第2話 老人の演説

 その内容はこうだ。

自然がすっかり破壊されてしまって、もう人も動物も住めなくなってしまってきた日本から、沢山の動物達を救う為に老人が鳥や蝶やハチ達に頼んで、空からこの島に移り住みたいもの達を募集する広告を撒いてもらったのだそうだ。この島はあまり大きいとは言えないけれども、森も豊かで水も清らか、空気も澄んでいて申し分ない。


 だから皆には楽しい楽園になれるだろう、と。老人はとても得意気だった。そして先ほどの身が縮んでしまいそうな怒り方をした人とは別人のように、何だか幸せそうな微笑を見せて、話の最後を締めくくったのだった。



 しかしその直後、老人はちょっと困った顔をし出した。そしてその顔色は少しずつ青くなりだした。それは老人がかなり高い演説用の台の上に立っていたので、皆が整列したその群れよりずっと向こうの景色がよく見えたからだった。


 老人はそうとう遠くのものまでが見えるらしく、遥かかなたに幾つもの大きな流氷を発見したのだった。それはまるで東京タワーよりも高い巨大な氷の塊で、それらが大きな群となって、どんどんこちらに向かってやって来ている、というのだった。


 

 その事実を伝えだしたとたん、皆は一斉に、この島が危険だから自分達がもと住んでいた場所に帰りたいと騒ぎだした。けれど、以前あった砂浜も長く伸びていた橋も、いつの間にか影も形も無くなっていて、みんなはもう何処にも帰るに帰れなくなってしまっていた。

    


「どうすればいいのだ!」

「一体どうしてくれるのだ!」

誰かが大きな声で叫ぶと、皆も揃って「そうだそうだ」と吠えたり鳴いたりしたので、島はその声があまりの大きさだった反動で、海の上を北にニメートルばかり動いてしまった。

 老人は白く太いまゆ毛を吊上げて、

「黙れーっ! うろたえるでない!」

と大声で叫んだ。



「ばかな人間どもが己の愚かさに気がつかず、大切な地球をどんどん破壊していったからこんなことになってしまったのじゃ。見よ、あの数々の巨大な流氷を。ここは日本海だということを忘れるな。こんな所まで氷の島が漂って来ているというのはただごとではないのだぞ。この島はまだ何処かへ逃れることが出来るからいいものの、小さく無力な島は哀れなものだ。」


「あぁ、地球がどんどん温められて南極や北極の氷が溶けだして・・・今までにもうどれだけの小さな島が海に消えていってしまったことか・・・」

 老人は苦々しそうに、さも残念で仕方がないというような顔をして怒りを皆にぶつけたのだった。

     

 しかし、この島がどんなに素晴らしい島であっても、そのような巨大な流氷にぶつかられてはかなわない。一つならともかくも、幾つも幾つも押し寄せているそうではないか。もう元の場所へは戻れない。 となればどうすればいいのだろうか。幾つもの流氷から逃れるには島を動かして流氷との衝突を避けるしかない、と老人は早口で力いっぱい説明した。


 島が独りでに動ける訳がないじゃないか!僕が心の中で叫んでいたら、

「島の端にあるあの火山を見よ。」

と、老人は北の空の遥か遠くの方に、長い杖の先端を向けて大声で叫んだ。そこには確かに山らしき山があって、それは富士山のような形はしていたけれど、急な角度で傾いていて、何だか頼り甲斐のない山であった。

     

 老人は続けて言った。もうすぐこの山は二千三百年ぶりに噴火する。その噴火の力を利用してエンジン代わりとし、舟となった島は一気に南へ走り、それから直角に向きを変えて太平洋へ出る。そうすれば近ごろ発見されたばかりの、と言っても老人だけしか知らないという、空気と気候の良い美しい自然に満ち溢れた場所の沢山ある島にたどり着く。そしてその島にみんなで移り住むのだ、とこう説明したのだった。     

    


 しかしどんなに老人が一生懸命に説明をしても、誰もそんな話は信用することが出来なかった。何故って皆も僕と同じく、島が動ける筈がないと思っているのだから。大体船じゃぁないんだから島が海に浮かんでいる筈がないし、それを走らせるなんて出来る訳がないじゃないかと、動物達は口々に不平や不満を言い、真っ赤になって怒りだすものや、イライラを紛らすように奇妙な行動をするものもいた。


 森から木がなくなろうが、酸性雨で地球が壊れようが、自分達が生きている間くらい大丈夫なら元いた場所の方が良かった。なにも流氷に砕かれて粉々になってしまいそうな島になんか来たくなかったと、全員が猛烈に怒ったのだった。



 それでも老人は声を大にして言った。愚かな人間が地球を守る努力を怠れば、お前達の子孫は必ず絶えてしまう。真剣に環境問題に取り組まねば、やがて地球は消滅してしまうのだ、と。 だから新しい土地に移り住んで豊かな自然を守り、そこでの暮らしが全ての生き物へのお手本となれるように、頑張るのが皆の使命なのだと。



 ここまで言われて皆はやっと落ち着いた。しかし、しぶしぶ納得はしたものの、今度は肝心の火山がなかなか噴火してくれなかった。エンジンがなければ島は動けないからと、仕方なく皆はそれぞれこの島の森の中へと消えて行き、老人からの号令を暫く待つことにした。


そして何日たっただろうか。老人に良い考えが浮かんだらしい。今度もまた鳥や蝶やハチ達が老人の集合命令を告げてまわった。



 皆を前にして老人は言った。

「期待して待ってはみたものの、今だに火山は噴火しそうにないし、流氷はどんどん迫って来ている。そこでわしは大きく方針を変更することを決心した。この島のちょうど中ほどにある丘の上の老木に、大きなハチの巣があるのだが、その巣にみんなを入れて理想の場所に運ぶことにしたぞ!」


 皆はまた老人がおかしなことを言ったと怒りだし、一斉に吠えたり叫んだりしたので、また島は北へ一メートルほど動いた。いっそ、皆が大声で吠えたり叫んだりしてこの島を進めていくのはどうか、と僕は言ってみたけど

「くだらんことを言うな、ばかもの。」

 と、老人に怒られて僕の考えはすぐに不採用になった。



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