第9話 アップルパイ

チリリン


「こんにちはー」


「やあ、美砂さんいらっしゃい。久しぶりだねえ」


「マスター、ほんとお久しぶりでーす。

 今日のケーキはなあに?」


「アップルパイだよ」


「ラッキー! ここのアップルパイ大好き。飲み物はアールグレイでお願いします。」


「この冷たいアイスクリームと絡ませて、あったかくてサクサクのアップルパイを食べるの、至福の時だわあ」


美砂さんは、アイスクリームが溶けないうちにと言わんばかりに、大きく切ったアップルパイを頬張っている。

一気に食べて、満足げにため息をつくと、落ち着いたのかアールグレイをカップに注ぎながら話し始めた。


「私ね、この前の夜、子猫を拾っちゃったの。」

と携帯の写真を見せる。


「ほら、真っ白で可愛いでしょ。目が片方が金色で片方は青色なのよ。

なんていうんだっけ?目の色が左右違うのって」


「オッドアイ?」


「それそれ、オッドアイ!その目がまたビー玉みたいに透き通ってて綺麗なの。猫って本当に綺麗ね!」


「縁起がいいって言うよ」


「やっぱりー!

なんかこの子が来てから

私ラッキーなことが続いてるのよね。」


「名前はなんてつけたの?」


「りり。

白い百合みたいって思って。」


「子猫は見てて飽きないでしょ」


「うんうん。私の後をついて回って可愛いったらないわ。私が帰ると玄関まで迎えに来て抱っこ抱っこってするのよ」

目がとろけている。

「拾った時は、この子生きられるかしらって心配するくらい痩せててメヤニで目もあかなかったのが、こんな美人さんだったのよ」


美砂さんはすっかり、子供にメロメロな母親のような顔をしてリリちゃんの色々な写真を見せてくれる。


「でもね」

とふと眉をひそめると

「父には、すっごい顔してシャーって言うのよね。

全然懐かないの。母には甘えるのに。なんでかしら?

確かマスターは、動物の気持ちも読めたのよね?

リリちゃん ちょっと観てもらえない?」


「ふむ。猫はなかなか気難しくて、すぐに教えてくれなかったりするんだけど。

子猫だしな、ちょっとやってみようか」


そう言うと、マスターは遠くを見るような集中しているような目をしばらくしてから口を開いた。


「リリちゃんは、男の人に捨てられたみたいだね。だから、男の人を怖がってる。置きざりにされてどうしていいかわからなくて、一人ぼっちで寒くてひもじかったんだって。おかあさーんて泣いてたら美砂さんが抱っこしてくれて、あたたかくて安心したらしいよ。赤い毛布でくるまって寝てるのを見せてくれてる。

この子は甘えん坊だね。素直に話してくれた。美砂さんをお母さんだと思ってるみたいだね。」


「そうそう。使ってない赤い膝掛けをリリにあげたの。気に入ってるのね?

そか、男の人が怖いのか、、、そのうち慣れるかな?」


「うーん、少しずつだね。無理に近寄らないでやって」


「わかった。ははは。お父さんかわいそうに。キャットウォークまで作ってくれたりしてるのに、とんだとばっちりねえ。」


「結構食いしん坊?」


「うん、なんでもよく食べるよ。だいぶふっくらしてきた。」


「この間もらった刺身が美味しかった、また欲しいって。マグロかな?」


「あー、贅沢な! あれは高かったのよ。そんなにはあげられないわ」


「はっはっは。よほど美味しかったらしい」


「他に何かしてほしいこととか言ってる?」


「今とっても安心であったかくて幸せだって。本当にここんちの子にしてくれる?ってまだ少し心配してるみたい。ずっといていいんだよって言ってあげてね。

美砂さん優しくて大好きだって。

この子はキラキラした綺麗なものが好きだね。首輪についてるラインストーンがとても自慢でお気に入りらしいよ。

あと、カリカリばかりじゃなくて柔らかいのも食べたいって。」


「やっぱり食べ物のことなのね。たまには猫缶を買ってあげますか」と大笑いすると美砂さんは少し涙ぐみながら、嬉しそうに帰って行った。


小さな猫や犬は人の世話がなくては生きていけない。ひとりぼっちで置いて行かれて、美砂さんに引き取られたリリちゃんは幸せだ。美砂さんもリリちゃんにたくさんの幸せをもらうだろう。

どんなに酷い目にあっても動物は恨んだりしないで、ただ悲しむ。人などよりよっぽど魂レベルは高いのじゃないだろうか。純粋無垢な動物たちの心を読むとこちらの心まで洗われるようだ。

猫と暮らすのも悪くないかもな。

いやいや、うちにはもう居たな。


マスターは鍵をかけると、扉の横のチャシャネコの鼻をつんとつついて帰って行った。




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