解説②「題名と小題」

 この文章には「性的な表現⚠」などが含まれています。


 観測した出来事やセーラたちの主観を、脚色せずに文字に起こすよう心掛けたのですが……。

 小題は、その辺りの事を気にする必要がないので、私の趣味全開で考えて私が付けました。



長文タイトル

 この物語の題名は、実は二つあります。


 一つは基本の題名『アスモダイオスの身勝手な恋』。

 もう一つは、小説家になろうを始めとしたWeb小説投稿サイト向けの長文タイトル『結婚相手が殺されたのは、これでもう七度目です。私が悪魔に魅入られているから:あるいは、アスモダイオスの身勝手な恋』です。


 このような題名の構成は、私の一番好きな小説『|Frankenstein: or The Modern Prometheus《フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス》』のほか、童話『|Cendrillon ou La Petite pantoufle de verre《サンドリヨン、または小さなガラスの靴》』や『|Der Froschkönig oder der eiserne Heinrich《かえるの王さま、あるいは鉄のハインリヒ》』などに見ることができます。


 書きかけでちゃんと公開していないものには何度も使っている手法なのですが、ちゃんと公開したものの中では恐らく初めてですね。

 昨今のWeb小説に多い長文タイトルと歴史的な童話にも見られる構成を融合した温故知新なこの手法、私はけっこう気に入っているので、日の目を浴びせることができてとてもうれしいです。



序幕~七度目の初夜~

 「七度目」だけど「初」のような言葉の並びは非常に好きで、私が多用してしまう表現です。



第1幕「こんなにたくさんの豆を一人で食べて眠る」

 続く第1幕は、パロディだったのですが、お気づきになりましたか?


 尾崎おざき放哉ほうさいさんの自由律俳句「こんなよい月を一人で見て寝る」。

 中学校の国語の教科書にも掲載されるほど有名な俳句のパロディでした。


 元の俳句は一般的に、真逆とも言える二つの解釈がされると思うのですが、そんな奥行きが私は好きです。



第2幕「愛;それを、人はたがために為す」

 こちらの小題には、二つの遊びがあります。


 一つ目は、掛詞。

 「たがため」が「他がため」と「誰がため」の掛詞になっています。

 「愛を人は他がために為す」というある意味 当然のことを言っていると同時に、「愛を人は誰がために為す」と問うているわけですね。


 二つ目は、組み合わせパズル。

 まず、この小題は「愛」という主題を先に示し、セミコロンの後でそれを語るという構造になっていると思います。

 そして、その後半部分は「人」と「為」のみ漢字で表記してあり、この二つを合わせると「偽」という漢字を作ることができるようになっています。


 あえて平仮名で表記する「掛詞」と漢字を組み合わせる「パズル」という遊びがカッチリハマっていて、けっこう好きというか楽しかった小題です。


 この二つの意味を念頭に第2幕を振り返ると、登場人物たちの行動がより響く気がします。

 特に、ジャヒーマンユ祭司とアスモダイオス……。



第3幕「春の訪れない年はなく、雲の訪れない空はなく」

 こちらの小題には、色んな要素が詰まっています。


 まずは、勇士ジューンの解説からさせて下さい。

 「ジューン」は「六月」を意味する英語「june」と重なり、彼が結婚することで「ジューン・ブライド」になるという言葉遊びが楽しめます。


 今日では日本でも馴染みのある「ジューン・ブライド」ですが、元はヨーロッパから伝わったものだそうで。

 日本だと六月は雨の続く梅雨の時期ですが、ヨーロッパでは晴れが続く季節であるらしく、かつては農繁期明けで結婚禁止が解かれる時期でもあったそうです。

 そんな欧州における六月の到来と、ジューンの到来を重ねたのが、小題の前半「春の訪れない年はなく」です。

(春というにはちょっと遅い? まあ、恋の成就を春が来ると表現することもあるし、それも掛かってるから……)


