オオカミな新選組

ことまるびぃ

第1話 タイムスリップ

スーツケースに一週間分の荷物をまとめ、まっしろなスヌードと桜色の耳当てをつけ、雪が降る中スーツケースを引く。

空を見上げても町の灯りにかき消された星は、輝きを失っていた。

あの星たちみたいに私もこの大都会で光を失った。


「京都行のバスはこちらで~す!」


空とは反対にまぶしいほどに明るいバスターミナルには、大きな荷物を持った人たちが大勢いる。

その中をかき分け、その声の方へ向かう。

バスの入り口に向かって、並んでいる人々と最後尾に並ぶ。

耳当てを首にかけ、肩掛けの小さなカバンからスマートフォンを取り出し、電子の予約票を開く。

しばらく頭を空っぽにしながら自分の番が来るのを待つ。


「予約票をお願いします」


気が付けば自分の番が来て、画面を見せる。


「ありがとうございます。席は、Gの1番です」

「ありがとうございます」


Gの1番と心の中で繰り返しながら、重いスーツケースを抱え、薄暗い明かりのバスへ乗り込む。

前からA、B、C……と続き、G列の1番に腰を下ろす。

感染症が流行っている昨今で、隣の席に人が来ることはない。

自分のスーツケースを廊下側に置き、椅子の上に手持ちのカバンを置く。

コートを脱ぎ、たたんでその上にかけ、私はワイヤレスイヤホンを耳に挿す。

好きな音楽しか流れないプレイリストを開き、音楽に身を任せた。

バスが揺れ始めてしばらくしたらバスの中も暗くなる。

その暗さに瞼がゆっくり落ち、私は意識を手放した。



夢を見た。

ケーキを持って、誕生日のサプライズで彼氏の家に突入すると、見覚えのない女の靴。

冷や汗をかきながら廊下を歩くと、扉の向こうから彼氏の声と女の嬌声が聞こえた。

ゆっくりと扉を開くと、私が何度も抱かれたベッドに裸の彼と見知らぬ女。

心臓の音がうるさい。呼吸がしづらい。見たくないのに目が離せない。

ケーキが手から落ちる。

その女は、私と目が合うとにやりと口角を上げた。


「ち、違うんだ桜!こ、これは……」


慌てふためく彼に急速に熱が冷えていく。

情けない彼の姿は、その時初めて見た。

もういいや、どうでも。何もかも、もうどうでもいい。


「さようなら」


自分でも驚くほど低い声が出て、私はそのまま彼の部屋を出た。

慣れない仕事に疲弊して、それでも彼を祝いたくて、ケーキを買って家に行ったが、彼は私を裏切っていた。

この4年はなんだったのか。

周りの景色を認識できないほどに、私は一目散に自分の家へと帰った。

扉を閉めると足の力が抜ける。

そこで、ようやく涙があふれてきた。

今までつきあってきた中で、一番大好きな彼氏だった。

優しくて強くておもしろくて、私を世界で一番幸せなお姫様にしてくれる人だった。

でも、彼は王子様ではなかった。

人間の皮をかぶった悪魔。

それが彼の正体だった。

けたたましく鳴り続ける着信音が、いつまでもいつまでも頭に響いた。



そこで、私は瞼が開いた。

頬がわずかに濡れている。

カバンの中からハンカチを取り出し、顔を拭く。

イヤにリアルな夢だった。

でも、それは当然のこと。

この夢は、私が実際に1か月前に体験したことなのだから。

私は、まだあのできごとから立ち直れていないのだろうか。

もうひと眠りしようと目を閉じかけたその時、バスの揺れとは違う激しい横揺れが襲ってきた。

車内の中が警告音と悲鳴で満たされる。

バスは前に進むのをやめたが、横揺れは収まらない。

スーツケースが転がらないよう必死に抑える。

すると、突如浮遊感がバス全体を襲う。

私自身もスーツケースも他の人も宙に浮く。

私は天井に頭をぶつけ、そこで意識を失った。

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