第19話 いざニングスキー王国へ

 カラッと晴れた秋晴れ、今日アダム達は作戦を決行する。

 先頭に立つのはアダム率いる騎士団部隊。その後ろからイーサン率いる一般兵達が放射状に陣形を張り、敗残兵を一網打尽にする予定だ。さらにそれすらもかい潜った場合は、山賊達の傭兵部隊が手ぐすねを引いて待ち構えているという具合だ。


 私はもちろんだけれどお留守番。キスコンチェ領主領で、炊き出し準備のお手伝い。キスコンチェのおばちゃん達も、今日だけは畑仕事じゃなく三角巾に割烹着姿で炊き出しに精を出している。

 彼女らも、ニングスキーには我慢の限界もいいところだった。精魂込めて作った畑の農作物は買い叩かれ、しかも買ってやってるんだという横柄な態度。若い女は何をされるかわからないから、作物を売りに行くのはもっぱらおばちゃん達だ。痛い腰を擦って行商に行けば、ババアだなんだと口汚く罵られる。

 ニングスキーがなくなるならと、彼女達は無償で今日は炊き出ししてくれているのだ。


「シャーロット姫様、もっと腰をいれてかき混ぜないと焦げちゃいますよ」

「あんた、シャーロット姫様はもう姫様じゃなくて、王太子妃様じゃないかい」

「大出世ですね姫様」

「私達とエロ話して盛り上がっていた姫様が、もうお嫁入りとはね」

「姫様、腰ですよ、腰!なんでも腰が命ですからね」

「全くその通りね。こうかしら?こう?」

「そうです、それそれ!その腰回しが旦那を引き止めておくコツですよ」

「緩急つけるのも必要よね」

「まぁ、旦那の上ではそうですね。ヘラはひたすら力強くかき混ぜないとだけど」


 大釜で大量の野菜と男達の獲ってきた鳥やら猪やらの肉をごった煮にし、身体くらい大きなヘラでかき回す。冗談じゃなく腰をいれてかき混ぜないと、底の方が焦げ付いてしまうのだ。交代しながらかき混ぜているのだが、おばちゃん達と私の会話はこれが平常運転だ。いつだってエロ話で盛り上がる。


「そろそろ時刻ですかねぇ」


 山間にいる私達には、山向こうの状態はわからない。今まで平和に暮らしてきたキスコンチェ元王国国民にとって、戦争なんて想像もできないものだ。こうして炊き出しくらいだから手伝えているが、実際に剣を持って戦えと言われたら、とても剣を振り下ろせる気はしないだろう。


 さっきまで馬鹿話で笑い声が絶えなかった炊き出し場も、見えない山向こうの戦況が気になってシーンとしてしまう。


「まさかですけど、ニングスキーの奴らがここまで攻めてくる……ってことはありませんよね?」

「ない!……と思う。だってあっちはダニエル王もいるんだよ。すっごいムッキムキで強そうな王様だったからね。アダム様だって、細めに見えるけど実は脱いだら凄いんだから(知らんけど)!」

「ですよね!ヘナチョコのニングスキーの王子なんか、けちょんけちょんのぎったんぎったんですわ!」


 ニングスキーのヘナチョコ王子。手下に敵を押さえつけさせてから剣をふるうくらい、あいつはとにかく弱い。筋肉じゃなくて贅肉しかないからね。多分、私でも一対一で戦えば勝てそうだ。でもねちっこく執念深いし、悪知恵も働く。

 ダニエル王ならば一刀両断しちゃいそうだけど、アダムみたいに真っ直ぐで優しいタイプには、相性が悪い相手かもしれない。


「私、ちょっと抜けるね」

「姫様どこに?!」

「トイレ!ウ○コ!」

「姫様、恥じらいも必要ですよ!」

「そうそう。ガバッと大股開きで誘うより、ちょっとくらい隠した方が旦那は燃えるんですから」

「わかったぁ!次は恥じらってみる」


 私は厩舎に向かい、一頭繋がれていたマロンに馬装をつけた。ブラックはアダムが乗っていったから、マロンは一頭厩舎に残されていたのだ。マロンはしきりに私に頭を擦りつけて、早く行こうと急かしている。


