第44話 甘いアダム

「おはよう、アダム」

「おはよう、シャーロット」


 先に朝食の間に来ていたアダムに近寄って朝の挨拶をすると、アダムは立ち上がって私の肩に手を置くと自然な仕草でおはようのチューをしてきた。

 唇にだ。


 昨日まではノータッチだったアダムのいきなりの変わり様に、私はもちろんマリアや侍従達、あまり表情に変化のないカリナまでもが目をを丸くしていた。


 アダムは隣の椅子を引くと私をそこに座らせ、隣の席に私の朝食を移すように侍従に指示する。いつもの向かい側の席から、私のカトラリーがアダムの隣に移動された。


 アダムはすでに朝食は食べ終わっており、食後のコーヒーを飲みながら私の食事風景をニコヤカに見守っている。なんなら、身体の向きまで私の方を向いていて、アダムの膝が私の太腿に当たるくらい距離が近い。

 足フェチがばれたから、遠慮はしないってことかな?

 私は全然ウエルカムだけどさ。


「アダム、なんかごきげん?」

「そりゃね」


 まぁ、性癖の暴露は自己の解放にも繋がるからね。気分があがるのはわからなくはないよ。


「ロッティ、果物食べる?」

「あ、うん」


 アダムは私のデザートの皿から苺を一粒摘むと、私の口元に持ってきて、苺の先で私の唇をプニッと押した。


「はい、アーン」


 マジですか?!アーンなんか撮影の時以外したことないよ。しかも、いやらしく食べないとで、間抜け面にならないように、いやらしく見える舌先の動きや咥え方とか練習したもんだ。

 これは普通に食べるのが正解だよね。舐めたり咥えたりしないやつだよね?


 私はなるべくいやらしく見えないようにかじってみたが、苺が大きくて果汁が口角のところから垂れてしまう。

 アダムはその果汁を親指で拭うと、自らペロリと舐めてしまう。

 だからそれ、いやらしいやつね!


「甘いな」


 いや、あなたが一番甘いからね?


 侍従までもがアダムの口元を見て頬を赤く染めている。

 私はハムハムと苺を食べきると、苺のヘタを取ってアダムの口元に押し付けた。アーンのお返しだ。


「アダムもアーン」


 アダムは嬉しそうに苺を一口で食べると、ついでに私の指まで口に含んだ。ペロリと指先を舐められて、私は真っ赤になって手を引っ込める。


 なんかお腹の奥がゾクゾクしたよ。朝からなんて気分にさせるんだ!


「アダムの今日の予定は?」


 赤い顔のまま、それでもなんでもないふりをして残りのデザートを次から次へと口に入れる。


「……そんなに慌てて食べないよ。僕は今日は午前中は会議だ。うまく話が進めば午後のお茶の時間には間に合うかな。無理かなぁ?遅くても夕飯は一緒できると思う」

「うん……了解。無理しないで」


 私は無理やりゴクンと口の中のデザートを飲み込んでから答えた。

 夕飯ではアダムにさっきの仕返しをしてやろうと目論む。やられっぱなしは性に合わないんだよね。


 ★★★


「シャーロット様」


 朝食を食べ終えて、午前中の勉強に備えて王太子妃室に戻ろうとした時、後ろから声をかけられた。

 振り返ると、カリナが真っ直ぐに私を見つめて立っていた。


「どうかした?」

「ご無礼を承知でお聞きしたいことがあります」

「えーと、長い話になる?」

「多少」


 今日の王太子妃教育は、リズパインの貴族名鑑の説明だったかな。

 うん、日にちをずらして貰おう。

 キスコンチェみたいにね、なんちゃって貴族しかいなかったり、みんな顔見知りみたいな間柄だったら、たいして覚える人数もいないんだろうけど、事前に渡された貴族名鑑見た時に目眩がしたよ。その本のあまりの分厚さに。

 予習しておいてくださいねと、王太子妃教育係に笑顔で言われたけど、一ページ目で寝たよ。熟睡だよ。

 もちろん予習なんかできている訳もない。


「わかったわ。カリナの話を聞くことにするから、王太子妃教育の日にちをずらしてもらいましょう!」

「いえ、そこまでお時間は……」

「私もじっくり話したいの!アダムのことでね」 


 あまりに食い気味に言ったせいか、若干カリナが引いている気がする。


「シャーロット様、今日の王太子妃についてですが図書室で……」


 タイミングよくマリアが通りかかり、王太子妃教育の行う場所を指定してきたので、私はマリアの両肩をつかんで切々と訴えた。


「マリア、カリナに相談を持ちかけられたの。アダムのことにも関係するすっごく大切な話よ。だから、勉強はまた明日以降ってことで!先生には申し訳ないけど」


 マリアは、皺の中に埋もれた瞳をさらに細くしてカリナを見つめる。なんとなく憐憫の表情に見えるのは、マリアもカリナの気持ちを知っているからだろうか。


「わかりました。では今日の午後に時間をずらせるか先生にお聞きしてきましょう」

「え……いやぁ、先生も忙しいんじゃないかなぁ」

「そうかもしれませんが、お聞きしてまいりますね」

「あぁ〜」


 マリアは老人にはあるまじき速度で廊下を歩いていってしまった。


「……とりあえず、部屋行こっか」


 私が歩きだすと、カリナも後について歩きだした。

 王太子妃室についた私は、とりあえず話をするならば座ろうと、カリナに椅子をすすめた。最初は固辞していたカリナだが、「立ったままだと見下されているようで嫌」と私がわざと拗ねたように言ったら渋々と座ってくれた。


