殺死杉刑事:無限列車編

春海水亭

鎖良御呼出【チェーンヨーオコール】駅の怪(前編)

『呪!自殺者百万人直前!』

 時刻は朝の六時。

 爽やかな朝に中指を突き立てる自棄のような横断幕が鎖良御呼出チェーンヨーオコール駅を飾っていた。

 言葉が表す通り、その横断幕に華やかな色合いは一切ない。そのまま葬式会場に転用できそうな陰鬱な色で仕上がっている。

 鎖良御呼出駅は山手線の駅の一つであり、その名が示す通りに品川と大崎の狭間にある鎖良御呼出一丁目に存在する駅である。

 読者の皆さんの中には鎖良御呼出を知らない方もいられるかもしれないが、東京というのは日々物事が移り変わる複雑怪奇な街である。知らないからってしょうがねぇよな、元気出せよ。


「そんな自殺者が発生しているんですか、見ましたよォ横断幕、自殺者百万人突破も目前とか」

「ああ……刑事さんが来るまでに追加で自殺が発生したので百万人は超えましたね、飾り付けを変えなければならないとは思っているんですが」

「最悪のハリーポッターみたいな感じですねェ」

 駅事務室にて会話するのは、鎖良御呼出駅の駅長と殺戮刑事殺死杉ころしすぎ謙信であった。

 殺戮刑事とは殺人鬼を法廷を通さずに処刑することで残された遺族と自分の恨みを晴らしつつ自身の殺人欲求も満たす一石二鳥のお得存在である。

 そのような職業の人間が駅長と会話をしているというのだから、この駅の自殺者の多さも何かしらの殺人的意図が関わっているのだろう。


「それで自殺者の多発事件が起こったのが……」

「昨日ですね」

「……じゃあ昨日の今日で自殺者が百万人突破したんですねェ、そんなに死んでいるとは……何も聞いていなかったので驚きましたねェ」

「当駅の一日の利用者はおおよそ十万人……昨日の切符購入数も大体そのぐらいだったので……その……考えがたいことなのですが当駅の利用者の1000%が自殺しているということになりますね」

「しかし、その割に山手線は平常運行だったように思いますが?百万人も死んだら線路がマグロ(作者注:おさかなのことではない)でいっぱいでしょう?」

「もうやけくそなんで、車両の先端に死体粉砕用ドリルと掃除機をつけて線路をぐっちゃぐちゃにしながら死体を回収させて走らせてます」

「時刻表通りの運行も大変ですねェーッ……」

「鉄道警察の面々と相談したのですが、こんな異常事件にマトモに取り合っていたら気が狂う……というワケで殺戮刑事の貴方をお呼びしました」

「とりあえず現場に行きましょうか」

 かくして二人は惨劇の自殺連鎖百万コンボを達成したホームへと向かうこととなったのである。


「うっわぁ……コレは酷いですねェ」

「大惨事でしょう?」

 鎖良御呼出駅のホームはグロテスクな現代美術展示のようであった。

 線路上を赤黒く染め上げるドロドロのモノはドリルによって粉砕されて、血と肉の境界を失っているようである、それが放つ異臭は駅周辺の地価を限りなく無料に近い数字にまで近づけるだろう。

 空を見上げればコンドルが新鮮な死体を狙って旋回し、駅のホームには血に飢えた野犬が数十匹単位で群れをなして女子高生に撫でられている。

 自殺者を防止するためのホームドアは物理的に粉砕されており、天国への門は誰に対しても開かれることとなった。ホームドアの徹底的な破壊は自殺者の中に強大なパワーを持った存在がいたことを否応なしに感じさせる。

 そしてホームドアの残骸に二列に分かれて並ぶ利用者達、人数を数えるには多少面倒な数である。構内コンビニで新たに売り出されたガスマスクを装着して列に並ぶサラリーマン達は、その仮面の下で何を思っているのか――このような異常な状況下でも電車が止まらないことへの感謝か、絶望か。 

