第29話 遊戯室

 ホールにいたメンバーと合流し、ピアノの音について話し合った。

 この館には特別クラスの一同以外にも誰かいるのかもしれない。そう結論付け、ピアノの音が流れてくる部屋を確認することにした。


 ホールを抜け、先ほどシロウたちがいた廊下に出る。

 耳に入ったのは、未だに流れ続けているピアノの旋律。

 踊るような曲調かと思えば、唐突に緩やかになるのを繰り返していた。


「この曲は知っています。作曲者は有名な音楽家で、初恋の女性に向けて作られた曲だったかと」


 シャルンが流れている曲について教えてくれた。


「音楽好きには、わりと知られている曲なのか?」

「ええ。ですが、アレンジされているようですね。本来なら、こんなに抑揚がある曲ではありません」


 廊下に響く音は、まるで子供が鼻歌を奏でながらスキップしているかのような、楽しげな抑揚だ。弾いている何者かの楽しいという意思が、そのまま宿っているように感じた。


「あそこの部屋は遊戯室だったはず。ロズベルト卿が見てみたらいいと言っていた場所ね」

「うう、不気味だね……廊下の雰囲気も暗いし……」


 ジェシカは声を震わせる。雨粒が窓に打ち付けられる音とピアノの音が混ざり合い、薄暗い廊下に響いていた。確かに不気味な雰囲気が辺りに漂っている。


「と、とりあえず進みましょう……わたくしたち以外のお方がいるのだとしたら、挨拶しておきませんと……」


 いつもは気丈なアリシアも声が震えていた。


「アリシア、もしかして怖いのー?」

「べ、べつにそんなことはありませんわ! ただ少し身体が冷えるというか背筋がぞくりとするというか!」

「それ、怖いんだよ」

「う、うるさいですわよ狼っ娘! あなたこそ怖くないんですの!?」

「ソーニャは怖くないよ」


 歳のわりに度胸があるソーニャだ。

 逆にアリシアが怖がっているのは意外だった。


「ゾンビらしき奴らには気丈だったのに、ピアノの音ごときで怖いのか?」

「だって、奴らは攻撃すれば倒せるでしょう? でも、あちらの部屋でピアノを奏でているのは、もしかしたら幽霊かもしれないんですのよ? 幽霊には攻撃が通用しませんわ!」

「なるほど、殴れば倒せる相手ならば平気なのか」


 アリシアは遊戯室にいる者が幽霊だと思っているらしい。

 確かに不気味な雰囲気が醸し出される館に幽霊の一人や二人が出てもおかしくない。


「あ、あちらの曲がり角から何か出てきませんわよね……」

「大丈夫よ……たぶん」


 遊戯室は廊下の突き当りにあり、途中で曲がり角を通る必要がある。曲がり角に近づくにつれて女子たちは自然とシロウの背後にまわっていた。

  

「そう怖がらなくても、何も出ないだろう」


 怖がる女子たちに少し呆れながら曲がり角を通るシロウ。

 その瞬間、視界の端に黒い人影が見えたような気がした。

 シロウが横を向いた時には、人影の姿はどこにもない。気のせいだったのだろう。


 一同は遊戯室の前に立つ。

 ピアノは依然として弾かれていた。しかし、シロウがドアをノックした瞬間に音がぴたりと止まる。


 しん、と静まり返る廊下。しばらく待ったが返事はない。シロウはドアノブを回し、ドアを開けた。


 遊戯室の内部には、様々な楽器とぬいぐるみが雑多に置かれている。この部屋はロズベルトの娘であるエリーゼが生前使っていた。この楽器やぬいぐるみはエリーゼのものだったのだろう。


 部屋内を見回すが、演奏をしている者はどこにもいなかった。

 ただ、部屋の隅に寂しく放置されたグランドピアノだけがあった。


「ひぅっ! ど、どうして誰もいないの!?」

「おおお落ち着いてくださいませジェシカさん!」

「あんたも落ち着きなさいよ、アリシア」


 ユリリカは冷静にピアノの背後にまわって誰かが隠れていないか確認する。


「誰もいないわね。もしかしたら本当に幽霊だったのかも」

「一刻も早く立ち去りましょう! 幽霊に襲いかかられたら、わたくしたちは為す術がありませんわ!」


 あわあわとするアリシアに頷いたユリリカはピアノのもとから離れた。

 シロウはユリリカが立っていた辺りに行き、周囲を注視する。


 床に視線を落とすと、大きな四角の形の切れ目が走っているのを見つけた。


「シロウ、何をしているの? アリシアとジェシカが発狂しそうだから、さっさと出るわよ」

「ああ、いま行く」


 ユリリカに返事をしてピアノの側を離れる。

 結局、ピアノを弾いていた主が分からないまま一同は遊戯室を後にした。


 

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