第7話 アダム・リズパインの過去(アダム目線)

 大の字でスピスピ言いながら寝るシャーロットの横で、僕は今日何度目かのため息をついた。


 今日初めて会ったシャーロットという娘、会ってから一時間もたたないうちに僕のお嫁さんになっていた。大きな目がクリッと幼くて、そばかすが可愛らしい少女で、華奢な身体は全然女を感じさせなかった。多分、それが良かったんだと思う。いつもなら女性に触られたら鳥肌ものだというのに、彼女に腕を組まれてもなんともなかった。

 しかも、夫婦になったんだからと同じベッドに引きずりこまれて抱きつかれ、トラウマが発現するかと硬直していれば、彼女は十秒もたたないうちに高鼾だった。しかも無茶苦茶寝相が悪くて、あっちへゴロゴロこっちへゴロゴロ。キングサイズのベッドを縦横無尽、何度も叩かれたり蹴られたり、僕がいなかったら確実に床に落ちてるな。

 今も一蹴りされたけど、やっと深い眠りについたのか落ち着いて動かなくなった。彼女にそっとシーツをかけてやる。


 なんか、前世の妹を思い出す。


 そう、誰にも言っていないけれど、僕には前世の記憶がある。思い出したのは十二歳の時。まだ成人前だった僕は、後宮内の一室に自分の部屋を持っていた。身体は毎晩ギシギシいうくらい成長していったけれど、まだまだ考え方は子供だった。だから、わからなかったんだ。女性にも性欲があるということに。


 あの時、後宮には三十人近い夫人がいたと思う。妃だけでも十人(今は十五人に増えたが)、たった一人の男の妻が四十人だ。比較的頻繁に閨に呼ばれる妃や夫人もいれば、数回の逢瀬で後は放置される者もいる。

 僕は一人の夫人と仲良くなった。もちろん、異性として見たことは一回もなく、話の合う友達であったり姉のような存在として彼女になついていた。まだ後宮に入りたての若い夫人で、よく一緒にお茶をしたり庭園を散策したりしたものだ。


 ある夜、僕は突き抜けるような快感を感じて目が冷めた。まだほとんど寝ぼけた状態ながら、身体に激しい違和感というか、感じたことのない感覚を感じて呻き声を上げた。


「ウァッ……」

「シー、静かに」


 いつもならいる筈のない他人の気配に、僕は身体をビクリと震わせた。暗闇に目を凝らすと、大きな双丘が僕の上で揺れており、豊かな金髪が前後するように動いていた。


「アダム、アダム……」


 僕の上にいて僕の名前を切なげに囁いていたのは、昨日も庭園を共に歩いた夫人だった。彼女は父親の後宮に数ヶ月前に入ったが、渡りは一回しかなく寂しいと昨日嘆いていたというのに……。


 なぜ僕の上に?


 事態を理解した時、今の状態と何故か違う情景が重なって見えた。

 栗色のウェーブのかかった髪で黒い瞳の女性、彼女は顔立ちは幼いのに、身体は熟れた女性のもので……。


 頭がガンガンと痛くなり、僕は夫人を押し退けて飛び起きると、ベッドの上に激しく嘔吐し、そのまま気絶してしまった。


 ★★★


 僕は日本という国にいた。二十歳の時に両親を交通事故で亡くし、六歳年下の妹を育てる為に、大学を辞めてアルバイト三昧の生活。両親は保険にも入っておらず、家も借家、妹は私立の女子校で、とてもじゃないけど二十歳の若者がアルバイトでなんとかなる状態じゃなかった。


 そんな時、アルバイト先の先輩から割の良い仕事を紹介されたんだ。僕はその内容も理解することなく、その仕事を引き受けた。まさかそれが、セクシー男優の仕事だったなんて。


 彼女は高校時代にいたことはあったが、キス止まりの清い関係で終わった。つまり、まっさらの童貞の僕がセクシー男優デビューって、かなり無理がある話だ。でもそれを面白がった監督と女優さんが、本番ありの筆おろし作品にしようと、よくわからないうちに僕の童貞はなくなっていた。


