第6話 体育祭!!!

 7月下旬。

 琴音やアリスと出会って大体1ヶ月ぐらい経っただろうか。GPS作戦はいまだに実行中だ。ストーカーとやらも小物ばかり狙った犯行が多く、GPSを盗ませると言うのは難しいようだ。

「あぁ〜......」

 7月にもなれば、項垂れるほどの日差しが毎日のように続く地獄だ。しかも、僕の学校は前期修了直前に体育祭が待ち構えている。この地獄を乗り越えた先に、夏休みが存在するのだ。

 こんなクソ暑い中、僕みたいなインドア派の人間は屋根のある観客席に溶けているので精一杯だ。そんなこんなで目を閉じて眠りこけていると。ふと頬に氷のように冷たい物を押してけられる。

「っつめた!!!」

「......随分とだるそーだね」

「こ、琴音!?なな、何でこんなところにいるの?」

 僕が居るのはむさ苦しい男子共の観客席だ。残念ながら彼女みたいな可憐な人が居るような空間じゃない。

「飲み物、いる?」

「え、あ、ありがと。頂きます」

 支給品の冷たいスポーツドリンク。

「何でまたこんな野郎どもの巣窟に」

「森ちゃん達に追い出されてきちゃった」

「あー、ほんとそういうノリ好きだねぇ」

 ゲーセンの一件後、ちょくちょく遊んだり仲良かったりしていたのがバレ、最近はあからさまなちょっかいを掛けられるのも増えてきた。

「まぁ、嫌がらせとかじゃないからマシだけど。最近ちょっとウザくなってきた」

「ちょっと分かる」

 僕は意外とその無駄なお節介のお陰で2人っきりになれる場面も多いので凄く嫌、というではないのだけれど。

「千秋は何するの?」

「......荒川とバトミントンダブルス」

「ガッツリ体育館じゃん」

「こんな炎天下で運動とか死んじゃうから」

「私、今日走るんだけど」

「......バケモンだ」

「別に、普通でしょ?」

 これが運動部の余裕だとでもいうのだろうか。彼女はそれぐらい普通だと言うように、さも僕が異常かのような不思議そうな顔を向けてくる。

「ねぇ、千秋」

「ん?」

「その。もし嫌じゃなければ何だけど、その?バトミントン、見に行ってもいい?」

「マジ?」

「だ、ダメ?」

 彼女は少し顔を赤らめてモジモジと落ち着かない仕草を見せる。めっちゃ可愛い。

「え、ちょっと待って?それはつまり、応援しに来てくれる......ってコト!?」

「うるさい」

「めっちゃ嬉しい」

「言っとくけど、アリスが見たいって言っただけだから。誤解しないでね?」

「それでも嬉しいよ」

「......うぅ、だから言いたくなかったのに」

「僕も琴音の競技見に行って良い?」

「ダメ。恥ずかしい」

「僕だって恥ずかしいよ!?」

「うっさい」

「絶対行くから!!」





 バトミントンダブルスの時間がやってくる。時間的に僕の方が琴音よりも早い。初戦敗退すれば確定で琴音のレースが見れるなんて甘い考えを持って始まった体育祭だったが、どうやら本気を出さないといけないらしい。

「おい、荒川」

「ん、どうしたんだよ。随分とやる気だな」

「絶対勝たなきゃいけないけなくなった」

「なんだよぉ、一緒に負けてサボるんじゃないのかよぉ」

「こt......樋口さんが来るんだ」

「おいおい。じゃあ、負けられねぇなぁ」

「なぁ、お前はこの試合勝てると思うか?」

「任せな......」

 荒川は鉢巻を巻き直し、風に靡かせると、ひと言つぶやいた。

「俺はバトミントン部仮入部経験者だ」



『結果は惨敗だった』


 

 そりゃあ練習もまともにしていないし、僕も運動をする人間でもないので、純粋に力不足だった。マッチポイントまで粘ったものの、最後は僕がサーブを透かして負けるという最悪な負け方で幕を閉じた。

