第24話 弁護士さんに相談する




 玄関を開けるとスーツ姿の男が二人立っていた。俺は挨拶と同時に名刺を渡された。

 彼らはテレビ局の人間で、要件はマーイの取材だった。


 ここに魔女はいないと嘘を付き断るも、顔は出さないとか、音声にモザイク入れるとか、ギャラの話しとか、しつこくてなかなか帰ってくれなかった。


 マスコミは追い返せば問題ない。不味いのはマスコミではなく――。


 綾を送った後、俺はリビングでマーイと話す。


「マーイ、俺がいない時に誰か来ても外に出ないでくれないか?」


「ピンポンある。マーイ、家、静かにするでしょ?」


「そうそう。マーイ外出るとたくさん話し聞かれて大変。家の中で隠れる」


「うん、わかった!マーイできる!」

 とマーイは誇らしげに微笑んだ。


 さて、どうするか……。本当に不味いのはマスコミなんかではなく警察だ。

 マーイには在留資格ビザがない。更に国籍も……。完全に違法な存在なのだ。捕まれば数年、家に帰れない可能性も……、最悪の場合、一緒に住めなくなるかもしれない。


 ビザ取得は日本が異世界と国交を結んでいないから難しいだろう。なら日本国籍の取得……、前々からネットで調べていたがマーイの場合、これもかなり難しい。


 悩んだ挙句、俺達は弁護士の先生に相談することにした。

 離婚の際にお世話になった先生に連絡すると、ビザに詳しい人を紹介してくれた。





 翌日の昼、俺とマーイは茨城県にある樋之口ひのぐち弁護士事務所へやって来た。テレビで話題の魔女のことで相談したいと伝えるとすぐにアポが取れた。


 弁護士事務所の小さな会議室に通され暫く待っていると。


「失礼します」


 スーツ姿に黒縁眼鏡を掛けた背が高く痩身で40代くらいの女性が部屋へ入ってきた。彼女はマーイを見て目を丸くしてから俺に挨拶をする。


「始めまして、樋之口ひのぐちです。今話題の魔女さん?ですよね?」


 樋之口ひのぐち先生はそう言いながら俺に名刺を渡した。


「はい、そうです。よろしくお願いします。彼女はマーイ・リッツァリッツ。俺は桜沢涼です」


 それから俺はマーイとの出会いや彼女が日本に来た理由を説明した。それとマーイは理解できる日本語が限られていることも話した。



「要件はわかりました。マーイさんの場合、不法入国、不法滞在、オーバーステイと同等になると思いますので、刑事処分として3年以下の懲役、もしくは禁錮。または300万円以下の罰金が科せられる可能性があります。それと行政処分として、強制送還、国外追放の対象となります」


「やはりそうですか……、マーイが日本にいられる方法はありますか?」


 それから俺は弁護士さんの説明を聞いた。



 結論から言うと養子縁組や結婚、就労ビザ等どれも申請不可能で、現状マーイが合法的に日本に在留する方法なかった。

 可能性があるのはマーイが一度異世界に帰って、その間に俺が彼女のビザを取得するという方法だけ。ただこれも例外的な出来事で成功する可能性はかなり低い。そもそも異世界ではパスポートを発行できないし年齢や誕生日もないのだから当然である。


 一通り話を終えた弁護士さんが言った。


「桜沢さん、世論を味方につけましょう」


「どういうことですか?」


「詳しく説明します」


 それから先生はビザ取得の成功率を上げる方法を俺に教えてくれた。それを踏まえ上で今後の動きについて話し合った。


 そして最後に先生が、


「今回の川飛込み事件は私もニュースを見て知っています。マスコミがマーイさんの魔法の件で騒いでいますので、いづれ警察が事情聴取を求めて来るかもしれません。ですが絶対に応じてはダメです。もし応じてしまえば、必ず身分証明書の提示を求められます。それを機に不法入国者として一度でも認定されてしまえば取り消すことは出来ず最低5年間は日本に来れなくなります」


