第4話 側近の実力

 広場に二人が対峙する形で向き合う。二人の戦いを見届けようと、多くの見物人が広場を囲っていた。カエデとユウもそのうちである。ユウは不安げにルイを見つめる。


「あ、あの……大丈夫なんですか……? あまりにも体格差が……」


 ルイは決して体格がいいわけではない。タジマを目の前にすればその差は歴然だ。平均より身長も体重も筋肉量も少ない。はたから見ればライオンと子犬のよう。だがカエデは腕を組み得意げだ。


「一体誰の側近だと思ってんのよ。あんなやつに負けるほど、ルイは弱っちくないわ。なんてったってうちのお墨付きなんだから」


 ルイは足元の土を踏みならし、相手をじっと見据える。口元に手を当て考えると、腰につけた日本刀を一本引き抜いた。


「うん、一本かな」


 舌なめずりをし、腰を落として相手の様子を伺う。

 緊迫した状況の中、先に動いたのはタジマだった。一気に距離を縮めながら妖術で炎の剣を作り、振り下ろす。だが振り下ろした先にはもうすでにルイはいなかった。一瞬でタジマの攻撃を避けたのだ。瞬間移動をしたかのように錯覚させるほど速い動きに、見物人でさえも追いつけなかった。

 タジマから五メートルほど離れたところで佇むルイ。その姿はどう見ても隙だらけ。まるでタジマのことなど眼中にないとでも言うような無防備なルイに、タジマは怒りの声をあげる。


「舐めやがってクソガキがぁ!」


 炎の剣を消滅させたタジマは両の手のひらをルイに向ける。その中心が徐々に光り始めると、見物人たちはざわめきだした。


「くるぞ」

「例の技だ」

「ああ、あんなの食らったらひとたまりもねぇ……」


 どうやら体内の妖力を一点に集中させている様子のタジマ。にいっと笑うと、タジマは大声で唱えた。


不死鳥フェニックス猛爆ボム


 刹那、炎の塊が勢いよく飛び出した。轟音とともにとてつもない速さでルイに襲い掛かる。その大きさはルイを軽く飲み込んでしまうほどだ。

 誰もがルイの死を直感した。体内にある妖力をほぼ使ったタジマの息は荒いが、ルイがあの攻撃をよけきれるはずがない。ふらつきながらルイの最期を見届けようと、炎の塊を見つめる。

 突如、烈風が吹き荒れ、炎の塊は粉砕された。炎の中から刀を構えたルイが現れる。状況を理解したのか、タジマは青ざめながらゆっくりと口を開いた。


「か、刀で斬ったのか……? 俺の炎を……」


 不死鳥フェニックス猛爆ボムで自身の妖力をほぼ使い切ったタジマが出せる技はもうない。

 ルイは走りだし、その差を一気に詰めていく。そしてしなやかに振り下ろされた刀にタジマは思わず目をつむる。だが刀はタジマに当たらなかった。全く動いていないはずのタジマに何故刀が当たらなかったのか。何が起きているのか把握するためにタジマは恐る恐る目を開ける。


「ていっ!」


 タジマの額を中指で弾いたルイ。素っ頓狂な行動にタジマは思わず腰が抜け、尻餅をついた。ルイは両手を高らかに突き上げ、昂然とした様子で広場を一周する。そしてタジマに向けてVサインをしてみせた。


