第2話

 食堂の扉を勢いよく開くとマナは堂々と二人に宣言した。


「お父様!お母様!!先程仰られていた婚約者の件!わたくしは破棄させて頂きます!!」

「マナ...これはもう5年前に決まった事...今更...」

「それに関しては安心してくださいましお父様。わたくしには既に婚約者がいるんですの」

「それは初耳だぞ」


 困惑する父親の表情を確認すると、マナはしたり顔に告げる。


「わたくしは、生まれた時からコレアと婚約する事を決めておりましたの!!だからごめんなさい!!!」


 堂々たる発言に他の三者は大きく溜息をついた。

 この国でもそうだが、同性での婚約は残念だが認められていない、そもそも、この時代に同性同士で抱く恋愛感情なんてものはありもしない。故に、マナの発言は虚言や戯言の類であり、異端も異端だった。


「あのなぁマナ...同性同士で婚約したとしても、種の繁栄は望めない、何故コレアなんだ?」

「何故とはどういうことですの??お父様は子孫をにお母様と婚約なされたんですの?」


 マナの致命的な一撃に父親は苦い顔をする、そうだと言えば逆鱗に触れる可能性がある、かと言って違うと言えば、先程の言葉に矛盾が生まれ、マナの意見を肯定する事になってしまう...。


「非常に難しい質問だな、一概に違うとは言い切れない、俺はフィアのやさしさと気高さに触れ恋に落ちた、そこには外見も大きく含まれる。だからなんと言うべきか...こんなに美しい人の子供はさぞ可愛らしいんだろうなと、思ったのも事実だ」