 そして一般的な駅利用者とは思えぬ妖しき者たちがいた。


「フフ……愚かな駅員諸君、私の自殺を止められますかね?」

「ギョフギョフ……オデ……電車に轢かれて死ぬ……!」

「キヒヒ……自殺ショーの始まりだァ!!」

 自殺に対する並々ならぬ執念――尋常の自殺志願者ではない。

 だが、あからさまな電車に飛び込むアピールをしているというのに、駅員にそれを止める様子は見えない。


「止めないんですか?」

「彼らのような人間を止めようとして、何人もの駅員が犠牲になりました……」


 なるほど、自殺を望む彼らの姿をよく見るが良い。

 トランプ、大型の鈍器、鉄爪――彼らは自殺志願者である以前に、一角の戦士であるのだろう。彼らの自殺を止めようとすれば、犠牲になるのは当然、駅員の方である。


「では、私が代わりに彼らの自殺を止めることにしましょうねェーッ!!!!」

 そう言うやいなや、殺死杉は拳銃を抜き自殺志願者達を射殺した。

 歴戦の自殺志願者達が反応することすら出来なかった――彼らの視線は失った命を求めて彷徨い、間もなく天の国に合わさることとなった。


「自殺の代わりに私がここで殺し続けるというのはどうですかねェ?」

「まぁ、犯人の産地が明確で安心ですので、そちらのほうが良い可能性はありますが……流石に最終手段にしていただきたいですな……」

「しかし、わかりませんねェ……」

 周囲を見回す殺死杉。

 殺死杉を恨めしそうな視線で睨みながら、三人の死体を回収する鉄道警察の面々。


「わからない、ですか……?」

「そりゃ私には自殺者の気持ちはわかりませんがね、それにしたって自殺するなら最寄り駅を使うんじゃないかと思うんですよねェ、こんな品川と大崎の狭間だなんて意味分からない駅に集まって死んだりはしませんよ」

「まぁ、そうですね」

「……それに」

「それに?」

「百万人もの人間が死んだということ自体を私は疑っているんですよねェーッ」

「……それは一体どういうことでしょう」

「駅長さんは殺戮刑事を何だと思っていますか?」

「国家公認異常暴力殺人集団でしょうか」

「……皆さんにそう思われていることはわかっていますが、実はおまわりさんなんですよ」

「はぁ」

「おまわりさんなので、死亡者やら行方不明者やら、そういうのを調べるのが得意ですからねェ……いくら昨日の今日と言っても、百万人死んだら……流石にわかるんですよ」

「私が嘘をついているとでも?」

「いや、百万人が死んだなんて嘘をつくことに流石にメリットはないでしょう……ただ」

「ただ?」

「一般的な駅員が目視で百万人の死を確認したというのは流石に無理だと思ってますからねェ……その根拠を教えていただきたいんですね」

「……殺戮刑事にも論理的思考というものが出来たんですね」

 殺死杉は困ったように頭をかき、圧倒的なパワーで自殺を果たそうとする自殺志願者を射殺した。鉄道警察が流れるような動きで死体をホームから運び去る。


「……マグロの重量です」

「重量?」

「昨日も今日も人が大量に死にまくったせいで、死体と死体とが入り乱れ、もうどれが手でどれが足やらわからないような有様でした」

 駅長の脳裏にはある光景が浮かんでいた。


いちめんのまぐろ

いちめんのまぐろ

いちめんのまぐろ

いちめんのまぐろ

いちめんのまぐろ

いちめんのまぐろ

いちめんのまぐろ

みぶんしょうどこや

いちめんのまぐろ


「死体ジグソーパズルが無理なら、身分証も持っていない……せめて、何人死んだのかぐらいは把握しようと思って、電車にドリルと掃除機を付けた話は覚えていますか?掃除機で回収した死体を一箇所に集めて、その重さを測っているんです」

「ふむ」

「七万トン……まぁ、人間百万人ぐらいかな、って感じでやってます」

「結構適当ですねェーッ!」

「マトモに取り合ってたら気が狂うんですよ!!!」

「まぁ、それはそうですねェ」

 殺死杉は納得したように頷くと、走行する電車に銃口を向け痴漢を射殺した。

 道中で人を殺す余裕がないほどの難事件になるかもしれない、殺せる内に殺して殺人欲求を解消する心積もりの殺死杉である。


「ふむ……となると、実際にはそんなに大して人が死んでいないのを、大量の他所から用意した死体で水増しして一斉大自殺事件として仕立て上げられている可能性はありますねェーッ!とりあえず監視カメラで本当に百万人死んだかチェックしましょうか」

「それが監視カメラのデータはハッキングされて……昨日からAdoのMVしか流していません」

 殺死杉は自身の表情に怪訝の色合いを混ぜた。


「じゃあ……聞き込みで一人一人の記憶を確かめていきますか」

「それが私も含めて駅員も利用者もUFOにさらわれたせいで記憶が曖昧で……何人死んだかと言えば、非常に微妙なところなのです」

「これがミステリージャンルだったら、私ら二度と表にツラ出せませんよ」

「しかし、なってしまったものはなってしまいましたからねぇ……」

「ケヒョォ~……しかし、こうなると最後の手段を取るしかないですねェーッ!!」

「最後の手段というのは?」

「事件が終了するまで容疑者を殺し続けるんです」

「……犠牲者数が百万人超えそうですなぁ」

「それにしたって事件の取っ掛かりが……」

 殺死杉はしばし沈黙すると、やがてゆっくりと口を開いた。


「しょうがありません……死体自体に聞くとしましょうか」

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