 それからも、仕事としてやるならばと、今まで見たことなかったセクシー作品を事務所から借りて研究し、絶え間ない努力の結果、神テク男優って呼ばれるくらいには成長した。本名の新川祐也からシンと芸名をつけた。


「シン、今度サキとの撮影の話がきてるけど受けていいか?」

「サキ?」

「サキの一般人と生○メしてみたのサキだよ。彼女のたってのご指名でさ」

「あぁ、あの」


 確か、かなりベテランの女優さんで、最近再ブレークしたって聞いたことがあった。年齢詐称していなければ、僕よりも三歳年上の筈で、クリッと目が大きくて可愛らしい顔立ちなのに、Gカップの美乳が売りの女優さんだ。


「まさか生○メはしませんよね?」

「ハハ、そういう売りなだけで、今までも生じゃないから。でも本番ありでって向こうさんから」

「わかりました」


 撮影当日、生で見たサキさんは小顔で可愛い系なのに明るいエロって言うのか、初対面であけすけなエロトーク連発の面白お姉さんだった。

 でも仕事の話になるとキリッとなって、自分はどこをどうされるのが気持ち良いからこう攻めてくれとか、どの角度から撮られると最もエロく見えるからこういうふうに揺さぶって欲しいとか、けっこう細かいことまで指定してきて、しっかり仕事としてセックスを捉えているのは好感がもてた。


 まぁつまりは、ふざけているか真面目かの違いはあれど、始終エロトークだったんだけど、それがエロさを感じさせないって、サキさんの人柄ゆえなんだろうか。


 撮影は、先輩OLと新人社員が社員旅行でハメまくり……という筋書きのものだった。サキさんは演技も上手く、まさに先輩OLらしく常に主導権を取りつつ、でも若い新人に翻弄される様子を巧みに演じていた。


 そんなサキさんが僕の上で絶頂をむかえたその時、サキさんが気絶してしまった。本番をするとたまにこんなこともある為、サキさんをセットのベッドに寝かし、一旦一時間の休憩をとることにした。


「サキ!そろそろ起きろ!続き撮るぞ」


 監督の怒声の中、サキさんは身じろぎもせず横になったままだった。メイクさんがサキさんのメイクをなおしに近寄った時、メイクさんの金切り声がスタジオに響き渡った。


「監督!!サキさん息してません!」


 それからが大変だった。救急車を呼んだり、警察の事情聴取を受けたり。

 サキさんは結局心不全という病名をつけられ、病死と判断された。気絶してすぐに病院に運んでいれば助かったかもしれないが、1時間放置してしまったことが彼女の死を確定してしまったのだと、後から聞いた。


 このことは、僕の中で大きなトラウマになった。


 まず、騎乗位ができなくなった。胸が揺れるのを見ると吐き気を催す。大きな胸は特に駄目だった。女優さんをイカせることが怖くなり、最後には勃起不全に陥った。一番の職業道具ともいえるナニがナニしない……僕はセクシー男優を廃業せざる得なくなったんだ。


 それからは、バイトバイトにさらにバイト。寝る間を惜しんで働き、深夜バイトの帰り道、歩道橋を歩いているのが僕の最後の記憶だった。多分、寝不足でふらついて階段から転落して死んだんだと思う。


 ★★★


 そんな前世の記憶と、現実で襲われた記憶がごっちゃになって、僕は三日間意識不明だったらしい。

 気がついた時には、あの金髪の夫人は後宮からいなくなっていた。

 彼女がどうなったかわからないが、それからはあのことを教訓に後宮の夫人達とは距離を置いて接するようにした。それでも欲求不満な夫人達に襲われそうになる生活はかわらず、僕の女嫌いはピークをむかえ、成人して王太子宮を与えられた時に、マリア以外の侍女は宮から排除し、やっと平穏な生活になったのだった。


 シャーロットという名の娘を娶るまでの、仮初めの平穏だったのだけれど。

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