第25話

 天気の良い朝。屋敷の二階の自分の部屋の窓を開けて、ニコルが大声で叫ぶ。

「お姉様! お姉様!」

 ニコルは、一旦部屋に戻ると、自分のベッドの白いシーツを持って屋敷を飛び出し、庭の方へ駆け出した。駆け付けた先、庭の真ん中にはエレーヌがいた。

 ニコルは、大声でエレーヌをたしなめる。

「エレーヌお姉様! なんてあられもない姿を!」

 エレーヌは、肌着姿で剣を大きく振り上げて、勢いよく空を切るように振り下ろす。それを何度も繰り返していた。

 エレーヌは駆け付けてきたニコルに振り返って、静かに挨拶をする。

「やあ、おはよう」

「お姉様! 一体何をなさっているのですか?!」

 ニコルは大声で尋ねる。

「剣の素振りだよ。出発に備えてね」

 エレーヌは右手に持った剣をこれ見よがしに少し持ち上げて答えた。

 この剣は、屋敷の玄関に飾ってあった装飾用の物だ。

 ニコルは再び大声で尋ねた。

「どうして素振りなど?!」

「この体は、剣を扱うには鍛え方が足りない。それに、体に慣れるためにも、少しでも動かさないといけないと思ってね。フンツェルマンにも許可は得てある」

「でも、そんな姿でやることは無いでしょう?」

「部屋にある服は、すべて動きにくくてダメだ」

「それは、元々お姉様のものですから」

「ならば、動きやすい服を用意してほしい」

 ニコルは少し躊躇した後、返事をした。

「わかりました。それなら、出入りの商人を呼びましょう」

 それを聞いてエレーヌは微笑んだ。

「頼む」

 ニコルはエレーヌの背中を押して屋敷に向かわせようとする。

「さあ、屋敷に戻ってください。そんな姿を誰かに見られたら大変です」

「わかった」

 エレーヌは答えた。

 屋敷の敷地の前の街道には、まだ警備のための警官が数名、見張っているのでエレーヌの姿は、すでに見られているだろう。

 エレーヌ自身はそんなことは気にもしていない様子。

 とりあえず、この場は、すんなりとエレーヌが言うことを聞いてくれたので、ニコルは安堵のため息をつき、手に持っていたシーツをエレーヌの肩にかけて上半身を覆い隠した。そして、ニコルはエレーヌの手を引いて屋敷に向かった。

 その途中もエレーヌは歩きながら尋ねる。

「あとは、この剣も扱い難い。別の剣は無いだろうか?」

「それは広間に飾ってあった剣ですよね? 屋敷には、その剣しかありません。どうしてもというなら、武器商人を呼んでくるしか」

「では、武器商人とやらを呼んではくれないか?」

「それもフンツェルマンにお願いしておきます」

「よろしく頼む」


 二人が屋敷戻ると、大広間でフンツェルマンが出迎えた。ニコルは早速、エレーヌにお願いされた件で、彼に話しかける。

「ああ、フンツェルマン、ちょうどいいところに。商人を呼んでほしいの」

 突然の予想外の依頼に、フンツェルマンは少々驚いて尋ねた。

「商人? それは、なぜでしょうか?」

「お姉さまが、新しい服と剣をほしいというので」

「なるほど…。かしこまりました。すぐに手配いたします」

 フンツェルマンは頭を下げた。

「素振りを許可してくれて助かるよ。何もしていないと腕が鈍る」

 そう言うとエレーヌはフンツェルマンに剣の刃を下に、柄を上に向けて手渡した。

 フンツェルマンは少々戸惑いながらも剣を受け取ってから言った。

「エレーヌ様、ニコル様、少し早いですが朝食の準備をいたしましょうか?」

「ええ、お願いするわ」

 ニコルはすぐに返事をした。

「お姉様、とりあえず服を着てもらえませんか?」

 ニコルはシーツを纏っているだけのエレーヌを改めて見て言った。


 ニコルはエレーヌの手を引いて大広間から出て、廊下のすぐにある階段を登り二階へ上がる。そして廊下を進み一番奥のエレーヌの部屋に向かった。

 二人は扉を開けて部屋に入る。

 そして、天蓋付きのベッドに腰掛けた。

「昨夜は良く眠れましたか?」

「このベッドというものは、少し柔らかすぎて、寝づらいな」

「慣れてもらうしかありませんね」

 メイドのジータが部屋にやって来ると、奥のクローゼットから適当に服を見繕って持って来た。

 そして、エレーヌを覆っていたシーツを取ると、服を手際よく着せていった。

 ニコルはそれをじっと見つめていた。

 服を着終わったエレーヌは自分の体をひねったりして動きを確認しながら尋ねた。

「それにしても服を着るために手間がかかるな。それに、動きづらい」

「今は我慢してください。商人から購入しましょう」

 ニコルはため息をついた。

 エレーヌは、数日前の事件が原因でまったくの別人になってしまったままだ。元に戻る様子はない。どうして、こんなことになってしまったのか。蘇生魔術が失敗したということだが、詳細な原因は、わからないままだ。

「では、朝食の準備が出来ている頃でしょうから、食堂へ行きましょう」

 ニコルはエレーヌの手を引いて部屋を出た。

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