6 ぎゅってしてた

「人の手からじゃないと食べないんです」


 綺麗に洗った俺の手に、管理人さんがキャットフードをザラザラと乗せた。


 俺の手でいいのか?


 そう思ってたら、管理人さんの猫──ペペロンチーノが走り寄ってきて、すごい勢いで食べ始めた。


「うわ……、俺の手から食べてくれてる! めっちゃかわいい……」


 手のひらをザリザリされる俺の隣に膝をついて、愛猫の食事を覗き込んでいた管理人さんがくすりと笑う。


「えと、おかしいですか?」


「だって、昨日の夜と同じリアクションしてるので。陸田さんて、猫好きでしょう?」


 この人、笑うとすごく優しい印象になるな……。


 なぜかよく睨まれてる(気がする)から、気が付かなかった。


「わりと……」


 管理人さんは嬉しそうに頷いて、ご飯を食べているペペロンチーノの背中を撫でた。


 っていうか、今、管理人さんと二人きり……? 普通に家に上げちゃったけど、初めてじゃね!?


 うわ、ちょっと緊張してきた。

 傷とか汚れとか臭いとか、一応気を付けてるんだけどなあ。大丈夫かなあ。


 ……怒られませんように!!


 食事を終えたペペロンチーノは、部屋の隅に置かれた自動給水機から水を飲み始めた。


「あるの気付かなかった……」


 満足したペペロンチーノは、そのまま俺の膝に乗っかって、くつろぎだす。借りてきた猫って言葉があるけど、こういう意味だったかな? 違うよな?


「ずいぶん仲良しになりましたね?」


 俺たちの仲睦まじい(?)様子に、管理人さんが目を丸くした。


「ペペくんが人懐っこいんですよ。朝起きたら俺の腕の中にいましたよ」


「え? 腕の中? 陸田さんの?」


 俺の顔を見て喋っていた管理人さんが、チラッとペペロンチーノを見た。その視線がなんだか恨めしそうに見えて、俺は萎縮する。


 やばい……調子に乗りすぎたかも。


「あ……人様んちの猫ちゃんに、馴れ馴れしかったですかね?」


「いいえ、お気になさらず」


「っていうか、お茶も出さずにすみません」


 さっきから動くに動けない状態が続いており、謝りはするが俺は結局なにも出来ない。


 せめてソファに座ってもら……ちょっと待て、背もたれに引っ掛かってんのって、もしかして昨日の靴下!?


 ダメだ……さすがに、脱ぎっぱの靴下と同席なんかさせられない。おいおい、パンツとか落ちてないよな。俺さすがにそこまで堕ちてないよな!?


「おかまいなく。猫を迎えに来ただけですし……まあ、陸田さんとお話できたらいいなとは思ってましたけど」


「え?」


「それより、コレどうぞ。お礼、というかお土産です。なにがお好きかわからなくて、一番人気のを買ったんですけど」


 管理人さんが手渡してきたのは、某有名菓子店のロゴが印字された箱だ。


「わ、ありがとうございます。俺甘いもの大好きです♪」


 思わず喜んでしまったけど、なんだか申し訳ないな……。だって俺、酔っ払って猫と寝てただけだよ?


「あ、あの……良かったら一緒に食べていきませんか?」

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