第13話 エミリヤ様のお茶会2

 庭園を見渡せる大きな窓は開かれ、爽やかな風が入ってくる中、ケーキや果物の乗った円卓を囲み、遅れた言い訳を頭の中で考えていた。


 目の前には妖精が舞い降りたのかというような麗しいエミリヤと、多分ママリンと同じくらいの年齢の夫人が和やかに談笑している。


 なんか引っかかるんだけど、なんだろう?


 私はモヤモヤするものを感じながらも、再度エミリヤに謝罪した。


「エミリヤ様、遅れてしまい申し訳ございませんでした」

「あら、いいのよ。お若い方はお洒落に時間がかかるものだもの」

「そうなんです。お洒落しようとしたんですよ。頑張ってみたんです。うちはマリアって年配の侍女しかいなくて、彼女を三階まで呼ぶのも忍びなくて、自力でお化粧してみたんです」

「まぁ、自分で?とても綺麗にお化粧できていてよ」


 私は首を横に振る。


「いえ、最初私がしたお化粧は白塗りお化けになりました。迎えにきてくれたロザリーが見かねてやり直してくれたんですが、やっぱり白塗りのバ○殿にしかならなくて……」

「バ○殿?」


 エミリヤがふんわりと微笑みながら首を傾げる。一つ一つの動作が可愛らしくて、しかも自然で嫌味がない。


「真っ白でバカっぽい喩えです。お気にならさず。そんな感じにしかならなくてですね、結局様子を見に来てくれたマリアがパパッとなおしてくれたんです。あれがこうなるとか、本当にミラクルですよ」

「マリアが……。マリアはお元気?膝の具合はどうかしら?」


 スザンナが懐かしげに言った。


「お知り合いですか?マリアはちょっと張り切って三階と一階を往復していたせいで、腰と膝の調子が悪いようですが、キスコンチェ王族直伝の貼り薬と飲み薬をあげましたからね。すぐに痛いのとかなくなりますよ」

「まぁ!そんな高価なものを侍女に?」

「高価……ではないですよ。臭いがきついってのが難点ですけど、その辺の薬草で簡単に調合できますし」


 実際に、どこにでも生えている薬草なんだけど、効果を知らなきゃただの雑草で、民間療法みたいなものだけれどよく効くんだよね。他にも解熱剤とか咳どめ、腹痛の薬とかけっこう簡単に調達できることに気がついた。南の林を探索している時にいろんな種類の薬草を見つけて、実は根っこごと引っこ抜いて王太子宮の裏に植え直したんだ。雑草みたいなもんだから、増える増える。もちろん解毒薬になるのも何個か見つけといた。


 マリアには、消炎鎮痛作用のある茎を擦り潰して作った苦い丸薬と、同じ植物の肉厚な葉っぱを開いて出てきた液体に浸した布を患部に当て、湿布みたいに使うやり方を教えた。まぁ、臭いは凄まじいんだけど、効果は抜群だから勘弁して欲しい。


「あぁ、それでマリア様から異臭がしたんですね」


 異臭……まで酷いかな?

 本人目の前にして「臭い!」って言わなかったロザリーは大人だね。


「シャーロット様は薬学の知識がお有りで?」

「そんなたいそうなものじゃないです。うちは自給自足の小さな国でしたから、病気になっても自力でなんとかしないとなんです。お医者様とかはいなくて、薬草師が薬を調合するんですけど、薬草師の人数もそんなにいませんから、簡単な薬草の知識ならみんなあるんですよ。特に私は拾い食いの常習犯で、毒キノコとかホイホイ食べちゃうような子供だったので、礼儀作法の前に自衛として腹痛に効く薬草とか、解毒に効果のある薬草とか教えこまれて。山菜採りとかしてると、打ち身に捻挫、切り傷なんかもざらですから、薬草の知識だけは増えてくんですよね、ハハハハハ」


 私は自慢気に語ったが、他の三人はポカンとして私を見ている。わかってるよ、王女らしくないって。でもうちはそういう国なの。拾い食いする王女がいたっていいじゃないか。おかげさまで身体はすこぶる強くなったからね。腐ったもの食べてもお腹をくださない自身がある!毒だってどんとこいよ!