「で、なにが聞きたいの?」

「……アダム様の…………女性恐怖症は治られたのでしょうか?」

「どうかな?他の女性で試してないからわからないけど、私には今のところ拒絶反応は出てないよ」


 私とは、チューもハグもできるから間違いではないよね。まだやってないからなんとも言えないけど。


「……そうですか。あなたは、王太子殿下に……アダム兄様にどうやって取り入ったんです」


 カリナはわざとアダムの呼び方をかえてきた。自分はそれだけ親しいというマウントかな?受けて立とうじゃないの!


「取り入ってなんかないよ。ただ普通に仲良くなっただけ。アダムは私(の足)が好きだって言ってくれたし、昨日はいっぱい(後頭部にキス)してくれたもん」


 わざとらしく関係があったみたいな言い方したけど、致してないのはシーツを見れば侍女のカリナならば一発でわかるだろう。しかしカリナはなぜか項垂れると、一筋涙をポロリと溢した。


「なぜあなたなんです」

「ちょっ……」


 冷静沈着の見本みたいな見た目のカリナが、ただの女の子のように見えて慌てる。


 泣かせるつもりはなかったんだよ?!


「アダム兄様が普通に接することができる女子は私だけだったのに。だから、私だけがアダム兄様に受け入れられているんだと……。いつか後継者問題がおきた時に、お飾りの妃のかわりに私を求めてくれる筈だったのに!」


 凄いな、長期的な展望だったわけか。まぁ、十年待ってもカリナは二十六だから、子供は普通にできるかもしれないよね。それまで妹的な立場でずっと結婚もせずに待っているつもりだったとか、どんだけ気が長いんだろう。私は無理だな。さっさと次探してエロエロしちゃうよ。


「うーん、お飾りの妃になるつもりはないなぁ。そんなもんになったら私、欲求不満で死んじゃうし」

「欲求不満……って」

「ほら、王太子妃って浮気はできないじゃん。私もするつもりはないんだけど、目指せめくるめく官能の世界が私のスローガンだからさ。お飾りの妃って、Hなしってことでしょ?無理無理、そんなの我慢できる気がしないもん。もしアダムが私とはできないって言うなら、どんなに私がアダムのこと好きでも別れるけどさ、今のアダムなら、Hありきで末永く仲良くできそうなんだよね」


 カリナは涙も止まり、ペラペラ喋る私を呆気にとられたように見ている。


「で、悪いんだけどアダムとの閨の時間を他人と分かち合うつもりはさらさらないんだわ。毎日アダムがヤりたいなら、相手は毎日私がいい。今の後宮の夫人達みたいに順番待ちなんか嫌だよ。ゾッとする」

「順番待ち……すら、今はないようですが。最近、王はたまにしか後宮に顔を出さないですし。しかもエミリヤ様のところ限定ですから」


 そりゃそうだ。スザンナがエミリヤのところに遊びにきた時だけ、ダニエル王はエミリヤのところにすっ飛んでくるんだから。


「後宮入りしなくて本当に良かったよ。後宮の夫人全員を満足させて余りある性欲とか、嘘ばっかりだったじゃん。やだやだ、世間の噂は当てにならないってね。旦那様にはね、奥さんを性的に満足させる義務があるんだから。できないんなら、もう夫人とか増やさなきゃいいのに」

「あの……」

「だいたいね、馬鹿みたいに領土広げて、不必要な後宮に不必要に女溜め込んでるくせに、一番大切にしたい女も手元におけないとか、王様ってのは不自由な存在よね。もう、後宮なんか解体しちゃえばいいのに。夫人や妃達だって下賜された方が、欲求不満で後宮の中で悶々とするよりも絶対に幸せだって。あ、そうすればアダムにちょっかいかけてくる欲求不満女はいなくなるか」

「あの……」

「そうだ!そうよね。アダムパパリンに提案してみよ」


 思い立ったが吉日、さっそくダニエル王に会いに行こうと席を立つと、カリナは慌てて私を引き止めた。


「お待ち下さい!我が王にはそんなに簡単に面会はできません。申請してそれが認められないと。だいたい半月は待つと思います」


 なるほど……。しかし、私は裏技を知っているのさ。

 スザンナをエミリアが召喚し、それをダニエル王に伝えればいいだけ。あら不思議、なかなか会えないダニエル王が仕事放り出してやってくるってね。


「それに後宮解体など無謀です。ありえない」

「なんで?やってみなきゃわかんないよ。だいたいさぁ、アダムの女嫌いは後宮の欲求不満女に襲われたからでしょ。その時点で後宮の存在を見直すべきだったんだよ。ダニエル王がそこで下手こいたから、アダムママリンに出ていかれちゃったんじゃん」


 まず私がやることは、エミリアに会うことか。

 やっぱり、午後も勉強してる場合じゃないよね!


「アダムの為にも、アダムにちょっかいだしてくる女がいる後宮なんか解体よ解体!」

「……わかりました。あなたがアダム様の為になにができるか、しっかり見させていただきます」


 よーく見てろよ!



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