第20話 金の蠅

 ~語り手・ルピス~


 8月。真夏だけど、実は今私たちは魔界に来ている。

 魔界の季節はは早春なので、凄く涼しくて快適だわ。

 店はリルとミラにお小遣い―――魔術書―――を渡して店番してもらっている。

 え?何しに魔界に来たのか?ご主人様の結婚式よ!


 ご主人様は、正妻オーロ様の他に、側室の5人とも結婚式を行う。

 なのでオーロ様に丸一日(ご主人様の地位になると、珍しい短さらしい)と側室の結婚式にも(側室は合同結婚)丸一日使うので、私達も2日休みを頂いている。


 オーロ様の漆黒の花嫁衣裳(魔界では白は好かれないので)はとっても美しい。

 膨らませずに、スリムにまとめられたシルエットも、短髪のオーロ様にはよく似合っておられたわ。憧れてしまうわね。

 お色直しで着ておられたのは淡い紫のチャイナドレス。

 オーロ様の目が同じ色だからか、凄く素敵だった。


 魔界で一番大きな聖堂での結婚式だった。

 魔帝陛下直々にお声がかかり、結婚式は祝福された物になったのよ。


 側室の方々の式は、5人の花嫁姿が圧巻!

 何でもこの場合、ヴェールはオーロ様のヴェールより短くするしきたりらしい。

 それでも、ヴェールには手の込んだ刺繡がされており、素敵だった。

 なんでもヴェールは、後でカーテンやはおり物に加工する決まりがあるんだとか。

 使用方法で「いい女性」かどうか見られたりするらしい。


 そして式が終わると、ご主人様は「初夜」をこなすために6日間頑張らないといけないそうだ。順番は正妻さんが決めるらしい。

 ご主人様も大変ね。


♦♦♦


 店に帰りつくと、リルとミラに「おかえり!」と抱き着かれた。

 この子たちも可愛いのよねえ。

 土産話をせがまれたので『生活魔法:ヴィジョン』を使って、ラキスと一緒に解説してあげた。2人はいつか自分も(魔女の結婚式は魔界様式)と思っている様ね。


 でも、魔帝陛下に処女を捧げているあなたたちは、かなりプラトニックに理解のある男性でないと無理があるわよ?え?相手は女でもいいですって?

 そういえば魔女の中では、それも一般的だったわね。私は無理だけど。

 どっちにしろ変なのに捕まらないように気を付けるのよ?


 話しているうちに日が暮れたので、ラキスが2人を森の入口まで送って行った。

「ラキス、あなたは女性と付き合う気とか、あるの?」

「どっちかというと、女の子の方がいいね。可愛いのが好きなんだ」

「本気?まあ干渉はしないけどね………」


♦♦♦


 それから6日が過ぎた。

 その日、いつものように手をつないだ仲良しスタイルで2人が現れた。

 ………と思ったら、何やら暗い顔をしている。

「「ラキス、ルピスぅ」」

「どうしたの?あなたたち」


 話を聞いてみると、サバトに出席した所、別の魔女(先輩)と喧嘩をしたそうだ。

 理由は伝書カナリヤのジョニー。

 魔女の使い魔に黒くない、しかもカナリヤなんて変だと馬鹿にされたらしい。

 2人で「変なのはお前の顔の方だ!」と反論?したら、激怒したらしい。

 若い子の悪口で簡単に激怒するとか、かなり度量のない魔女ね。


 ………そしてそのまま大喧嘩になったそうで。

 主催者の手前、お互い魔法を出す事こそしなかった。

 けど、つかみ合いに発展し、その寸前まではいったらしい。

 その魔女はみっともなく「覚悟しろ、殺してやる」と叫んでたそうだけど………。

 公衆の面前で公言するとか、バカなのかしら?


「で、あなたたちは?疲れている様には見えるけど、どうかした?」

「私達には何もないんだけど、それ以後、何故か寝付けないの」

「寝ても悪夢を見るの。調べてみたら、軽い呪いの痕跡があって」

「もっと何かあるんじゃないかと不安なの」


「呪い返しは試みたのかしら?」

「悔しいけど、向こうの方が力量は上だったみたいで跳ね返されたわ」

「なるほどねえ………とりあえず、呪いを防ぐお守りを上げるから、お茶でも飲んで行きなさい。現状それぐらいしかできる事がないわ」


 私は2人を応接室に入れると、お茶を淹れに行く。

 私やラキスにとっては、呪いは縁のないものだわ。効かない体質なのよ。

 だって私たちは、機械人形アンドロイドだもの。

 悪魔化して暴れているのをご主人様が止めて下さり、お仕えする事になったのよ。


 私、ルピス。紅の紫陽花をモチーフにしたクリノリンドレスに身を包んでいる。

 紅の紫陽花の髪飾りと耳飾り。右目には紅の紫陽花の眼帯。

 両手の中指には大粒のルビーの指輪をはめて。

 艶やかに赤い唇、シニヨンにした長い黒髪、白磁の肌、紅い瞳、145㎝と小柄。


 相棒、ラキス。青い紫陽花をモチーフにしたクリノリンドレスに身を包んでいる。

 青い紫陽花の髪飾りと耳飾り。右目には青い紫陽花の眼帯。

 左手に月の光で作られたような銀の蝋燭立てを持って。

 淡いピンクの唇、肩で切りそろえた銀髪、やはり白磁の肌、175㎝の長身


 人間の感覚って難しいわ。でも、お茶はきっと効果があるわ。

 だって出すのは、魔除けの効果があるサフランのお茶だもの。

 ハーブティーメーカーに「サフラン+セイロン」と書いた紙を入れると、みるみるうちにお茶が出来上がっていく。

 それをそのまま氷精の宿る冷蔵庫に突っ込む。

 一瞬でアイスティーの完成よ。


 それに加えて「黄金のアップルパイ」を切り分け、準備完了。

 応接間に行くと、ラキスと2人が話していた様だ。若干明るい顔になっている。

 お茶を出すと、熱さが消えていくみたいだ、気分も良くなったと嬉しそうだ。

 その後は雑談して、いつものように本を貸し出し、お代(血)を貰った。


♦♦♦

 

 ~語り手・ラキス~


 それから普通に2か月が過ぎた頃。

 リルとミラが店に駆け込んできた。ベルが勢い良く鳴る。リンゴン!!

