第11話 貴族と決闘
ユリリカはシロウが決闘の位置に着くのを後方から眺めていた。彼の悠々とした姿に緊張や恐れといったものは見当たらない。
「大丈夫でしょうか、シロウさん……」
隣のアリシアはシロウを心配している。
付き合いはルシードのほうが長いにも拘わらず、もう妹は東洋の剣士に夢中のようだ。
「大丈夫よ。シロウには才能があるって、あんたが言ってたんでしょう」
「それはそうですけれど……シロウさんの実力は未だに目にしていませんわ。対して、ルシードさんの剣術は以前から見知っています。兄のクロード卿には至らないものの、彼も実力者には違いありませんわ」
ヴァリエス王国にてトップクラスの強者を挙げろと言われたら、クロード卿の名は確実に挙がる。それほどの実力者を兄に持つルシードは、幼少時から剣の腕を鍛えられていた。生半可な実力では斬り伏せられるだけだろう。
「それでも……あの男なら」
ユリリカは前方に立つシロウを見つめる。
入学以来、彼の動向を密かに観察していた。シロウ・ムラクモという無名の剣士がどれだけの力を持つのか知るために。
そしてユリリカは、彼が強靭な体幹を持っていることに気がついた。身動きする際に身体の軸が一切乱れない。まるで大地に根を張る大樹のごとく、背後から突然に肩を叩かれても僅かなブレなく振り返る彼にユリリカは覇気すら覚えたのだ。
「……始まりますね」
アリシアの隣にいたシャルンが静かに呟く。
ユリリカたちと少し離れた場所でジェシカとソーニャもシロウを見守っている。
貴族クラスの者たちもシロウとルシードの模擬戦に感心を持ったようで、周囲に集まっていた。
「実力を確かめさせてもらうわよ、シロウ・ムラクモ」
ユリリカは腕を組みながら模擬戦が始まるのを持つ。
シロウはルシードと向き合い、息を吸って荒ぶる気を鎮める。
やはり自分も男子であるのか、決闘に心が躍ってしまうのだが、気が逸ってしまっては刀を上手く振れない。
何度か深く呼吸をして滾る心を落ち着かせてから、冷静な目でルシードを見やった。
「さて、やろうじゃないか。兄上から授かりし王国式剣術を貴様に見せつけてやる」
ルシードは眼鏡を光らせる。周りの観戦者など歯牙にもかけない様子だが、ユリリカとアリシア、そしてシャルンの目をどことなく気にしているのが伝わった。
模擬戦の審判としてネオンが前に立ち、告げる。
「それではシロウくんとルシードくんの模擬戦を始めます。双方、武器を構えて」
模擬戦では両者が武器を抜いた状態でないと始められない。
シロウは抜刀し、両手で持った刀を正面に構えた。
ルシードも西洋の長剣を片手に持って構える。
「いつでも構わない、ネオン教官」
「それじゃあ――始め!」
ネオンが合図をした瞬間、先に飛び出たのはルシードだった。
「先手必勝だ! 田舎者に貴族の剣を教えてやる!」
勢いづいた西洋剣士の得物が振られる。シロウは真正面から繰り出された剣を刀で受け止めた。かん高い衝突音と刃の擦れ合う音が響く。
「むっ……僕の剣を受け止めるとは、やるじゃないか。しかし、まぐれだろう!」
「まぐれかどうか、確かめてみるといい」
剣を弾かれたルシードは距離を取ることなく猛攻を仕掛けてきた。王国式剣術とは真正面の敵を制圧することに長けているらしく、隙のない一閃が矢継ぎ早に繰り出される。
隙が無ければ作り出せばいい。シロウは最小限の動作でルシードの剣を弾き返す。何度も何度も、相手の呼気に合わせて長剣の刃を弾いているうちに、苛立たしげな声が響いた。
「貴様、手を抜いているのか! 弾くだけで僕を降せると思ったら大間違いだぞ!」
どうやら舐められていると思ったのか、ルシードの剣が目に見えて大振りになる。精細さを欠く一撃だが威力は十分で、受け止めた刀身を伝って衝撃が両腕に伝播した。
鍔迫り合いの状況でシロウはルシードの碧眼を見つめた。
「西洋の剣術とは、こういうものか。興味深いな」
「なんだと?」
「刀を振るうにあたり、物事を深く知ることには意味がある」
王国式剣術。
実戦で見るのは初めてだったが、こうも苛烈で威力があるのか。
ルシードの一振りに合わせて長剣を弾き返したシロウは、後ろに足を引いて距離を取った。
「引いたな! だが、そこは王国式剣術の間合いだぞ!」
シロウが怖気づいたと判断したのか、ルシードはここぞとばかりに強く踏み込んだ。その踏み込みこそがシロウの狙いだと気付かないままに。
刀を鞘に戻し、そっと柄を握り、居合いの構えを取る。
「霧雨一刀流・雨ノ太刀」
「これで終わりだ、ムラクモ!」
ルシードが刀の間合いに足を踏み入れる。
シロウは、息を吐くと同時に横薙ぎに抜刀した。
「――
その瞬間、ルシードの手元を離れた長剣が宙に舞う。
長剣が訓練場の白い床に落ち、一拍の間を置いてルシードが放心したように震える手元を見た。
「ば、馬鹿な……正面で抜かれた刀が見えなかっただと……?」
ルシードの呟きと同時に、周囲の観戦者からも同じような声が上がる。
ざわめきを断ち斬るように刀を斜め横に振り落としたシロウは、静謐な視線をルシードに注いだ。
「得物が手元から離れたが、まだやるか?」
「ぐっ……クソっ!」
舌打ちをするルシードは、ずれた眼鏡を指で戻しながら言った。
「こ、今回は僕の負けだ……だが、次はこうもいかないからな!」
「ああ、また剣を交えよう。お前の動きは西洋の剣術を知るにあたり、参考になる」
「チッ、言っていろ田舎者!」
怒りながら勢いよく背を向け、落ちた剣を拾いに行くルシードだった。
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