第4話

 そう、とは?


「……ココミちゃん、かわいいですか?」


 頷く。


「……あは、そうですよね。そっかそっか、うん、嬉しいです。ココミちゃんのかわいさをわかってもらえて。でも、友達としてはちょっと困る時もあるんですよねー。二人でいると、引き立て役になっちゃいますもん、あははは」


 いや。


「……か、わ、私が、かわいい!? 同じくらい!?」


 お世辞でもなく、そう思える。


「……い、いやー、店員サンも気づいちゃいましたかー、私の魅力に! な、なかなかお目が高いですね! ぱちぱち〜」


 真っ赤な顔で両の手を叩く。


「うーんでも、どうせお世辞ならもう一声っていうかー? “同じくらい”ってほら、ねえ? そんなんじゃ女の子のハートはつかめな……」


 正直に言って、どちらがかわいいというほどの差はないように感じてはいる。だが……


「私のほうが……タイプ……!? へへへへへへーそそそそそそうなんですかーはーなるほろー。そうなんだーそういう人も世の中いるんですねーへー。アレですか、ボブカットお好きですか? え、目? ふ、ふーん、吊り目が好みなんだーそっかそっかー」


 やたらと早口で一気にまくし立てた後、少しの沈黙があった。


「あの、じゃあ、お兄ちゃんは……え、おに……うきゃあああああああ!?」


 絶叫が響き渡る。


「ちち違うんです今のはその! アレですアレです、授業中に先生をお母さんって呼んじゃうアレです! 私その、上にお兄ちゃ……兄がいて、なんかポロッと出ちゃったっていうか一生の不覚っていうか士道不覚悟っていうか!!」


 なるほど、そういうことか。


「できればキレイさっぱり記憶からデリートしていただけると……別に気にしないって言われても、私が気にするんです……ふえ? 嬉しい? 一人っ子だから妹ができたみたいで……あ、うん……はい」


 呼び間違いがそこまで恥ずかしかったのだろうか、そのまま俯いてしまう。そして少しの沈黙の後、意を決したかのように顔を上げた。


「あの……じゃあですね……ご迷惑でなければ、ですけど……その、ええと…………お兄ちゃん、って、呼んでもいいですか……?」


 唐突な話だが、断る理由もない。


「……うん、じゃあ…………お兄ちゃん。あは、なんか……テレますね」


 ふい、と顔を背けてしまう。だがその背中は、どことなく嬉しそうではあった。


「そうだ、せっかくですし……練習してもいいですか?」


 練習?


「はい、お兄ちゃん……って呼ぶ練習。ほら、言い慣れてないと咄嗟の時に噛みそうですし、ね?」


 それは構わないけど……


「じゃ、いきますよ……お兄ちゃん」


 単語を読み上げるかのようなフラットさで。


「お兄ちゃん?」


 どうしたの、と尋ねるように。


「お兄ちゃん!」


 嬉しさを全面に出して。


「おにいちゃ〜ん」


 何かねだってくるかのような甘ったるさで。


「お兄ちゃん!?」


 怒気を孕んだ不機嫌なトーン。


「お兄ちゃん……」


 沈んだ声色で。


「……お兄ちゃん」


 天上の幸福を得たかのように。


「どう、ですか、お兄ちゃん? 合格?」


 本当に妹がいたわけではないので、比較のしようはないが……


「バッチリ? えへへ、やったぁ! これで免許皆伝かな? あ、いやー、まだ目録くらいですかね、あははは」


 楽しげな姿を見て、本当に妹ができたような錯覚を感じた。


「ん? ……うわあ、お兄ちゃん、お兄ちゃんの目になってる!」


 ……どういうことだ?


「だから、お兄ちゃんの目がお兄ちゃんの目になってるんですってば……え、わからないですよねこれ……ああもうややっこしいー! ええとですね、お兄ちゃんの目が、妹を見るお兄ちゃんの目みたいだったってことです! つたわれ〜」


 ああ、そういうことか。


「伝わった? おっけー! でもさ、そっかー、お兄ちゃんってば、そんなに妹に飢えてたんだねー、ふふふふふ」


 飢えてたという表現にはすごく語弊がある気はするが……。


「妹の魅力を知ってしまったお兄ちゃんが、妹でしか満たせない欲求に溺れ夜な夜な街を徘徊する……そんなになっちゃったら、どうしよう……」


 さすがにないだろう、というか……


「妹でしか満たせない欲求が何か、って。き、キワドイこと聞くんだね、お兄ちゃん……」


 キワドイのだろうか……?


「うーん、と言っても、私も妹の経験はあるけど、兄になった経験はないですからねえ。どんなのだろう……あ、“お風呂上がりに絡んでくる妹”とかどうです?」


 いまいちイメージが湧かない……。


「物は試しですし、ちょっとやってみましょうか。んーと……お兄ちゃーん、暇? ゲームしようよゲームぅ。えー? 暇じゃないの? あのねえお兄ちゃん、この世に妹に構う以上に大事なことなんてそうそうないんだよ? わかった? わかればよろし。じゃあはい、座って座って! ……こんな感じ?」


 うーん、楽しそうではある。だが……


「楽しそうだけど、妹じゃなくて姉でも成立するんじゃ……? それはまあ、そうですけど……え、ちょっと待って!? お兄ちゃん、まさか妹より姉のほうが刺さるタイプ!? シスコン!? あれ? 妹もシスターだからシスコンか……ってそれはどうでもよくて! どうなんです!?」


 どちらにもそこまでの思い入れはないが……


「強いていえば、妹? よかったぁ……さすがに年上の人のお姉さんになるのは難易度高過ぎだし……いや、ママがいいって言われるよりはまだハードル低いのかな……うん」


 そんなにも世の人々は、なんらかの属性に囚われずにはいられないのだろうか……? そんなことはないと思いたいが……。


「とにかく、お兄ちゃんの妹分摂取したいしたい問題についてですよね……あ! いいことを思いつきましたよ! ねね、お兄ちゃんは“レンタル彼女”って知ってます?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る