7-2 蜘蛛の糸

「‥そういや、さっき血が降ったな」


緋翠が武器を離したのを確認したルーダーは天井を仰ぐと、思い出した様にそう呟いた。緋翠は、今まで思っていた疑問の一つをルーダーにぶつける。


「あの化け物は‥‥あれはあんたの仕業なの?」


「知らぬ。・‥だが、あの血は‥‥この刀で斬られたものだ。あの得体の知れぬ化け物がこの中を動き回っているが‥‥それがお前の姉、彗祥のせいで起こったとしたらどうする?」


「姉さんが?誰がそんな嘘信じるの!馬鹿にするのも、いい加減にしてほしいわ!!」


いきなり突拍子のないことを言われた緋翠は怒りだしたが、ルーダーは真上にあるスタルオの装飾を指差しながら恫喝した。


「誰が扉を開け、「星の中心」の《スタルオ》へと向かったと思っているんだ!お前の信頼している仲間、葵竜と、彗祥なんだよ!!」


「‥‥葵竜と姉さんが?そんなの嘘よ」


半信半疑で意気消沈した緋翠にルーダーは憎々しげに語りだす。


「本当だとも。少なくとも私は見てたのだからな。‥‥‥何が起きたって?仲間同士の自滅行為だよ。私はこの星の力、スタルオを利用しようとしたが彼女だけは、その星の罪を受けたのだ。

‥‥それによって、彗祥は変わった。スタルオによって精神は壊れ、狂った力を得た女は既に人間では無い」


ルーダーからおぞましい話を聞かされ、引くように表情が変わっていく緋翠。


はお前達のかつての仲間を殺した血で創られたものであり、己らが作り出したものに過ぎぬ。‥‥化け物と変わった奴らは全てを抹殺し、得体の知れない力を持つ仄暗いものグリームへと変貌したのだ‥‥」


「デタラメよ!そんな話信じられない!!」


緋翠が全力で否定するもルーダーは淡々と説き伏せる。


「‥‥全て真実だ。今お前たちのリーダーの火是という男が、あの女を捜しに「星の中心」へと向かっている‥‥殺された仲間の敵を討ちにな」



‥‥そんな‥‥‥‥あの時、自分の耳に聞こえた‥‥あの声は、姉さんの最後の叫びだった。そんな目に会っていたなんて‥‥‥。


「じゃあ、葵竜は何故、星の中心に‥‥?」


恐る恐る尋ねる緋翠にルーダーが悠然と答えた。


「《スタルオ》を破壊する為だ。あの女を連れてな」


その言葉に緋翠は頭の中が壊れそうになった。

優しかった彼が何故‥‥?

だけど、姉さんを探しに行くと言った葵竜はあれ以来戻って来ない。

‥‥無我夢中でルーダーを倒しに来た筈の緋翠はそんな話を聞かされる等とは思ってもおらず、頭が真っ白になったまま声も出なかった。


「‥‥だが、奴はあの事を知っているかだ‥‥」


独り言を言うようにルーダーは混乱している緋翠に横から近づきながらその顔を覗き込む。


「だが、今なら、まだ間に合う‥‥を止める為には、こうすれば‥‥‥言うことを聞け」


そう囁きながら緋翠の首筋に手を伸ばすルーダー。

はっ、と我に帰った緋翠はとっさに鞭竿ウィップ・ロッドを拾おうとした刹那、ルーダーは緋翠の首を鷲掴みに持ち上げると、螺旋階段の手すりを背に押し付け一気に力を込める。


