第二十一話


 私には好きな人がいる。あの暑い真夏の日に出会った男の子だ。ことの始まりは私が彼の帽子を拾ったことだった。




「ねぇ、これあなたのぼうし?」


そう私が声をかけた後彼はゆっくりと振り向き頷いた。


「はい、どうぞ」


「あ……ありがと」


男の子はぎこちない返事をして私から帽子を受け取った。




 この出来事がきっかけで私は毎日その公園に通って彼に話しかけにいった。それこそ最初は人見知りされてしまったけれど私がお構い無しにグイグイ話しかけていたものだから少しずつ彼も自分のことを話してくれるようになった。




両親は仕事で忙しいこと、家に居ても退屈なためこの公園に来ていることなど他愛のない会話だったけどとても楽しかったことを覚えている。私がこの日々がずっと続けばいいと思っていた。


 




 そんなある日、八月の終わり頃。私は引っ越すことが決まってしまった。どうにも父が仕事の都合でこの街から離れなければいけないとのことがだった。私は当時強く反対したが父いわく母と中学生の姉そしてなにより幼い私を置いて行くわけにはいかないらしい。それでもその頃の私にはそんな事情理解するなんて出来なかった。




どうしてここを離れなきゃいけないの?もう二度と彼には会えないの?




大きな不安と悲しみが小さい体を駆け巡る。現実を受け入れたくない私は家族がいるリビングを飛び出したあと自分の部屋にこもってふて寝した。






 翌日、私は彼と会うためにいつもの公園へと赴いた。この公園に来るのも最後なのかななんて思うとやっぱりこみ上げてくるものもある。いわないと……いわなくちゃいけないのになかなか言葉が喉の奥でつっかえて言い出せない。そうこうしているうちに彼が私の顔を覗き込む。そしてその顔は徐々に心配そうな顔に変わっていた。






そこで私はついに言う決意をした。






「わたし、もうちょっとでひっこすんだって。」


私は涙を堪えながら話し始める。




「……なんで?」


しばらくして彼はぼそっとつぶやくように問いかけた。


「わかんない。でもとおいところにいくんだ」




彼は何も言わなかった。目の前の男の子は私が泣きそうになっていることを感じ取っていたのかもしれない。しばらくの沈黙が続いたあと私は言葉を続けた。




「おおきくなったらあいにいくね。そのときは、」




 ―かーくんのおよめさんにしてね―




……我ながらよくもまぁこんなセリフを恥ずかしげもなく言ったと思う。だけど彼は、




「うん。わかった」


そう答えてくれた。その言葉に満足した私は引っ越しの準備もあったため帰ろうとした。




「かーくん、じゃあまた……」


そのとき、




「ちょっとまって。」




そういって私を引き止めた。普段はおとなしい彼がこんな大きな声で引き止めるなんて、と少し驚いたっけな。少しして彼はポケットからなにかを取り出し私に渡してきた。




「これあげる!」


私が自分の手に目を向けるとそこには、私の瞳と同じ青色の貝殻があった。とても綺麗で……なにより彼がくれたという事実が嬉しかった。もちろん今でも肌見離さず持っている。




「きれい……ありがとう!だいじにするね!」


そう返すと彼は私から目を背けた。夕焼けのせいかその子の頬がさらに赤く染まっていたことが印象的だった。




「じゃあまたね。かーくん」


今度は泣くことなく笑顔で別れを告げることができた。




数年後、高校生になったばかりの私に驚くべきことが起こった。いたのだ、彼が。背が高くなってメガネもかけていたからぱっと見だれか分からなかったけどよくみてみると彼だった。けれど彼に私に気づいてはいないようだ。気づいてほしくないといえば嘘になるけど無理もない。




 


 変わってしまったんだ。それも彼に変わっていないことに安堵した私自身がだ。なんども私だと明かそうと思った。しかし今の私には昔彼が綺麗だと褒めてくれた長い髪もあの頃のようにまっさらな純粋な心も残ってはいない。それどころか勇気が出なくて話せないまま一年が経ち二年生になってしまった。まだ好きな気持ちだけは残っているのにあと一歩が踏み出せない。……臆病な自分が本当に嫌になる。




だけど




こんな私が君の隣にいたいって思うのは駄目な事なのかな。




……もしかしたら優しい君ならこんな私の気持ちを受け入れたりしてくれるのかな、

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