「子孫繁栄だけが婚約の目的ではない事がお父様の意見という事でいいですわね?だったら安心してくださいまし。わたくしはコレアの内面も含めすべてを愛しております」


 やはりこうなったかと、父親はため息をつく。


「だが、面会だけはしてくれ...もうじき到着されるらしいからな...くれぐれも失礼の無いようにな...」

「はえ?もうすぐって...もしかして今日来るんですの??」


 肩を一気に落としたマナに不安を覚える三者だったが、何かを閃いたらしいマナにより一層不安に駆られる。


「わたくし良いことを思いつきましたわ」

「ダメだ」

「どうしてですの?わたくしがその王子とやらのお気に召さなければよろしいのでしょ?」

「やっぱりか...たしかに、だが駄目だ。なにか失礼があってはこの国の危機となりうるかもしれん」

「安心してくださいまし、淑女たるもの一頻り処世術は学んでおりますわ」


 にやりと笑うマナはどこか不気味で、自信に満ちた表情でその場を後にした。

 隣の母に面影を感じたからなのかは分からないが、その姿に父は身震いをした。


 ―――――――――――――――――――――――


 マナは応接室にて王子とやらの到着をコレアと共に待った。

 王子はお父様とお母様に挨拶をしたあと、ここに来るらしい、どうにかして私への感情を減滅させつつ、私自身の品を下げないようにする。

 両親の期待とは反対の行動に思考を巡らせる。


「王子とはどういった方なの?」

「王子と言う肩書ですから、大抵は紳士的だと思われますが、見た事が無いのでわかりかねます」

「お母様は男は野蛮な生き物と言っていたけど...王子は例外ということかしら、まぁどちらにせよ、フヒッ」


 不気味な笑みを浮かべているとコンコンとドアが叩かれ、コレアが確認に向かう。


「確認してまいります」

「うん」


 少しだけ扉を開きコレアが来訪者の確認をした後、扉を開く。


「王子が到着なされました」

「どうも!!俺はロンギタ・シン・ジル・フォン=ハシェイヤだ気軽にシンとでも呼んでくれ!」

「あらあら、随分とお元気ですのね。わたくしはエルヴァーニ・マナ・アルバレズ。呼称はお任せいたします」


 マナは礼儀正しく、スカートのすそを持ち上げ軽く会釈をした。

 だが、皮肉交じりの挨拶にコレアはそういう事か...と頭を悩ませた。


「んーーじゃあマナ姫だな!!よろしく!!」


 シンは手を差し出すが、マナがその手を取る事は無かった。


「それで、この後の予定はどうなっていますの?」

「特に決まっては無いな、マナ姫はしたい事とかないのか?」

「予定が無い...随分とのんびりとしていらっしゃるのですね」


 またしても皮肉交じりの言葉にコレアは胃を痛めた。


「なら適当にこの城を歩きたいかな~まだ来てから全然見て回れてないし」


 シンはドアを開き腕を頭に回しのんびりと歩き城を見て回る。

 マナは何度も溜息をついているが、シンがそれに気付く気配はない。


 ―――――――――――――――――――――――


 シンはマナとコレアを連れて城内を見て回った。

 現在はマナの飼っているペットたる巨大熊ジャイアントグリズリーを見学中だ。

 体長10メートルほどの巨体だが、生まれた時から一緒にいるマナには非常によく懐いている。

 だが、残念なことに見知らぬ相手には威嚇をしてしまう癖がある。

 ペットが人を襲わないと言う自信もあったので少し離れて猿が巨大なペットに立ち向かう様を紅茶を嗜みながら眺めていた。


 マナからすれば小さい頃から共に過ごして来た家族も同然、多少巨大になったが家族になんら変わりない。

 お父様も最初は手のひらサイズの獣を見て飼う事を許可したが日に日に巨大化していく姿に苦笑いをしていた。


 溜息を付きつつ王子の様子を見れば、グーコペットの威嚇に腰を抜かし尻餅をついてしまっている。

 紅茶も飲み終わったので、シンの元へと近づき見下した視線を送る。


「ずいぶんと勇敢ですのね」

「立派な魔獣だな...こんな魔獣見た事ないぜ」


 なんて立派な事を言っているが、その足は震えている。

 マナは鼻で笑うとそっと巨大熊の身体を撫でる。


「グーコのどこが怖いんですの?とってもかわいらしいのに」

「お、おいあ...あ、危ない...ぞ?」


 ここで不甲斐なさを感じ帰ってくれればマナとしては大成功だが、どこまでも鈍いのか、シンは次へと向かおうとする。

 シンが来てから何度溜息をついたかは分からないがそろそろマナはうんざりしてきたのか苛立ちを覚える。


「やっぱその髪綺麗だよな」

「あっそ、お褒めに預かり光栄ですわ」


 最初の「あっそ」さえなければ完璧な受け答えだった。

 コレアの不安を他所にシンはマナの事を褒める。


「始めた聞いた時から見てみたかったんだ。真っ白な髪をした姫の事」

「この髪は異端、怯える者も多いですわ」

「俺はそんな事ないと思うぜ?とってもきれいだと思う」


 怯える者も多いと言ったが、これはブラフだった。この国に白髪を恐れる者は居ない、どうせ擁護するように何かを言うんだろうなと好奇心から言って見たにすぎない言葉だった。


「シン様、迎えの馬車が到着しました」

「え?もうそんな時間か...ごめんマナ姫...俺、そろそろ帰らないとみたいだ」


 マナは内心歓喜に震えていた。

 よっしゃ帰ってくれるとガッツポーズをしてしまうほどだ。

 何も知らない、いや、何も気が付かないシンは元気よく手を振り「また来る」と言っているが、それはマナの望むところではない、いっそ来なければ良いと思って居るほどだ。

 だが、マナとしても嫌われた実感はなかった、あれだけ皮肉を込めて言ったのに手応えはまるで感じられなかった。

 むしろ素直に受け取っているらしく誉め言葉だとでも思っている様だ。


 向こうは手応えを感じているからなのか、あれから二日に一度遊びに来るようになった。

 毎日じゃないだけ良しと考えるか回数が多いと考えるかは人それぞれだが、どう考えても遊びに来る回数が常軌を逸している。


 そうして半年が経過したある日の事。いつもとは違う雰囲気のシンの来訪によって事態は急変した。

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