「う‥うぅっ‥‥」


苦痛で呻く緋翠の頸動脈にルーダーの指先が伸び、一気にめり込んでいく‥‥‥。

ルーダーはスタルオで出来た爪で緋翠の精神の破壊を目論んだのだ。

だが、あった筈のスタルオの爪は彗祥の風の刀ウインドブレードで破壊されていて、全て無かった。


‥ちっ‥‥あの女‥‥‥。


上半身を手すりの外に晒された状態で緋翠の首を締め付けるルーダーは舌打ちした。


「往生際の悪い娘だ。姉妹揃って‥‥!だが、只の女兵士に私を討つなど不可能だがなぁあ!!」


首を掴んだまま場外に押しつけてくるルーダーの腕を緋翠は両腕で抑えながら、必死で耐えるように睨み返す。


「どうせ全部あんたのせいでしょう。葵竜と姉さんは‥‥そんな人間じゃなかった」


「そうだ‥‥全てを消した彗祥は、お前達を殺す為の道具として私が創り上げたものだ。

‥‥だが、全ては葵竜だ。彗祥の僅かに残った魂を残すには、スタルオが必要だからなあ。

‥‥私はその前に、奴を阻止しなければならぬ」


「‥‥!!」


ルーダーの自白を聞いた緋翠の表情は変わらなかった。

だがその時、二人の真下からごおっ、と唸る音が聞こえてくると、真っ暗な底から何かが呑み込むようにせり上がってくる。


「‥‥一体、何?」


「今頃気がついたか、我らの計画を。我ら異凶徒軍はこの塔台に入った時から、地上から密かに取り付けさせた重機でスタルオを掴み上げる作業を行っていたのだ。

そうすればは私のものになる!」


「‥‥何の為にスタルオが欲しいの?」


緋翠の問いにルーダーは高揚しながら答えた。


「それはだな、異凶徒が創り上げし宇宙船。それをスタルオに使い、この鉄クズから外に旅立つ為にだ!!」


これが異凶徒ルーダーの計画だったのだ。彼がこの星の《スタルオ》という強大なエネルギーを欲するのは、星の破壊を顧みず離脱する為だ。


「さすればこの息苦しい故郷ふるさとともお別れだ。私はこの先の輝かしい未来に賭けるぞ」


「宇宙の外で一人でのたうちまわるがいいわ」


緋翠の厳しい口調にもルーダーは余裕の笑みを浮かべる。


「そのつもりはないな。私の宇宙船はスタルオの力で時空を計算し、我々と似たような世界へと飛び立ってくれる。この星が爆発したと同時にな‥‥既に街は襲撃済みだ」


「‥‥何ですって」


「葵竜が降参でもすれば止めてやろうと思ったが‥‥余を怒らせた罰だ。《スタルオ》を手に入れ、この星の者全ての支配下となりし余は既に!貴様らにとって平伏ひれふする存在で有る!」


緋翠の首を締め続けるルーダーは叶ってもいない願望にテンションが超越し、その声は吹き抜けの空に木霊する。


「もはやここにはスタルオしか必要無い。貴様たちは、余の手にする《スタルオ》を敬い、全てを失うのだよ!

私に逆らう者は死のみ、まさに蜘蛛の糸から上へ登り詰めようとして、奈落のに落ちるように‥‥それを上から眺めるのが、余の望みだぁ!!」


そしてルーダーは緋翠の胸元に視線を移し、いやらしい表情に変わると首から肩へと自分の指を滑らせながら笑った。


「確かに一人は心許ないなぁ。お前も、余に侘びて命乞いをするのなら助けてやっても良いぞぉ?慰み者の一人としてなぁあ。んん?それそ拒否するなら、このまま下に落として、死ぬぞぉお?んんん??」


「やってもらおうじゃないの」


そう言うなり緋翠は必殺の蹴りを放った。

ブーツの鋭利な爪先と極細のかかとがルーダーの鎧が割れて剥き出しだった生足に突き刺さり、強烈な圧力を加える。

絶叫を上げるルーダーから離れた緋翠は後ろに跳ねると、隙をついて落ちていた鞭竿ウィップ・ロッドを拾い上げた。



一方、葵竜は彗祥を連れ、また火是も星の中心スタルオへと向かっていたのだった‥‥。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る