第22話 ニングスキー敗北

 謁見の間……だったところ。扉は吹っ飛び、柱は半分折れかけ、内装はひっちゃかめっちゃか、壁にも穴が空いている。そのドロだらけの広間の床に、ニングスキーの王と王太子が縄に縛られて座っていた。

 何縛りっていうのかな、昔時代劇とかで下手人とかを捕縛してたような結び方。スチュワートが喜々として縛っていたんだけど、爽やかな美形だと思っていた兄の闇の部分を見た気がするよ。


「アダム様、中どうぞ」


 私は窓の鍵を開け、外で控えていたアダムを中に招いた。


「なんていうか、うん。ロッティの家族は逞しいな」

「ごめん。出番奪っちゃった。でも、アダム様がいつでも助けに来てくれると思ったから無茶もできたんだよ?」


 もしかして、余計女として見られなくなったんじゃない?!王宮に土足どころか馬に乗ったまま乱入して、物を破壊しつつ進む王女(王太子妃だけれども)とか、いくらやむを得ずとはいえありえなくない?あなたはそんな女に魅力を感じますか?!って、無理無理とか鼻で笑ってる姿しか想像できない。


 今更ながらにヤバイ冷や汗が背中を伝わる。私のめくるめく官能の世界を堪能する計画、一ページも進むことなくマイナスイメージばかりが増えていくような……。


「アダム!ニングスキー王を捕らえたか。良くやった!」


 額から血を流したダニエルが謁見の間に入ってきた。


「陛下、いやこれはロッティやスキコンチェの……」

「そうです!ニングスキー王はアダムとその騎士さん達が捕まえたんですよ。それよりアダムパパリン!頭ヤバイですよ」


 ニングスキー王は、アダムが捕らえたでいいじゃん。見つけたのは私だけど、捕まえたのはアダム指揮のもとだもんね。ザンザについてはお口を貝にしましょうね。


「人の頭がおかしいみたいな言い方をするな」

「血、出てますから!強面なのに、余計箔がついちゃうじゃないですか」

「大きなお世話だ」

「あの、ハンカチを……」


 ティアラがハンカチをダニエル王に差し出すと、ダニエル王はティアラをジロリと見下ろした。ティアラは、ヒッと息をのんでガタガタ震える。


「アダムパパリン、うちのティアを威嚇しないでください。姉は繊細なんですから」

「姉?」

「そうです。あっちにいるのが私の父と母。その隣が兄ですね」

「どこが瓜二つだ」

「なにがです?」

「母親と病弱な姉とは瓜二つなんじゃなかったか」


 私は首を捻り、ポンッと手を叩いた。自分で作った設定を忘れていたよ。


「そうそう。瓜二つでしょ。母と姉」


 誰も私が似てるとは言ってないもんね。


 ダニエル王は苦虫を噛み潰したような顔をして顔を背けた。まさか、今からチェンジとか言わないよね。


「陛下、ニングスキーの王太子を制圧したのはシャーロットとキスコンチェ一家です。僕は窓の外で待機していただけで。彼らは戦の功労者です。ぜひ多大なる褒美を彼らに」


 アダムが膝をついてダニエル王に告げる。


「違うから!アダム様は最後の切り札だったから待機してもらってたの。私が先に突っ込んで、うちの家族を逃してからアダム様に突入してもらうつもりが、うちの家族がちょっと張り切っちゃって……。いや、こいつが弱すぎたのが一番駄目駄目なんだ。アダム様の出番まで踏ん張れなかったから」


 夫の功績を奪う妻なんて……。これが原因でアダムに嫌われて、これから寒々しい夫婦生活を送ることになったとしたらどうしてくれるんだァッ!まだ一回も致してないうちからレス生活突入なんて、イーヤーダーッ!!


 ザンザをどつき回したとしても気分は晴れない。それくらいじゃ生温い!一度、マロンに蹴り飛ばしてもらおうか?死ぬか?死ぬな。それもまた良し!


「ロッティ、可愛い顔が歪んでいるぞ。あぁ、土埃だらけになったな。ほら、顔を拭いて」


 アダムは、さっきダニエル王に差し出されたティアラのハンカチをもらうと、甲斐甲斐しく私の顔を拭きだした。


「フン、妻の功績は夫のものだ。アダム、よくやった。おまえにも褒美をやるから考えておけ。さて、キスコンチェ領主よ、おまえにニングスキー領主を任命し、キスコンチェと統合自治を命じる」

「は……?」


 言われた意味が理解できなかったパパリンは、どんぐり眼をキョロキョロさせていたが、内容を理解すると同時に顔色を青くさせてダニエル王に土下座をかました。


 パパリン、私が言うのもなんだけど、この文化には土下座はないんだよ。私が悪さをする度にやってたから、普通にキスコンチェには浸透しちゃったけどさ。


「……それはなんだ?」

「土下座ですね。うちでは謝る時にします。地方の風習みたいなもんですよ」


 私が説明すると、アダムは「土下座?」とパパリンの土下座をマジマジと見ていた。


「リズパイン王!僕……いえ私はキスコンチェくらいの統治が精一杯でして、とてもニングスキーみたいな大きな国などは手に余ると申しますか……はっきり言って無理!」

「アハハハ、全くもってその通り。その男にうちの統治などできる訳がない。畑を耕すしか能のない男ですわい。リズパインの王よ、わしが自治領領主になろうではないか。元王のわしがなった方が国民も納得する。戦の遺恨は互いに水に流そうぞ」