「はい、俺の勝ち!」


 デコピンで決着をつけられたタジマのプライドはズタボロだ。怒りに震えながら立ち上がる。


「おのれ……この俺をコケにしやがって……!」


 ルイは狐面のふちを軽く持ち、黄色がかった瞳でタジマを見つめる。途端にタジマの動きが止まった。得体のしれない恐怖がタジマを襲ったのだ。


「くっそ……!」


 タジマはそう吐き捨て、大人しく広場から出ていった。ルイは「ばいばーい」と笑顔で手を振り、タジマの姿が見えなくなると小さくため息をついた。


「半端なやつじゃなくて助かった」


 そう呟き、カエデたちの元に行った。


「なかなかやるじゃない」


 落ち着いて言うカエデの隣では、ユウが興奮した様子でルイに拍手を送る。


「す、すごいです! あんなに体格差あるのに、絶対ダメだって思ったのに、妖術も使わずに勝つなんて!」


 褒められたルイは自分の頭を撫で、素直に喜びを示す。するとルイたちの周りに、戦いを見守っていた見物人たちがどんどん集まってきた。


「やるねぇ、タジマに一泡吹かせるなんて」

「君、あれだろ? カエデ嬢の側近」

「ああ、知ってるぞ! 戦闘祭バトルフェスでちょいちょい話題になる子でしょ。妖術を使わない強者だって」


 思わぬところからの称讃にルイはたじたじする。


「あ、えっと……、あ! 俺ら用事あるんで!」


 ルイはカエデとユウを強引に引っ張り、慌てて人混みから逃げ出した。しばらく走った三人は見物人たちを振りきると、物陰に隠れて一息つく。


「人気者も楽じゃねぇな、ったく」

「なによ、ファンサくらいしてあげたらいいじゃない」


 にやりと笑うカエデにルイは無理無理、と手を振ってアピールする。


「馬鹿言うなよ。あんなに相手してたら日が暮れちまう」


 ルイはスマホを取り出し、時間を確認する。


「だいぶ時間くったな。急いで北の娯楽街に行くぞ」


 ルイは腕を突き上げ、楽しげに歩き出した。なんと切り替えの早いことか。カエデはため息をつきながらユウの手を引き、ルイの後をついていった。

 娯楽街まではそう遠くはなかった。一時間ほど歩き、太陽がちょうど真上にきた頃に三人は娯楽街に足を踏み入れた。

 人の多さに圧倒されながら、三人はユウの父親を捜し始めた。といってもその顔はユウしか知らない。頼りになるのはユウの目のみ。

 だが肝心のユウは街の景色に夢中だった。


「おい、ユウ。お前しか父親の顔知らねぇんだぞ。ちゃんと捜せ」

「はっ! す、すみません!」


 慌ててユウは辺りを見回すが、この人混みの中から捜すのは至難の業。しばらく歩き回るがそれらしき人物は見つけられず、お昼ご飯を食べるために三人はハンバーガーチェーン店に入る。

 ハンバーガーと塩のかかったポテトを食べながら三人は唸る。


「人間なら妖力の有無で見分けられるかと思ったが、なかなか難しいな」

「そうね。妖怪の世界のものを身に着けている可能性もあるし」


 ストローに口をつけ、冷たい飲み物を喉に流し込んでいたカエデは、ユウの元気がないことに気づく。ユウは俯き、両手をぎゅっと握りしめた。


「すみません……。お二人を巻き込んでしまって……」


 瞼を閉じるとあふれてくる涙を拭うユウに、ルイは塩のついた指先をなめると言った。


「ここのバーガー、美味いよな」

「へ?」


 きょとんとした顔のユウの方は全く見ずに、きょろきょろと辺りを見回す。


「俺、こっち側ってほとんど来たことないからさ。ここ入るのも初めてだし、他にもいろんなお店あるんだなぁって思ったらいろいろ見回ってみたくなった」


 にひっと笑うルイ。カエデも頷き、同意を示す。


「最近戦闘祭バトルフェス関連で忙しかったから、良い息抜きになるわね」


 二人の言葉にユウは笑顔を見せた。


「ありがとうございます」


 その後店を出た三人はユウの父親を捜しつつ、娯楽街を堪能する。結局この日は見つからず諦めて帰る三人だが、充実した一日を過ごせたようでとても穏やかに帰路についた。


「そういえばユウちゃんは家に帰らなくて大丈夫なの? お母さん、心配しない?」


 帰りながらそう問うカエデにユウは笑顔で返した。


「大丈夫です。ちゃんとお母さんには言ってからここに来たので」

「そう。ルイ、明日はどうするの?」

「ん~、今晩考えとく。……あ、じゃあ俺ちょっと寄るとこあるから。気を付けて帰れよ」


 カエデとユウを見送ったルイはくるりと向きを変え、森の中へと進んでいく。優しげな風がルイを森の奥へといざなう。吸い寄せられるように動いていた足をぴたりと止めたルイは静かに呟いた。


「カラス」


 すると一羽のカラスが飛んできて、ルイの右側に立っている木の枝にとまった。風が渦を巻いてカラスを包み、一瞬にして人型に変わる。昨晩のカラスの神様だ。


「早かったな」

「まあな。情報二つも持ってきてやったぜ」


 カラスは言いながらルイに小瓶を投げつけた。それを受け取ったルイは小瓶を見つめる。中身は浅緑色の透明な液体だ。微かに光を纏っている。


「其の一。南に人間の探索隊が入り込んだって噂だ。話によると〝地に住まう者ゲーノモス〟を狩りに行ったとか」

「マジかよ……」


 ルイは頭を抱える。〝地に住まう者ゲーノモス〟は凶悪なバケモノとして知られており、そいつを相手にする者は馬鹿しかいないとまで言われるほど強い。もしもその探索隊の中にユウの父親がいれば、生きている可能性は低い。

 カラスはケタケタと笑いながら続けた。


「其の二。人間世界で捜索願が出されてたから持ってきた」


 カラスは封筒をルイに渡す。ルイは小瓶を見せながらカラスに尋ねた。


「これを渡してきたってことは、依頼だな?」

「役所で相当な額の懸賞金がかけられてたからな。まあ、強制じゃないが万が一の時のために渡しておくさ」


 ルイはめんどくさそうに小さく息を吐くと、狐面で顔を隠した。


「……わかった、ありがとな」


 颯爽と家路を辿るルイの後ろ姿に手を振りながら、カラスはぽつりと呟いた。


「生きて帰ってこれるといいがな」

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