 普通なら「なんてガサツな……、拾い食いするなんてもってのほかよ!」と目くじらをたててもおかしくないのに、エミリヤはすぐに顔を取り繕うと、ツッコミ所満載の私の話は綺麗にスルーしてニコリと笑った。


「薬学に強い妃とは、王太子殿下の健康も心配なく、本当によろしかったこと。ねぇ、スザンナ様」

「そう……ですわよね。毒にもお詳しいの?」

「毒に詳しいというか、症状に合わせた薬草がわかるくらいですよ。毒のある草やキノコ、毒ヘビの見分けはできますけど。それも、うちの山にあるの限定なんで、珍しい他国の毒だとわかりませんよ。あと、即死だとなんの役にもたちませんけどね」

「得難い妃です、素晴らしいわ」


 そんな褒められちゃったら、苦〜いお薬大量に作っちゃうよ。


「本当に……本当に良かった。アダムが女性を受け入れられるようになっただけでも僥倖だというのに」


 アダム?王太子でも殿下でもアダム様でもなく……アダム?


 スザンナの目元と、アダムの目元がスーッと重なって合致する。その目元の黒子の位置まで一緒じゃん!瞳の色が濃いか淡いかの違いはあるけれど、少し垂れた温和そうな目尻とか、目の形が全く同じだった。あと、上がった口角とか……。


「アダムママリンじゃん!…ちがっ!スザンナ様だ!!」

「アハハハ……フハ!」

「はい、アダムの母親のスザンナです」


 継母……違うわ。義母?お義母様?というか、エミリヤ様笑い過ぎ?!


「義理とはいえ親子。ゆっくりお話することもあるでしょう。ロザリー、席を外しましょう。スザンナ様、また後ほど」


 エミリヤはロザリーを連れて広間から出て行ってしまった。


 ちょっと待って下さい!状況が理解できてないんですけど?!


 ★★★


 私がパニック状態のまさにその時、隣の別室に移動したエミリヤとロザリーは、用意されていた紅茶を手に、ゆったりとティータイムを楽しんでいた。


「シャーロット様、どんな方でしたか?」

「普通の王女様とは違うように思われます」

「どんなふうに?」


 ロザリーは唇に手を当てて考え、その間エミリヤは急かすことなく紅茶を一飲みする。


「……マリア様を気づかってのようですが、ご自分のことはご自分でなさろうとしますね。マリア様とも初日から打ち解けたご様子でしたし、何より王太子殿下に拒絶反応が出ていません」

「まぁ!……それは見た目が幼いからではなくて?」

「それもあるのかもしれませんが、閨事はまだのようですがベッドも共にしているようですし、あのシャーロット様の髪型、王太子殿下が結われたらしいですよ」

「……色んな意味で驚いたわ」

「ですよね。でも不思議とシャーロット様ならばそんなこともあるかもしれないと思わせるようなお人柄をしておられます。言動が規格外と申しますか、一般貴族の常識にとらわれていないと申しますか。でも、非常識という訳ではないですよ。たまにボロが出ることもあるようですが」

「そう……」

「護衛騎士の任務についてまだ数日ではありますが、いきなり初日にお茶にデザートまでご一緒させていただきました」

「まぁ、護衛騎士を席につけたのですか?」

「はい。エミリヤ様だって最初からそんなことはしませんでしたよね。最初はお茶はお断りしたんですが、私の目の前にさりげなくを装おって紅茶やデザートを置いたりして、いつ飲むかとチラチラ見るんですよ。それがあまりにお可愛らしくて」

「そう。ダニエル様にも臆することなく話す娘だと聞いたから、気の強い周りが読めないタイプかと心配していたけれど、我が儘で傲慢な王女様ではなさそうね」


 エミリヤは何かを思案するようにカップを眺めていたが、紅茶を口にすることなくソーサーに戻した。


「あなたを彼女につけて良かったわ。これからも彼女をよく観察してちょうだい。それと、彼女に接触しようとする人物にも注意を」

「はい。心得ております」


 エミリヤは窓に近寄って窓を開けると、クスクスと笑い出した。


「いかがなさいましたか?」

「シー。あなたもこちらにいらっしゃい」


 エミリヤは口元に人差し指を当てると、ロザリーを近くに呼んで隣の部屋を無言で指差した。ロザリーが近寄ってくると、エミリヤは無言でロザリーの腰を抱き寄せ、二人寄り添いながら隣の部屋の様子をうかがった。

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