第10話 最強故に捉われず

 前世の世界と違い、この世界は個人が武力を備えていることが多い。立場によっては推奨されていたりもする。

 何故ならこの世界にはダンジョンがあるからだ。油田に相当する、尽きぬことのない神秘の資源の泉があるからだ。


「──とりあえずヤッちゃん、まずストレッチねー」


 ダンジョンは危険である。モンスターが出現し、侵入者を襲ってくるから。

 寄生先の世界から効率よくエネルギーを摂取するために、魅力的なアイテムを餌に主勢力である人類を呼び込むのだ。

 そしてモンスターをけしかけ、ダンジョン内で激しく活動させる。あわよくば殺害して栄養として吸収する。

 それを避けるために、その上で資源を回収するために、ダンジョンに拘わる立場にいる者の多くが鍛えている。


「本当ならストレッチなんかしなくても、問題なく動けるようにならなきゃなんだけど。今のヤッちゃんにはまだ早いからねー」

「……分かりました、お兄様」


 私も、いや久遠家の人間もその例に漏れない。それどころか積極的に戦闘技能を修めることを推奨されている。

 理由は複数のダンジョンを所有しているからだ。単純に管理するだけでも問題ない利益を上げるのがダンジョンであるが、やはり身内の人間を使って資源を採掘した方が儲かる。

 資源は完全に自分たちの物にできるし、費用も削減できるし、世間に対するアピールにもなる。

 更に言えば、久遠家を含めた十二支族は、元を辿ればダンジョンを利用して日本を支えてきた武家である。

 故に十二支族と縁ある者は、戦闘技能を学びダンジョンに潜るよう教育されることが多い。

 実利的な側面はもちろん、伝統的な面でも『強さ』が尊ばれる。それが日本における名家の世界なのである。


「──はい、ストレッチ終了」

「……早くありませんこと?」

「今も言ったけど、本来ならやるようなものじゃないからね。しっかりやるのは禁止です」

「スポーツ医学に真っ向から喧嘩を売ってますわね……」


 ……だからと言って、ここまでの修羅的な修行は明らかに異常なのだが。

 現実逃避気味に、今世の世界観をザックリ振り返ってみたけれど、やはりおかしい気がする。

 いや、世界観は別におかしくはない。なにせ前世のゲームですでに承知している内容だ。この世界がダンダンの設定に準拠している以上、これは別におかしいことでもない。

 ──問題は、私が現在進行形で置かれている状況である。


「……あの、本当にやるんですの……?」

「うん」


 私とお兄様がいるのは、久遠家が所有するダンジョン関連の戦闘訓練施設。

 ここはダンジョン採掘チーム、端的に言ってしまえばダンジョンを専門とする特殊部隊が訓練に使う施設であり、設備は極めて充実している。

 そこを父が当主権限で貸し切り、私とお兄様の二人だけで半年間使用できるようになっている。

 ……ここまでは問題ない。いや、小学生二人で危険なことはするなとツッコミが入ってもおかしくないのだが、それすら目の前の光景の異常性には


「……もう一度確認したいのですが、お兄様の持ってるソレ、包丁ですわよね……?」

「うん。さっき厨房から拝借してきたんだ」

「うん、じゃねぇんですわよ!?」


 ──馬鹿なの!? 何で訓練に刃物を使おうとしているんだこの裏ボスは!?


「それ下手したら怪我じゃ済みませんよね!? どう考えても訓練で使うような代物のではありませんわよ!?」

「大丈夫だってー。僕を信じなさいなー」

「ある意味で信じてるが故の台詞ですが!?」


 お兄様なら、容赦なく斬りつけてくると思っての抗議ですが!?


「いやあのね。別にヤッちゃんに意地悪するとか、そんな目的でコレを持ってきたんじゃないからね?」

「刃物は意地悪という領域を超えてましてよ?」

「大丈夫だから。ちゃんと安全に配慮はするし、コレを使う目的は度胸を付けさせることだから」

「……度胸?」

「そーそー。いざという時に、固まって動けなかったら駄目でしょ? そうならないようにする訓練だよ」

「……」


 なるほど。お兄様がやろうとしていることは理解できる。目的も理解できる。……だが訓練内容は理解できない!!


「だからって何で本物の刃物なんですの!? ここに備え付けられている訓練用の武器で十分ではありませんこと!?」

「本物の方が緊張感は増すでしょ?」

「危険性もマシてるんですのよ!!」


 緊張感が増すというか、刃物を使っている時点で『いざという時』そのものだろうに……!

