第16話 パーツ
「何かなくなっているものはある?」
「特に‥。」
部屋の中を一通り見渡してみる。どんなに考えて見ても‥部屋の中は昨日と変わらないように見える。
「疲れていて‥鍵をかけずに‥ただ眠っちゃただけかもしれないです。ごめんなさい。」
尋常でない眠気も、秋子の荷物を受けとっとその日であったことも、たまたまのこと。
「いや、謝らないでくれ。それならそれでいいんだ。」
気をつけて‥と悟は真剣な眼差しで言う。
「秋子の死が、事故じゃないのなら、秋子のことを調べている君にも危険が及ぶかもしれない‥。だから、だから」
いたたまれない空気。
「あれ?」
ひかりが何かにきづく。
「秋子の資料‥昨日スクラップを見ていて眠くなって‥気づかなかったけど‥、なんでカバンの中に?」
無意識だったとしても、カバンの中にしまうだろうか。
やはり昨夜、何者かが‥。
「見せて。」
悟はスクラップを受け取りパラパラとめくる。最後の記事に手が止まった。
「特に気になる記事はなさそうだな‥。強いて言えば、この橋本代議士の地元って、福島か‥。」
「そうなんです!秋子が見つかった場所って、この代議士の地元なんです。」
ひかりはスクラップのページをめくり、最後のページにある代議士の情報が書かれた週刊誌と思われる切り抜きを悟に見せた。
「やっぱり秋子はこの事件を調べていたんだと思います。そして、そこで何かを掴んで‥。」
悟の大きな手が、ひかりの言葉を遮った。
「これを見る限り、その可能性が濃いみたいですね。あいつ、秋子は橋本代議士のことを調べていた…。実は俺もわかったことがあるんです。」
悟はそう言いながらスクラップを置く。
「この前見てもらった写真、覚えてますか?」
「はい、私に似た女性が写っている?」
「そうです。そして、もう一枚、館っぽい建物と白い服を着た人々。」
ひかりの頭の中に、急に映像が映し出される。
森のような場所に、獣道。赤い傘に黒いブーツ。秋子が見た風景?
広い日本家屋が、遠くに建っている。獣道を進むと急に開けた場所にでる。手入れの行き届いた庭。そこに何人かの人がいて、みんな白い服を着ている。制服なのだろうか‥。そこには大きくて立派な木があり、青々とした葉をまとっている。
そこにいるひとりの人物。もう少し、もう少し近くで‥。
「その写真の建物には特徴があったので、調べてみたんです。そして、森のような木々。特徴のある樹木であれば、場所が絞れる。」
悟の声でぱっと映像が消えた。
「あれは桜でした。どこにでもある桜だったので、そこからは場所は絞れそうにない‥。建物は、衛星写真と照らし合わせたところ、山梨の山の奥に似たような建物がありました。」
「山梨‥。」
「でも不思議なことに、住所、地図には詳細が掲載されていないんです。」
「そんなことって‥。」
「もう少し調べてみようと思います。まずは建物のこと。地元の人たちなら何か知っているかもしれない。そして、橋本氏と山梨のつながりがあるかもしれない…。このスクラップブック、俺がもっていてもいいかな?」
悟の無精髭が少し濃くなったように見える。
「あ、はい。あの‥、私も」
何かしていたい。何かをしなければという思いが先走る。
「ありがとう。今はまだ目立つことはしない方がいい。君はおとなしく‥」
悟は言いかけて、やめた。ひかりの意思が強いことを知っていたから。でも、昨夜も何かがひかりの身に起きていたのは間違いない。本人も薄々気づいているはずだ。
「私にも何かできることがあるはずです。代議士のことについて調べられるかもです。事件のことではなく、地元での活動とか‥。」
悟に遮られないように、一気に話す。
「私も秋子と同じ職場で働いてるんですよ。まだまだですが、ジャーナリストを目指して。」
アシスタントですが‥ということは伝えずに、自信満々に答える。
「橋本代議士は、地元に高齢者専用の施設を計画中みたいですし、その話であればインタビューのアポも取れそうじゃないですか? ‥。そう簡単じゃないかもですが‥何かヒントが見つかるかも。」
沈黙。
「ひかりさん‥。もし政治的な問題が絡んでいたら、それこそ厄介なことに‥。」
「やってみないとわからないじゃないですか。やらずに後悔は、もうしたくないんです。あの時秋子のそばにいれたら、秋子に折り返し電話をしていたら、あの時‥。って後悔したくないんです。」
感情が爆発して悟の顔が滲む。
悟は大きく息をはいた。
「わかりました。秋子のために…本当にありがとう。」
「でも、君が危険なことをするのは、秋子も望んでないと思う。だから、まずは橋本氏について、過去の記事を調べてくれるだけでいい。それだけでも助かる。」
「やってみます。」
ひかりは強くうなずいた。
「何か違和感を感じたら、俺に連絡してくれ。いいね。」
子どもを諭すように悟は言った。
「それとこれを。」
悟はカバンの中から、今流行りのGPS対応のキーホルダーを取り出した。
「これ、秋子がくれたものなんだ。」
照れ臭そうに鼻の頭をかく。
「持っていて欲しいんだ。何かヤバいと思ったら、ここを押してくれ。俺の携帯に連絡が来るから。」
秋子の携帯に届いていた設定を変更しておいてよかった。悟はそう思いながらひかりにそれを手渡した。
「ま、お守りか何かだと思ってくれれば、それでいい。」
「ありがとうございます。悟さんも気をつけて。」
大切な人を失うのは、もうたくさんだから‥。
− 橋本代議士 若くして父親の地盤をつぎ、高齢者への熱い施策を武器に政界に。彼の父親は早くに亡くなっている。この辺りも調べてみる価値はあるかも。
まだ真実へのパーツが足りない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます