とわに!
夏休みが終わり、二学期が始まった。うんざりするような残暑の中、ボクたちはまた制服姿で通学路を歩いていた。
「なあ、何も教室に入るのにくっついていくことはないんじゃないか!?」
「えー、いいだろ。俊樹はボクのもんだぞ、って主張するためだよ」
「犬のマーキングみたいなもんか」
「最悪な例えだな!? お前本当にデリカシーない!」
「今更普通の女の子みたいな扱いを期待されても困る」
「それもそうだけどなあ……」
口ではとやかく言いつつも、ボクらは手を繋いだまま教室に入った。朝の挨拶に答えながら、席へと進む。
名残惜しくも俊樹の手を離し席に着くと、待っていたかのように栗山さんと片岡さんのコンビが話しかけてきた。
「ねえねえ稲葉さん! なんだか夏休み前までとは違くない?」
「やっぱり水着? 何かあったの!? 教えて!」
畳みかけてくる二人に、ボクは落ち着いて答えた。
「まあ、付き合うことになったよ」
「おおー! 解説の片岡さん、彼女の言葉、どう見ますか?」
「そうですね、これは正妻の貫禄といったところでしょうか。この落ち着きような、彼女の言葉に間違いはないでしょう」
「「フー!」」
二人同時に囃したててくる。夏祭り前のボクなら、顔を真っ赤にして反論していたかもしれない。しかし、今のボクはその程度で動揺しない。なぜなら、告白という最高に恥ずかしいことを既にやっているからだ!
「……あれ、稲葉さん、本当に変わったね」
「うん……あれが付き合った人の余裕かあ……羨ましいなあ」
ひそひそ語り合う二人は、やがて話を終えると、どちらからともなく言った。
「おめでとう、稲葉さん」
「なに話してたんだ?」
「うーん、惚気話?」
「なんだそれ……」
呆れた様子の彼。そんな時の顔は、告白前から変わらない。
「なんだよー。そういうお前も、男子相手に惚気てるんじゃないのか?」
「お前じゃないんだから、そんな軽薄はことはしていない。……まあでも、あいつは俺のものだぞ、っていう牽制くらいはしてるかもな」
「……うわー、こわ」
口ではそんなことを言っていたが、内心は凄く動揺していた。
コイツ……告白するまではなんでもないように振舞っていたけど、結構独占欲強いぞ!?
心臓がバクバク言うので、そういう言動は控えてもらいたいものだ。
「ああ、そうだ。桃谷にお礼を言いに行くんだっけ? 俺も行くから、いついくのか教えてくれ」
「ああ、うん。放課後に待ち合わせしてるんだ」
あの後、ボクは誰にアドバイスをもらったのか、と俊樹に問い詰められた。どうやら、あまりにも完璧なデートプランと告白のセットアップに、アドバイザーの存在を悟られたらしい。
「……というか、俊樹は桃谷さんと中学の頃そんなに仲良かったんだね」
「仲良かったっていうか、ちょっと相談に乗ってもらったりしてたんだよ」
「へえー。俊樹が相談事なんて、あんまり想像つかないなあ」
なんでも自分で解決できるようなイメージだったので、意外だ。
「そんなことはない。例えば、彼女の扱い方とか知らないしな」
「……本当に付き合ったことないんだね。なんで?」
「まあ、近寄りがたいんだろ。あんまり表情でないし」
「ええー、顔をよく見てれば結構考えてること分かるけどなあ」
嬉しい時はちょっと眉が上がったり、怒ってる時はちょっと目が細くなってたり、そういうのを観察しているのは結構面白い。
「……それはたぶん、お前だからだろ」
ぶっきらぼうに言った彼は、そっぽを向いた。
ああ、今のは分かりやすい。照れてる反応だ。
桃谷さんには、放課後の掃除が終わった後に教室で待っていてもらっていた。掃除を終えたボクは俊樹と合流して、一年生の教室へと向かった。
「失礼しまーす。……あれ?」
見れば、座っている桃谷さんの前に、一人の男子生徒の姿があった。