 もちろん私も丸腰じゃない。訓練用の防具、それもゲーム的に言えばダメージ軽減の効果付与がなされたファンタジー装備は付けている。

 ただの包丁でこの防具が突破されるとは思えないが、それでもやはり万が一ある。……というか、お兄様のスペック的に防具はまず意味をなさない。

 だったらちゃんとした訓練用の武器を使うべきだ。ここの武器は私の防具と対になっており、武器使用時に発生するダメージを激減する仕様になっているのだから。


「お兄様の言う通り、確かに実戦に近づけた方が効果的なのでしょう。ですがそれは心得のある者に限った話ですわ。私のような素人では、むしろ逆効果というものでございましてよ?」

「でも八千流の時だって、武道の習い事はしてたよね?」

「あんなの子供の手習いでしょうに……」


 確かに私はいくつかの武道を習ってはいる。武家の伝統として、そしてダンジョンに潜る前段階として。

 だがハッキリ言って子供の稽古の域を出ない。いくら『武』を尊ぶ一族の生まれだとしても、まだ小学生なのだから当然だ。

 昔はともかく、今は現代なのだ。時代も価値観も違う。子供を危険な目に遭わせたら問題になる。

 小学生から純粋な武道を習い、中学生でファンタジー要素を織り交ぜた技術を学び。高校、義務教育を終えてようやくダンジョンでの実戦が始まるようになる。

 それが現代の基本的な流れにであるし、高校での実戦も専門家の監修の元、危険性が極めて低いダンジョンで行われるものだ。

 だからこそ、お兄様の主張は間違っている。私はただの子供、素人の域をでない。いやそうでなくとも、達人だろうが刃物を使って訓練して良いとはならないだろう。


「お兄様。私たちは子供ですわ。ただでさえ大人の監修がないのですから、安全第一を徹底するべきだと思いましてよ」

「んー? 安全第一も何も、包丁もレプリカも変わんないよ?」

「いや大違いでしてよ……」


 何を言っているのだと、思わず呆れてしまう。安全に配慮されている訓練用具と、調理用で使われる刃物。

 この二つの安全性など、比べるべくもないだろう。

 ──少なくとも私はそう思っていた。


「あー……。何かやけに嫌がるなって思ってたら、ヤッちゃんは勘違いしてるんだね」

「お兄様……?」


 不穏な呟きを零しながら、お兄様がおもむろにレプリカの武器が並ぶ場所へと歩いていく。

 そして適当な獲物、大柄な成人男性でなんとか扱えるサイズの両手剣を、片手で軽々と持ち上げ。


「──よく見てて」


 ──その瞬間、シャンッとやけに澄んだ音が耳元で響いた。


「っ……!!」


 同時に背筋を奔る怖気。何が起きたかは分からなかったにも拘わらず、本能的に攻撃されたことだけは理解できた。


「なにをっ……!?」


 遅れてそれは起きた。ハラりと右腕の袖が、ダメージ軽減の効果が付与された防具が宙を舞ったのだ。そして細切れとなって散っていく。


「……嘘、ですわよね……?」


 信じられない。まったくもって信じられない。──だが信じるしかない。

 斬られたのだ。十メートル以上も離れた場所から、刃も届かぬ場所から。何重にも施された安全対策、ダメージ軽減効果を無視して斬られたのだ。

 しかも防具の袖だけ。私の肉体はいっさい傷つけることなく、袖だけを微塵に切り裂かれた。


「いいかいヤッちゃん。僕にとって、このレプリカも包丁も違いはない。その気になれば、僕が振るえば何であろうと、容易くキミの命を刈り取る凶器になるんだよ?」


 事実なのだろう。それほどまでお兄様の実力は隔絶している。最強の裏ボスからすれば、この身にまとっている防具など存在しないに等しい。


「それでも僕はキミの命を奪わないと約束する。度胸を鍛えることが目的だから、ヤッちゃんに対して本気で攻撃はする。キミを殺してお釣りがくる威力で攻撃する。──でも殺さない。そこに万が一も存在しない。僕はそこまで下手じゃないもの」


 それも事実なのだろう。距離を無視する斬撃と、服のみを狙って細切れにする正確性。どちらも達人という言葉では生温い、まさしく神域の絶技である。


「その上で更に保険も掛ける。最難関ダンジョンの奥地に、キミを一人で放り込んだとしても、余裕で生還できるレベルの保険を掛ける」


 ……これも恐らく事実なのだろう。保険が何かは分からなくとも、お兄様にはそれが可能と思わせるだけの実力がある。ゲームの設定など知らなくとも、今のパフォーマンスで納得させるだけの凄味がある。


「これだけ並べれば十分でしょう? ちゃんとヤッちゃんの希望通り、安全第一なんだから。──ということで、訓練の方を始めるよー」


 そう言ってお兄様は、レプリカの両手剣を戻して私の元に歩き出した。その片手には、依然として包丁が握られている。

 ──反論など、できるわけがなかった。

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