 縛られてなお偉そうにふんぞり返るニングスキー元王に、ダニエル王は冷ややかな目線を向けた。


「黙れクズが。民を捨てる国王になど、領地を任せる訳がないだろう。おまえは我が国で殺人罪で死罪だ」

「殺人……わしは誰も殺してなどおらん!言いがかりだ」


 ニングスキー元王は、ズリズリと這うようにダニエルの足元にやってきて訴える。


「うちの使者に手をかけただろう」

「あ……あれは、わしじゃない!わしじゃ……。息子が、息子が剣で斬ったんだ。戦も息子が先導した。わしは反対したんだ」

「父上?!何を言うんだ!あんたが自治領なんか笑わせるな、あの使者の首が返事だって言ったんじゃないか」

「誰も斬り殺せなぞ言っとらんわ!」

「同じ意味だっただろうが!」


 醜い親子喧嘩が始まり、ダニエル王は手を振ってニングスキー親子を下がらせた。


 うちには牢屋ってものがないから、そのまますぐにリズパイン王国へ移送されるそうだ。しかもニングスキー側はまだ残党もいるから、山を歩いて越えて船に乗せて行くらしい。


 そして結局ニングスキーの統治はパパリンのグズり勝ちで、リズパインから統治補佐役という肩書きの教育係をつけてスチュワートが自治領領主になることに決定した。ゆくゆくはキスコンチェとニングスキーの合同統治になるそうだ。


「アダムパパリン、ちょっとちょっと」


 私はダニエル王を壁際まで連れてくると、袖をグイグイと引っ張って屈ませた。


「なんだ、ちゃんと被害賠償はするぞ。自治領とはいえ、うちの国の一部だからな」

「それはもちろんお願いしますだけどさ、そんなことじゃなくて、まさかのまさかだけどさ、今更チェンジなんかしないよね?」

「チェンジ?」

「だって、うちのママリンもティアラも無茶苦茶美形でしょ。私よりもあっちが良かったとか言われても、もう返品不可なんだからね。アダム様のお嫁さんを辞める気はないからね」


 ダニエル王がティアラに視線を送ると、フンと鼻を鳴らした。


「確かに、おまえは父親の遺伝子を総取りしたらしいな。いや、先に双子に母親の遺伝子を総取りされたのか。不憫な話だ」

「不憫て失礼ね。アダム様はさっき可愛いって言ってくれたし」

「歪んでるとも言っていたがな」

「それは表情の話でしょ」


 プリプリと怒る私に、ダニエル王はわかるかわからないかくらいの笑みを浮かべる。


「まぁ、見慣れると味があるかもしれん。それに、俺の女じゃないから、見た目は正直どうでもいい。それに……」

「それに?」


 ダニエル王はアダムを見て顎をしゃくってみせた。すると、私達を心配そうに見ていたアダムが一瞬笑顔になりすぐに飛んでくる。


 犬かな?なんだ、これ。可愛いな。


「お呼びでしょうか、陛下」

「アダム、おまえは嫁をあっちの娘に変えたいか」

「いえ、全く」


 アダムは膝を付き顔を伏せていたが、顔を上げてキリリと引き締まった顔で言った。いつもは優しげなやや垂れた目尻の切れ長な目が、目に力が入っているのか二重が深く険しい色を浮かべている。いつもは似ていない親子だと思っていたが、こうしてみるとアダムとダニエル王は似ていなくもないのかもしれない。


「陛下に先程の褒美についてお願いしたいことがあります」

「なんだ、言ってみろ」

「シャーロットとの結婚、きちんと式を挙げて国民にも披露したく思います」

「式?」


 私もいきなりの結婚式発言に、間抜けた顔でアダムを見てしまう。アダムはそんな私を見て、優しく笑み崩れる。

 その破壊力満点の笑顔に、私の顔がボンッと赤くなる。


 なんなのこれ?心臓バクバクするんだけど?!もしかして心臓病!


 その時、前世でまともな恋愛をしてきていない(性格の相性よりも身体の相性重視だったからね!)私は、恋愛初心者もいいところで、いきなりの血圧上昇脈拍増加を体調不良ととらえていた。


「フン、好きにしろ。しかし式などたいした意味もないだろうに」

「陛下、女性は結婚式に憧れをもつものらしいですよ。それに、僕も綺麗に着飾ったロッティを見てみたい。今の泥だらけのロッティも素敵だと思いますけど」

「……ふむ」


 ダニエル王はなにか考える素振りを見せたが、すぐに背を向けて歩き出してしまった。


「アダム様……」


 アダムは立ち上がってダニエルの背中に向かって礼を取ると、私に向かってさっきの笑みを浮べて手を差し出してきた。ボーッとその顔を見上げながら、私はフラフラとその手に手を乗せる。


「ロッティ……」

「……はい」

「まずは、この惨状をなんとかしないとな」


 ですよね!

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