「どうしたんだい、リル、ミラ?」

「「町が大変なの!」」


 落ち着かせて話を聞いてみる。

 それによると、久しぶりに町に出ると、疫病が蔓延しているのだという。

 そしてハエも、刺しバエの類が大発生しているのだとか。

 ハエを調べてみると、魔力を持っていた。

 その上、刺されたら疫病にかかる仕様になっている、と。

 

 2人からハエの死骸を受け取り、調べて魔力が検知できたのでルピスに見せる。

 ルピスは悪夢の時の魔力と同一のものだと断言した。

「疫病を無くす魔道具なんてある………?」

 リルに聞かれて、私は

「かかった病気を治すには「治癒の人形」が使えるけど元凶の蠅をはらう魔道具ならあるよ。病気も別料金になるけど薬はあるね」


 お代は払いますからお願いしますと深々と頭を下げられた。

 ので、その場をルピスに任せ、私は魔道具を取りに「隠棲の間」へ向かった。

 色んな魔道具の中から、銅製の小箱を探し出し手中身を確かめて小脇に抱える。

 次は貯蔵庫だ。色々な瓶(割らないようにしなければ!)の中から「エリクサーのボトル」を探し出して、そっと運んでいく。


「ただいまー。魔道具の説明をするからよく聞いてくれ。

 まずこれの中身だが(言いつつ蓋を開けて)「黄金の蠅」という魔道具だよ。

 町の中央に設置すると、その町の全ての蠅が消滅するんだ。

 ただ、効果を発揮するには1日置く事!」

 リルたちはおそるおそるそれを受け取った。繊細な細工ものだからな。

「で、こっちのボトルには一杯にエリクサーの原液が入っている。

 絶対に薄めて使うんだよ?原液は人間にはきつすぎるから」


 2人が頷いてボトルを受け取ったので、2回分の血を頂く。

 この2人の血は、ご主人様に好評なのだ、病気にはなって欲しくない。


 2人が帰っていくと、わたしは大きな銀の丸盆をカウンターの裏から出す。

 それを床に置くと、ルピスが純水を注ぎ込んだ。これで遠見の鏡として機能する。


 2人はまず家に帰り、言っておいたとおりラベルに記載されている分だけうすめて他の瓶に注ぎ込んだ。1人2本である。運べる限界だろう。

 そしてまずはエリクサーは家に置き、黄金のハエを設置しに行った。

 2人で行動しているのは身辺を警戒しての事のようだ。

 

 そしてハエを設置して1日が過ぎた。

 まだ半信半疑のようだが、エリクサーを2本づつ運んで町に着く。

 ハエは綺麗さっぱりいなくなっている。嬉しそうな2人。


 町の人々は、大人しく治療を受けた。

 リルがこの町に来た時、病気を治療したのが効いているようだ。

 2人で手分けして………徹夜で2日かかったがやまいは消えた。


 そして2人は家に帰って、倒れ込むように寝るのだった。

 

 そこまで見ると、私達は水盆を片付けた。

 後の事は2人が直接言いに来るだろう。


♦♦♦


 リーンゴーンと鐘が鳴る。

 リルとミラが来たようだ。何かを決心した表情をしている。


「ルピス、ラキス。わたしたち、あの魔女に報復がしたいの」

「殺したいのかな?」

 2人は頷いた。

「悪いけど2人の実力じゃ絶対無理だね。特別な道具が必要だよ。

 それに、行動の自由は奪えるけど、止めを刺すのは自分たちでやらないとダメだ」

 

 2人は息をのむが………リルは決断した。

「やります、殺し方を教えて下さい」

「リ、リル?本当にやるの?」

「だってあの町は私たちの庭だよ?死人が出てるんだから当然の報復だわ」

「そ………そうね。わかった、私も覚悟を決める」


「よろしい、なら「私」という「モノ」を貸し出すから、特別料金を貰うよ」

「はい、なんですか?」

「ご主人様が首に噛みついて血を吸う事に同意してくれたらいいんだ」

「………副作用とかは?」

「噛みつかれると強い快楽で動けなくなるけど、離れればすぐに元に戻るよ」

「わかりました、それでいいです」


 2人の同意が取れたので、私は2人に簡単な殺人講座をした。

「それと死体の利用法だけど、①自分で食べる。魔女としての地力が上がる。②サバトでほし肉にして提供する。③悪魔召喚に使う。それぐらいかな」

「私は食べます、能力が上がるなら」

「わ、私も付き合うよ、リル」

「無理しなくていいんだよ、ミラ?」

「いいのっ、今回の事は悔しすぎるから力をつけたいわ!」

「そっか、それなら一緒にやろう」


 話がまとまったようなので、私は2人の肩を掴む。

『テレポート(魔力追尾版)!』


 魔女らしき女の真ん前に出現した。

「コイツで合ってる?」

「「はい」」

 私は魔女が状況を呑み込まないうちに後ろに回り、髪を引っ掴んで2人の前に突き出した。念のため腕は折っておく。


 そこからは、言わなくてもいいだろう。

 ちなみに肉は干し肉にして全部食べるように勧めておいた。


 リルたちの、本当の意味での魔女への第一歩だった。

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