「あんたも心配なんだね。私は何もできないからさ、敵がきたらマロンに任せるからね」


 マロンは任せろとばかりに蹄を鳴らした。

 今日は炊き出しの手伝いの筈だったから乗馬服は着ていないし、もちろん鎧なんかも持っていない。簡素なドレス姿だったが、スカートを膝で挟み込んで広がらないようにしてマロンにまたがる。マロンは私の指示を待たずに走り出した。きっとマロンはブラックの元に行く筈だと信じ、マロンの行きたい方へ走らせた。


 ★★★アダム目線★★★


「王太子殿下、始まりました!我が王の出陣です」


 まだ朝日も登る前から、山の中腹に潜んでリズパイン王国の本軍の出撃を待っていた僕達は、朝日が登ると同時に上がった狼煙により本軍の出撃を知った。


 成人した二年前に後方支援部隊の指揮を任され初陣とし、それからも陛下の下で戦いには参加してきたが、今回のように重要な一部隊を任されたのは初めてだった。

 前ならば、自分には後方支援くらいが丁度良く、こんな大役できる筈ないと卑屈に考えたかもしれないが、今の自分は任せてくれた陛下に答えたいという気概に溢れている。


 これも、シャーロットのおかげだ。


 彼女のおかげで自信が持てた。自分が必要とされる人間だと信じられた。

 前世では早くに親と縁が切れ、今世では親との縁自体が希薄だと思っていた。その縁を、シャーロットが固く結んでくれた。

 あのソバカスのちった愛らしい小さな娘が。


「殿下、我が王の兵力が押して参りました。そろそろ攻め入る頃合いかと」

「全員、山肌を駆け下り、背後から敵をつくぞ!突撃!」


「ウオーッ!」という雄叫びと共に、騎士隊精鋭部隊がキスコンチェ馬に乗って急斜面を駆け下りた。

 背後からの急襲に、ニングスキーの兵達は統率をなくした。乱戦状態になり、アダムは目の前の兵はいなし兵達の頭を目指した。将棋もチェスも王を押さえれば終わりだからだ。


 王旗の元に王がいる筈……。


 しかし、王旗の元にいたのは貴族ではあるのだろうが、プロレスラーのようにガタイの良い男だった。


「ニングスキー王は王旗を捨てたか!」

「王はくだらない戦いなど出ん!」


 少なくとも、陛下は常に自分が先頭にたって王旗を掲げて出陣していた。後ろに下がったり、隠れたりしたことは一度もなかったのだ。そんな男の息子なんだと自分を鼓舞する。


「くだらんのはおまえ達の王だな」

「陛下!」


 ブラックよりも一回り大きな黒馬に乗ったダニエル王が、数名の騎士を従えて現れた。


「アダム、おまえはニングスキー宮殿へ行き、ニングスキー王を捕らえよ。生死は問わん」

「しかし陛下」

「ついでに、ニングスキーの王太子も捕らえておけよ。王亡き後勝手に即位されても困るからな。行けっ!」


 僕は騎士達を率いてニングスキー宮殿へ向かった。陛下は最強だからあんな奴には絶対に負けない!と信じて。


 ニングスキー宮殿は、綺羅びやかな城だった。すぐ隣のキスコンチェの宮殿をシャーロットが「なんちゃって宮殿」と言っていたが、そう言いたくなるのもわかる気がした。だからといって、ニングスキー宮殿が素晴らしいということじゃない。僕からしたら、「なんちゃって宮殿」の方が簡素で素朴で好ましいからだ。


「王の間はどこだ!」


 ギラギラした装飾に、統一性のない美術品の数々。とにかく綺羅綺羅した方角を目指す。宮殿を走り回っている間、逃げる侍従や侍女達はいたが、誰も向かってくる兵はいなかった。宮殿の衛兵はいったい?


 王の間と思われる一際趣味の悪い大広間の扉を開けると、王座には見すぼらしい老人が一人座っていた。痩せ細り、明らかにサイズの違う立派な服を着て、王冠はずり下がっている。


「王はどこだ」

「わ、わ、わ、わしが王だ」


 見るからに偽物だろう!


 なるべく冷淡な表情を作り、男に剣を突きつけた。


「ニングスキー王はどこだ」

「わし……わしが、わしが」


 老人の歯がガチガチ鳴り、文章を話すことすらできない。しかし、自分が王だと繰り返して言っているようで、そこまで忠誠を誓っているというのか、それとも……。


「アダム様!」


 扉が吹き飛び、凄い勢いでマロンに乗ったシャーロットが王の間に飛び込んできた。しかも、なぜか馬の一団を引き連れて。


 え?ここ宮殿の中だけど。

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