「……わかりました。俺も今回の事件で警察が来るんじゃないかと思っていました」


 先生は一瞬俺の目を見詰めてから。


「桜沢さん、本気でマーイさんを日本に在留させたいなら、早急に動くべきです」


 それは俺達を思って出た発言だと感じ取れた。


「……ありがとうございます。二人でよく話し合ってまた連絡します」


 こうして俺達は弁護士事務所を出た。





 帰りの車で俺はマーイ尋ねる。


「マーイ、聞いてもいいかな?」


「ん? なぁーに?」


「マーイの村にマーイ帰る。また福島に来る出来る?」


「うーん、マーイ帰るは出来る。世界変わるの魔法、ケラケラ頭の骨、いる」


「ケラケラ?」


「うん。ケラケラ笑うからケラケラ、ケラケラは一番魔法できるの鳥ぃ?うーん、蛇ぃ?」


「それって……」


 丁度信号待ちになったので俺はスマホに話し掛ける。


「フェザードラゴン イラスト」


 スマホにドラゴンのイラストがたくさん表示された。

 マーイはそれを手で動かしていく。


「これ、ケラケラ似てる」


 白いフェザードラゴンだ。


「あれ?もしかしてマーイが持ってる頭蓋骨のネックレスって、ケラケラの骨なの?」


「うん、そうだよ。マーイの村、ケラケラの骨、二つあった。一つは来るとき、使った」


 大きさ的にネズミ骨かと思ってたが、まさかドラゴンだったとは。てことはドラゴンはカラスくらいの大きさなのかもしれない。因みにあの骨は家のタンスに仕舞ってある。


「そのケラケラの骨があればまた来れるのか……」


「うん。出来る!でもケラケラ少ない。マーイ小さいの時、一回見た。あとは見ない」


 レアモンスターなんだな……。その骨はどうやって手に入れたんだ?村の人がたまたま死体を拾ったとかかな……。


「その二つの骨は誰が手に入れたの?村の人?」


「昔、ケルケット捕まえる。ケルケット食べた」


 ケルケットはマーイを育てた猫だ。


「なら、ケルケットさんに頼めばケラケラを捕まえてくれるのかな?」


「出来る!マーイの住むのところ、ケルケット一番偉い。ケラケラいたらすぐわかる!」


 成る程、ケルケットさん次第なのか……。でも可能性はありそうだ。


「マーイ、帰ってまた来るでしょ?」


「そうなりそうなんだ……」


「次来るの時は、骨1つ、大丈夫なの?マーイ帰らない」


 それってつまり……。


「ああ、それでいいよ。俺とずっと一緒に暮らそう」


 そう言うとマーイはニコニコ笑う。


「マーイ、帰ったら、皆の病気どうするの? マーイ、大きいの村行ったことない。マーイ1人、何できるの?」


 ペストに関しては世界全体の問題でマーイみたいな女の子が一人頑張ったところで、どうにかできるものではないよな……。まぁ地球だって自力でペストを乗り越えたわけだし、マーイの世界の人に肩入れするのも……ってそうか、マーイ世界はペストを治す薬が造れないのか。てこは地球の中世くらいの文明レベルなのかもしれない。抗生物質、つまりペニシリンは近代的な科学物質がなくても入手できた筈だ。


 俺もインフルエンザで40℃の高熱が出て数日寝込んだことがる。あの時はかなり辛かった。マーイの世界の人達はそんな状態で薬はなく死を待つだけだとしたら……。


 せっかく一度帰るんだし、ちょっとした労力で全世界の人の命を救えるならやらない手はない。

 マーイから詳しく異世界の話しを聞いて、何か取れる方法はないか考えてみる価値はある。


「あっ」


 そこで弁護士さんと話し合った内容が繋がった。

 この方法ならマーイのビザのことや異世界の病気のこと……全て上手くいくかもしれないぞ。




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