 続いて後半。

 この物語の舞台が中東チックな異世界であるということは、解説①「世界観」でお話させて頂いたと思いますが。

 そんな地域で暮らすセーラは第2幕で、日差しと乾燥が厳しい気候と自身の心の渇きを重ね、その苦しみを「晴れ晴れ」と表現していました。

 セーラにとっては、快晴すらも憂うつの比喩になってしまうのです。そんな彼女にとってのジューンの到来を(雨)雲に重ねたのが、小題の後半「雲の訪れない空はなく」です。

 この物語は、日本人の私によって日本人向けに日本語で書かれたもので、そんな私たちにとっての六月と言えば雨の時期、つまり梅雨ですし。


 日本を起点に西洋から中東まで股に掛けたこの小題も、なかなか気に入っています。

 ついでに述べると、勇士ジューンが退治したと噂になっていた怪物は「ばつ(日照り神)」・「ヴリトラ(旱魃を起こした)」・「雪の女王」と重ねることができます。

 神話的な解釈をすれば、彼は雨と春をもたらす六月の化身だと見ることができます。


 また蛇足ですが、この小題に使った言葉には「、ただ訪れる前に散るものもある」という続きがあるつもりでいます。

 「明けない夜はない」。「止まない雨はない」。でも、夜が明ける前に、雨が止む前に、死んでしまうものもたくさんあると思うから……。



第4幕「Virginal love」

 この回は、アスモダイオスがセーラに手を出さなかったということが繰り返し語られる回だったと思います。

 荒あらしくセーラの肉体を欲する五番目の結婚相手と、決して手を出さずに小心者と嘲笑われるアスモダイオスは、とても対照的ではなかったでしょうか。


 「virgin」という英語は「乙女」を意味するラテン語が語源と言われ、その意味は「処女」であるという印象が強いと思います。

 しかし、辞書を引くと、性別に関係なく「性行為の経験がない者」を意味することもあるのだと知ることができます。

 また、そこから派生して「純潔な」などを意味する形容詞にも使われるそうです。


 この小題は、除幕の独白を読んで初めて、その真の意味を読み取れるようになるのではないかなと思います。



第5幕「今際の際の□兄いの言葉」

 こちらも、除幕を読むと印象が変わる小題だと思います。


 「□」と「兄」で普通に読もうと試みると「呪」になるかなと思います。

 しかしこれは、同時に伏字としての四角記号でもあります。


 恋愛や結婚において、一途な愛や永遠の愛、二人の幸せを誓うということは珍しくないと思われますが、その誓いはある種の呪いだと私は感じます。

 主観によって移ろうものだとは思いますが、それは生き方を縛る呪縛とも言えるのではないかと感じるのです……。


 だから、今際の際の彼の言葉は、呪いの言葉と言えるでしょう。

 そして同時に、それは不器用な彼なりの「祝」いの言葉でもあったのかもしれません……。

 少なくとも私はそんな風に感じて、この小題を決めました。



終幕~めでたしめでたしのはじまりはじまり~

 この小題は、シンプルですが思い入れがあります。


 相反するものや両立し得ないものを一つにする表現という意味では、序幕と重なりますね。

 捻くれているけれど、構造自体はとてもシンプルだと思います。

 シンプルだけど、捻くれた私の思い入れたっぷりの小題……。


 私たちはよく、『物語』を終わらせると思います。

 作り手としても終わらせるし、受け手としても終わらせるし、気持ちの中で『物語』を終わらせると思います。

 でも、『物語』が終わっても、登場人物たちの人生は、その世界は、多くの場合終わらないと思います。

 極端な話、人類滅亡や地球崩壊の物語でさえも、物語の結末の後、何かしらが続いていくことでしょう。

 だから、「ハッピーエンド」とか「バッドエンド」って、もちろん言いたいことはわかるし、使うべきでないだなんてこれっぽっちも思わないけれど、それでもなんだかしっくりこないなぁと感じることもあって……。


 「結婚」も、物語の終わりと似ていてるなと思います。

 「ゴールイン」と表現されたり、一つの節目として「終わり」として扱われることが多いものかなと思うのです。

 時に「人生の墓場」だなんて、皮肉たっぷりに「終わり」と表現されることもありますね。


 でも、大事なのはその「終わり」の先なんじゃないかって、先もなんじゃないかって、思ってしまうのは……。

 私が捻くれ者だからでしょうか(笑)。


 ――なんにせよ。

 貴方の人生にとってこの物語の読了が、「めでたしめでたしのはじまりはじまり」であることを祈っています。

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