ep 3. 休息の空間

 「いらっしゃいませ」



 午後六時が過ぎた頃、カフェルポスはディナーに訪れる客が増えて店内は賑わっていた。


 ビジネス街の外れにあるこのカフェには大学生や終業後の会社員が訪れる。


 『休息』をコンセプトにしたインテリアは、木の自然の色を使い、薄いブラウンの柱や壁が基調とされ、その色が映えるように黄色の温かみのある照明が天井から降り注ぐ。


 呉羽は次々と来店する客を慣れた様子で席まで案内し、オーダーをとってキッチンに伝達し、さらに水が空になったコップを見つけてはすぐに注ぎに向かった。


 呉羽は店長からの信頼が厚く、彼がひとりいればアルバイト三人力だと冗談を言われている。


 ホールスタッフは呉羽と店長のふたりで、残りは全員キッチンで迫るオーダーに対応していた。



 「阿藤くん、少し落ち着いてきたようだな」


 「はい、ピークは過ぎましたね」



 人の良さそうな店長は、尾道おのみち岳流たける、四十五歳。実年齢より若く見え、人気のカフェを運営している爽やかな男性だ。


 三十歳で結婚し、中学生の娘がいる。口を開けば娘の話をするのだが、そんな話をあしらわずに笑顔で聞いてくれるほど従業員から慕われている。



 「いや、本当に助かったよ。断られてたら臨時休業にするしかないと思ってたからさ」


 「大袈裟ですよ」



 実際に臨時休業はできないのだが、それほど頼りにしてくれているならばありがたいことだ。



 「で、あの娘どうするつもりなんだ?」



 尾道の視線の先を呉羽も見ると、ブロンドの少女がテーブルに座って俯いていた。


 ここに来る前スーツ姿の男に追われていた彼女を助けたのだが、行くあてがなく裸足のままの彼女を放っておくこともできず、警察に相談することを提案したが、頑なに拒否を続けた。


 何かしらの事情があることはわかったが、アルバイトの時間が迫っていたことで一旦このカフェに連れて来た。


 尾道は何も聞かずにテーブルを準備し、呉羽の仕事が終わるまで店内にいることを許してくれた。



 「やっぱり警察に連れて行くしかないでしょう。さすがに家に連れて帰るわけにもいきませんし」


 「そうだな。うちなら娘がいるから何日か預かることができるだろうけど、世が世で監禁なんかで騒ぎになることも考えると怖いよな」



 お腹が空いている様子だったから、パスタとコーヒーを出した。テーブルの上には綺麗にパスタがなくなった皿と空のグラスが置かれてある。



 「パスタとコーヒー代は払いますので」


 「いいんだよ。無理言って阿藤くんに出てもらったんだ。それくらいは奢らせてくれ」


 「ありがとうございます」



 尾道は微笑んでキッチンに入って行った。


 すでに客が少なくなったカフェの店内では学生の話し声だけが聞こえており、追加でオーダーされることもなさそうだ。


 呉羽は少女のテーブルに向かい、空になった皿とグラスを回収した。



 「満足した?」


 「はい、おいしかったです」


 「よかった。あと少しで閉店だから、それまで待ってて」



 少女は頷いて、何もなくなったテーブルに視線を落とした。


 午後七時五十分、最後の客が退店したあと閉店準備に取り掛かった。


 すべてのテーブルを拭き、レジ金と売り上げ額が一致しているか確認をした。


 キッチンでは他の従業員が明日の準備を行い、八時二十分にすべての作業を終えて彼らは退勤した。



 「話すならテーブル使っていいよ。俺もまだ仕事残ってるから」



 尾道の言葉に甘えて、この場所で少女の話を聞くことにしよう。


 「お疲れ様です」と帰る若者を見送って、呉羽は少女がいるテーブルに向かい、向かいの席に腰を下ろした。

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