第41話:歩幅を合わせて

 

 眩しい何かから逃げるように寝返りを打つ。その先で何かに触れて、ゆっくりと目を開ける。

 お昼過ぎにお粥とフルーツを少し食べたのは覚えてるから、そこからどうやら寝てしまったらしい。オレンジに染まる部屋をぼうっと眺めてから、さっき手に当たった何かに視線を移す。


「……由紀さんも寝てたんですね」


 腕を枕に、ベッドに突っ伏して寝ている由紀さんの旋毛が見える。小さく寝息が聞こえてくるからまだ寝てるみたい。

 見つめていると思い出してくる、さっきの会話。由紀さんは本当に、私の全部を受け止めてくれるらしかった。それどころか、応えたいと言ってくれた。

 キスをした後の由紀さんは、前の時とは違って照れくささと同時に熱を帯びたみたいで、終わるのが惜しいと言ってくれているような表情にみえたのはきっと勘違いなんかじゃないと思う。自覚はなかったとしても、私の気持ちと大きく変わらないのだと感じられて、嬉しかった。


 でも、なんで由紀さんはこんなに色んな事に無自覚なんだろう。好きだとか嫌いだとか、あんまり考えないっていったってちょっと普通じゃない気がする。意外と世の中そんなものなのかな。そんなの考えないものなのかな。


「……由紀さんが初めて好きになるものって、何になるんでしょう?」


 オレンジ色に照らされた由紀さんの髪にそっと触れる。私よりもふわふわと柔らかくて、滑らかな肌触りを撫でてみる。由紀さんが初めて自分から好きだと思うものが、私だったらいいのにな。なんて、私の欲は底なし沼かもしれない。由紀さんに出会ってどんどん我儘になっている気がする。


「ん……あれ」

「起きました?」

「……寝てたのね」


 頭から引いた手を、そのまま由紀さんの頬に滑らせてみる。不思議そうに私の名前を呼ぶ声に曖昧に笑って、髪の毛に隠れる耳朶に触れてみる。ひんやりとしてて、柔らかくて、ずっと触っていたくなるような心地。


「くすぐったい」

「あはは。 こうしたら目、覚めるかなって」


 なんて嘘で、ただただ触りたかっただけだけどきっとそんなの由紀さんにはバレている。それでも、こうやって好きにさせてくれるからもっと欲張りになってしまうんだよね。耳朶の裏を軟骨をなぞる様に撫でると、由紀さんの肩がピクリと跳ねる。前も耳弱かったっけ。我慢するみたいに目を瞑られると、トクトクと心臓が急かされるように早くなっていく。


「しつこい」

「あ」


 するりと、猫が手から逃げるように由紀さんの体が離れていく。自分で耳を撫でる由紀さんの頬は、西日とは違う何かで色付けされている気がするのは、流石に自惚れすぎなのかな。名残惜しくて、もう少し粘ってみようかなんて考えていると「熱は?」と低めの声に聞かれて体温計を渡される。なんでも許してくれるって言ったのに、なんて子供みたいに心の中で拗ねてみる。


 渡された体温計を脇に当て数十秒。機械音がなって、確認すると三十七・一の表示。明日まで迷惑をかける心配はないみたい。逆に由紀さんが風邪を引いてベッドで過ごすことにはなるかもしれないけどね。得意げに体温計を由紀さんに見せると、由紀さんは私の頭を撫でた後寝室の電気を点けてリビングへと去っていく。さっきの時間がまるで嘘みたいに素っ気ない気がする。


 約半日以上ぶりにベッドから出ると、思いのほか体がべとべとしている感覚がする。軽くだけシャワー浴びてもいいかな。一応、由紀さんに確認取っておこう。


「由紀さん由紀さん、軽くシャワー浴びてもいいです?」

「……ルナが大丈夫だと思うなら」


 ああ、なんか由紀さんって感じがするかも。どこまでいっても私が主体なのは変わりないんだ。今までは寂しかったそんなことも、いまは寂しくない。それが由紀さんの大事にするってことだと知ったから。私はてきぱきと準備をして浴室に向かう。見る角度が少し変わるだけで、感じ方もこんなに変わるものなんだ。



 それからは軽くシャワーを浴びて、お腹いっぱいにお粥を食べて、少しだけ早めにベッドに入った。


 お昼にたくさん寝たせいか、しばらく目を瞑っていても眠気は一向に訪れなくて、しばらく寝返りを繰り返していると寝室のドアが開く。いつもの時間にしては随分と早いはずなんだけどな。由紀さんがベッドに入ってきて、目を開ける。


「由紀さん?」

「ごめん起こした?」

「全然。 今日寝すぎたせいか全然寝れなくて」

「確かに」


 枕に頭を預けて、由紀さんが私の方を向いて横になっている。普通に今日告白したのに、隣に寝てくれるんだなぁ。これに関しては無自覚なだけかもしれないけど、少なくともこっちは意識してしまう。


「由紀さんはもう寝ます?」

「私も全然眠くないの」


 じゃあ、なんで今隣に来てくれたんです?

 なんて、期待したことを聞いてもいいかな。そうやって繰り返していけば、由紀さんも気づいてくれるかな。今ぎゅってしても怒られないかな。そういえば、なんだかお風呂上がりの匂いがする。なんて考え出すと思考が止まらなくなる。


「明日になったら、またルナのご両親のこと話し合いましょう」

「……あー……覚えてました?」

「もちろん。 昨日今日とドタバタしてて聞けなかったから明日じっくりね」

「もう少し風邪引いとくべきだったかも」


 そう言うと、由紀さんの手がおでこを軽く叩いた。確かに、由紀さんに私の事好きだって思ってもらうためには、まずこうやって一緒にいることが何よりも大事なことになる。だから結局、避けては通れない話題ではあるんだけど、思い出した数々の言葉に気分はどんよりと曇っていく。


「あからさまにテンション下げないでよ」

「わかってますけどー」

「……」


 もぞもぞと動く音がして、ぐっと近くなる暖かな感触。お風呂上がりのシャンプーの香りが色濃く鼻腔を擽る。目の前が全部、由紀さんの部屋着で覆われている。後頭部を撫でる由紀さんの手のひらに、全身が発火したみたいに熱くなる。落ち着きかけた欲が飛び上がって、出せと思い切り叫び始める。

 これは、ずるい。励ましなのか甘やかしてくれてるのかは分からないけど、こんな風にぎゅっとされて平気な訳ないのに。これってもう誘ってるってことになったりしないかな。

 

「私もいるから」

「……ずっるいなぁ、もう」


 純粋な気持ちなのだとしたら、今回ばかりはちゃんと受け取るために我慢しなくちゃ。騒ぎ立てる欲を一生懸命抑え込んで、代わりにぎゅっと由紀さんを抱きしめる。心配になるくらい細い腰に腕を回したのは、逆効果だったかもしれない。そんな煩悩と闘いながら、長い長い夜を過ごした。

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