 琴音からは一言。

「ドンマイ......」

 琴音の引き攣った苦笑いと、後ろで隠れていたアリスがゲラゲラ腹を抱えて笑っていた。

「サーブで、しっぱいとかwオオウケなのwww」

「......こいつ絶対シバく」

「あはは......まあ散々だったのは私も思ったけど」


 ひどい。


「練習とかもしてなかったんだって、ずっと荒川と駄弁りながらサボってたし」

「不良じゃん」

「う......はい、そうです」

「じゃあ千秋の番まで頑張ろうかな」

「お、見に行ってもいいの?」

「......いや、緊張するから結果だけ見て」

「絶妙に面倒くさい」

「黙りなさい」

「もうすぐでしょ?僕も一緒に行っても?というか行こう?」

「また噂になるじゃん」

「駄目?」

「誤解だもん。嫌に決まってるでしょ」

「その割りに最近訂正してなくない?一緒に行ってくれない?」

「調子乗りすぎ。負けたくせに」

「勝ったら一緒でも良かったの!?」

「さぁ?」

「うわ!酷い!」

「負け犬とは歩きたくないわよねぇ」

「......格ゲーでは勝てないのに」

「黙れ」

「ねぇー別に良いでしょ?」

「ま、まぁ。付いてくるぐらいなら」





 琴音の競技は100mハードル走だ。琴音は陸上部でよく放課後に走っていたのを見ていたので僕は知っていた。

 コースのゴール付近に立って、琴音を待つ。待機場にいる彼女は凛とした様子で、集中していた。そんな顔も魅力的だなぁと、ぼーっと思っていた。

 彼女の番になり、レースが始まる。大きなピストルと共に一斉に女子達が走り出す。琴音はさすが陸上部と言ったところか、軽い身のこなしで周りよりもレースを優位に進める。誰もが一位を確信した時、彼女に不運が訪れた。最後のハードルに足が掛かり、大きく転倒してしまう。

「琴音!!!」

 地面に倒れ込み、足を抱える彼女を見て、僕は駆け出した。先生や生徒が覗き込む中を掻き分けて、彼女の元へ。

「大丈夫!?」

「う、うん。ちょっとした捻挫かも」

「保健室、行ける?」

「ちょっと......」

「じゃあさ」

 僕は彼女をお姫様抱っこで抱えてみる。

「ちょ!恥ずかしいから!歩けるから!!」

「大丈夫!いけるから!」

 少しインドア派の僕には腕が破裂するほどキツいが、彼女を落としたら男の名折れだと思って全力で走った。周りからヒュー!ヒュー!と黄色い歓声が聞こえたし、琴音も顔を耳まで赤らめて、それを隠すように手で抑えていた。

 保健室に入る。

「すいませーん」

「いいから!もう歩けるから」

 腕から琴音が飛び出し、彼女は診察用の椅子に座る。

「って、先生いないじゃない」

「そうだね。まあ適当に処置して待っていようよ。足、見せて」

「......いや」

「え、なんで」

 僕は脚に手を伸ばす。

「近付かないで!」

「ひどい!そんなに嫌だった!?」

「......ぁ、せ」

「え?」

「汗!匂うから」

「そんなの気にしないよ」

「私が!!!気にするの!!!」

「分かったよ!じゃあこれ湿布と、一応擦り傷用に消毒と絆創膏」

「ん......」

 彼女はそれらを受け取ると、手慣れた様子で処置を行った。正直僕よりも手際が良かった。さすが運動部。

「それにしても」

「......なに?」

「琴音も失敗しちゃったね」

「う」

「僕のことあんなに笑ってたのに」

「わ、私は笑ってないもん!アリスでしょ!?」

「......ドンマイ」

 彼女の肩を叩き、わざとらしく苦笑いを作ってみせる。

「やめてよ!その顔!」

「ふふっ、これでおあいこだ!」

「......最悪」

 そういう彼女の言葉には棘がなく、少しだけ一緒なのが嬉しい様子にも見える。

 その後も、彼女が落ち着くまで一緒に保健室で駄弁っていた。あとで来た保健室の先生にちょっかいを掛けられたが、全力で付き合ってないと否定した。

「大丈夫?歩けそう?」

「うん、でも肩とか貸してくれないと転んじゃうかも」

「じゃあ一緒に戻って一緒に観戦でもしよっか」

「......うん」


 暑いだけで最悪の体育祭だと思ったいたけれど、蓋を開けてみるとどうやら最高の体育祭だったらしい。

 それからは体育祭を2人で適当に観戦していた。借り物競走で好きな人で、向かった人にフラれる荒川や、障害物競走で思わぬ身体能力でレコードを塗り替える森川さんなど、楽しかった。

 ことが一変したのは放課後に更衣室でスマホを見た時だった。

 メッセージは琴音から。

『GPSのキーホルダー。盗まれてる』

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