「絶対面白いからさ! 行こうよ、映画!」
「い、いえー。私にも予定がありますからー」
詰め寄る男子生徒に、桃谷さんは少し困った様子だった。それを見かねた俊樹がずんずんと近寄っていく。
「おい」
「なんだよ……うわっ」
俊樹の威圧感のある仏頂面に、男子生徒が驚いたようにのけぞる。
「あんまり無理やり迫ると嫌われるぞ」
「ッ! 分かったよ」
男子生徒は気まずそうに答えると、すごすごと教室を後にした。
「誰にでも優しいのは美徳だが、同時に欠点だな、桃谷」
「……ご忠告、ありがとうございます、秋山先輩」
「誰かれ構わず助けるからそういうことになるんだ」
俊樹は少し呆れたように肩をすくめた。意外に近い二人の距離に、なんだか少し面白くない気持ちになる。
でも、桃谷さんに感謝しているのはボクも同じだ。
「桃谷さん! 何か困っていることがあれば、今度はボクが力になるからね!」
ボクが声をかけると、桃谷さんは少し驚いたように目を見開いた。そして、いつものおっとりとした笑みを見せた。
「稲葉先輩も、ありがとうございます」
人の悩みに対して最適の解決案を提案する桃谷さん。そんな彼女にも、どうやら悩みはあるみたいだ。
「ああ、それから、ボクらは改めて礼を言いに来たんだ。桃谷さん、ボクらが付き合うための手伝いをしてくれて、本当にありがとう!」
「お二人が幸せになれたのなら、何よりですー」
おっとりと、そして嬉しそうに、桃谷さんは笑った。
「しかし、あの気難しい秋山先輩とゴールインするとは、稲葉先輩もなかなかやりますね」
「ええ、そうかなー?」
桃谷さんにそう言われると、まんざらでもない。
「俺からも、礼を言う。うじうじと悩んでいた時に、お前にはよく助けられた」
「いえいえー。……そういえば、告白のジレンマは解消されましたか?」
「まあな。……簡単に言えば、俺の悩みは全部無駄だったよ」
「あらあら。まあ、全部解決したのなら良かったじゃないですか」
「そうだなあ。お前に色々相談したり悩んだりしていた時間が全部無駄だったことには、少し思うところがあるけどな」
……そんなにも、俊樹はボクに告白して男に戻すのか、女のボクと変わらず過ごすのか悩んでいたのか。気づかなかった。
「俊樹、そういう悩みは、これからボクにも話してくれよ。頼りないかもしれないけど、ボクだってお前の力になりたい」
「ああ、ありがとうな」
俊樹が珍しく笑みを見せたので、ボクもつられて笑った。
「見せつけてくれますねー。でも私のお手伝いしたお二人が幸せそうなら、私も幸せですー」
ボクらの様子を眺めていた桃谷さんは、本当に嬉しそうに笑っていた。
「なあゆうき。お前の人生に俺との愛以上に大事なものなんて存在しないって話、本気だったのか?」
「え? 当たり前だろ?」
何をいまさら。
「でも、俺たちはまだ十代で、これから色んなことを経験するだろ。進学、就職、転職、結婚。そういうものを経験して尚、お前は女としての人生を選んだことを後悔しないのか?」
「ないよ」
きっぱりと、ボクは言った。
「もちろん、女であることが嫌になることだってあるかもしれない。性的な視線を向けられた時。結婚についてあれこれと言われた時。子どもが生まれた時」
「こっ、こども!?」
なにやら驚いている俊樹はひとまず置いておいて、ボクは話を続ける。
「それでも、そんな些事は全部、お前との愛の前では意味のないことだって思ってる」
それだけは、確かに言える。若気の至りかもしれない。見識のない愚か者の戯言かもしれない。でも、今のボクは胸を張ってそう言える。
「……お前は、やっぱり馬鹿だな」
言葉とは裏腹に、俊樹は笑っていた。
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