————-」


 見上げて見上げて目をしばたかせる。

 青竹色の小袖の肩から背中へ、一匹巨大に食らいつく銀糸で描かれたトンボの大絵柄、羽を透明感のある水色に透かせ彼の背中に背負われた黒漆鞘に光沢し

 印伝打った腰帯に、鹿革なめした鞘に竹笹を金銀であしらった鋼鉄鍔輝く打刀、色白い一五〇cmの細身の小姓姿まるごとが二刀納める鞘のようで

 海野は日本人として悪目立ちしていた。


「ねーーーーえ、ぼうやあ」


 南の国の強い陽光浴びた珊瑚ピンクの建物から下の海野へかけられた女の声

 海野は小柄な姿に雛人形のような顔を振り返らせると、小姓結いにたばねた黒髪は背の血の色六紋銭ろくもんせんにさらり、ゆれて

 そのしぐさが見えているようで女の声は華やかに


「おおーーーいい、うえ見て上ーえ

 とんぼ小袖の、ひなにんぎょうさーん」


 珊瑚ピンク壁の三階建ての二階

 白縁出窓のガラスがはじく日光をきらきら、肌色へ宝石のように輝かせてほぼ裸体

 大きな乳房の立ち上がりに金色の髪ふわっとひとつ三つ編みに束ねてゆらし

 鼻筋太い美女がアーモンド型の双眸のグレイの瞳に晴天の青を虹彩させて、海やけしてつるんと日射しはじく腕を海野へとふっている。

「———-」

 見上げた海野六郎のキレ上がった一重の双眸は真っ黒の瞳。

 女はしっとりと肌に張り付くシルクとレースに輪郭を縁どらせたおおぶりの乳房を、のっさと乗せた出窓のさんに両肘手首伸ばし

 頑強な骨格綺麗な首筋から肩のりだして

 たまご色の石畳から見上げる海野へ

 女の声は明瞭、楽しそうに


「あっはぁ、やっぱり日本人だねえ

 夜の黒い瞳に、からすの羽色の黒髪が鮮やかだこと

 ご立派なお刀背負って

 遠い異国で迷子かい? んっ、ふふ」


 チェリーの光沢つややかな唇は厚く官能的。

 見たこともない珊瑚色三階建ての建物から透明のガラス窓の反射眩しく、光の中に裸同然の金色の髪した女を、一重目を細めながら見上げ見つめ海野は、低い声を上げる


「貴女は日本海賊・弁慶丸べんけいまるどのをご存知か」


 珊瑚色の壁に白縁ガラス窓で、どっしりと張りのある乳房に乳首バラ色に透けた白レース下着姿

 女は海野へにっこり目線を落として言う

「ふふっ、大人のいい声だ

 ねえ坊や、ずうっと危ないよ

 逃げないのかい?」

「ああ、私を囲んでいる武器の数々と

 異国の男どものことなら、見えている」

 刀に手もかけない海野の前後左右を囲んだ人垣の言葉はずっと怒号だ


「Lâmina do diabo, limpe」

「扔掉你的劍,可怕的日本海盜!」

「Problemático,Os japoneses deveriam ficar aliviados!」


 青龍刀を手に肌も髪色も日本人に似た者たち

 鉄砲持って白色肌に色ある瞳の者たち

 眺めながら二階窓から女は

 青みがかるグレイの瞳きらきらと海野へ笑いかける


「『カタナ使いの日本人は魔物だ、日本刀を手放せ』だって、数が増えてきたねぇ

 でもさ坊や、お前を渡す航海に、冬を選ぶあるじは悪魔だよ

 よくも沈まず渡って来れたことだ

 お前のご主人サマは、お前を殺す気かもね」

「かもしれない、ありえる話だ」


 見上げている海野は平然としている。

 出窓に上半身のりだして大きな乳房の谷間ぶるんと両手に抱きしめて覗き込んで

 鼻梁びりょう高く、瞳にくっきりした金色とグレイに晴天の明るい虹彩もつ異国の女は、軽やかな声を海野に落とす


「ねえ、ぼうや、ここはランパカウ

 まるごと税関の島さ、ポルトガルに明

 日本よりよっぽどでっかい国々が

 商売でも悪いことでも入り乱れる場所だ

 それでも

 日本人は恐ろしいニホントウってカタナで

 魔法のように人殺すって有名で

 怖いカタナ二本も持つあんたは、そこにいるだけで脅威なんだ

 腰と背のそれをあたしに渡すんなら、用向きを聞いたげる」


 海野はきらりと陽光さす瞳まっすぐ女みつめたまま

「あなたは南蛮帆船の海賊団、総大将、弁慶丸殿のご配下か」

「さあどうだろうねえ」

「この国へ来て、私に分かる言葉をかける最初のお人に、こう願えと

 主君しゅくんより言葉をあずかり参上している」

 武装の異国男たちに分厚く囲まれた中心で

 海野は両手を動かさず、女を見上げたまま言った


「弁慶丸どのへ

 主君の手紙を直接お手渡しいたしたい」


 出窓に上半身、大きな乳房をふるんとゆらし身を斜めにして異国の女は

 大粒チェリーの唇からの声を低め

 カチンと白い牙かんで


「おつかいのご用むきをさァ

 あたしは聞いてんだよ、ぼうや」


 海野は、剣や火器に囲まれたまま気にもせず女を見つめ、告げた


「そう問われたら、きっと弁慶丸殿のご配下ゆえ、こう答えよと

 『望月六郎どのが自由にこれから

 大海をわたる段取りをつけるので、すぐ

 日本へ、戻れ

 あわせたい男がいる』」


 官能的な女の肌にきらきらとガラス窓からきらつく陽光が四角や三角の彩り眩しくする

 女の大きな乳房を背後から真紅の琉球紅型大袖りゅうきゅうびんがたおおそでがふわんと隠した。

 稲妻紋いなずまもんこまかに重ねた紅色袖からしなやかに海焼けした腕が、艶やかな女の肩の流線にまわり

 男は唸り声から現れた。


「フうっ」


 狼のように

 筋肉はった裸体の男の肩から首、顔がガラス窓にのぞき

 海野を見降ろして透き通ってあかるいビー玉のような赤茶色の瞳が

 女の肩口で


 ぎらっ

 と笑う。






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