2章-チェンジオブペース

 僕の名前は木々根きぎね美鈴みすず土竜もぐらの怪異にして、首ノ塚高校の一年生。


 僕は故郷の山の『守り神』的な存在として生まれたはずなのに、力不足でまったく役目を果たせなかった。だから強くなろうと思って怪異の集まるこの土地に来て──でもこの土地だからこそ、自分の弱さが身に染みた。出会う怪異はみんな強力で、習うことも学ぶこともできそうもなかったのである。


 偶然知り合いとなった夏川一雷かずらいは良い人だった。こんな僕に親身になって──おもちゃにしてくれている。それは不本意だけど、僕が唯一学べそうな力の使い方をする人だとは思っていた。


 ただ。僕は──


 それは首ノ塚の森の中に在る。


 結界により封印された、犬の怪異──マサムネ。雨の中、僕は今日もまたその場所を訪れていた。


 一見、それはただの木に見える。でもそれがただの木ではないことは、僕のような落ちこぼれでも見抜くことができる。その木に近寄ると、僕の姿を見つけてたくさんの犬が集まってきた。赤い目をした犬たちはマサムネの眷属けんぞくであり、僕の仲間である。


「臭いで分かります。今回もたくさん集めてきてくれたようですね」


 男の声がした。誰もいないはずの──僕の背後から。それも当然のことで、マサムネにはまだ実体がない。だから正面も背後もなく、そういうふうに聞こえてしまうのである。


「うん、集めたもん。妖力をたっぷりと含んだ最上クウコの髪の毛」


 昨日、彼女は約束通りに髪の毛を切って渡してくれた。僕の目の前で「この辺いらない」と姿は男らしく、ちょっと格好良いとさえ思った。


 なおその後、A組の男子三人に囲まれ、彼女の髪の毛を少し奪われてしまった。ただ大局には影響ない。残った分で、マサムネの復活には足りているはずだ。


「ありがとうございます。これで宿願が叶う」

「僕も。マサムネ」


 僕は彼と『契約』をしていた。僕は彼から攻撃能力犬の力を借りる。代わりに僕は彼に地面に潜る能力土竜の力を貸す。その結果、僕は純粋な戦闘力を獲得でき、彼は力押し以外の変則的な戦い方ができるようになる。


 マサムネが復活していないせいで、僕はまだ犬の力としめ足の速さしか借りることができていないが、彼が完全復活すれば、戦う力も得ることができるだろう。そうなれば僕は故郷の山に帰って、守り神の任務をまっとうできる。


「ではその髪をここに」

「はい」


 袋に入れておいた髪の毛を出して、木の根元に置く。すると強酸でも浴びせられたかのように煙を吐きながら、髪の毛が溶けていく。


 それが終わり、また彼の声がした。


「ありがとうございます。正直、まだ本調子にはほど遠いですが、一応は復活しました」

「そうなんだ……って、どこ?」

「申し訳ございません、言い忘れておりました。実は私、復活しても肉体が無いのです。眷属の体でも借りなければいけないところでしたが、目の前にもっと良いものがあったので使わせてもらいました」

「ど、どれ……?」

。というわけで重ね重ね申し訳ございません。あなたはお眠りください」


 僕は……もしかして騙されたのか?


 によりそう気付いたときには、すでに真っ黒な触手が『僕』を絡め取って、意識の深い深いところまで引きずり込んでいた。


 師匠、蛇女、最上クウコ。ごめん、僕は悪いやつなんだ。そして失敗したみたい。

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