第31話 最後のピース

 朝に残っていた秋雨の気配はとっくに蒸発していて、実に札幌らしい、気持ち良く乾燥した風が吹いている。洞照寺には数人の参拝客が訪れており、厳かにお参りをしたり、写真を撮影したりしていた。そういえば今日は土曜日じゃないか。


「こんなことになって言うのもなんですけど、お寺の空気って気持ちが良いですね。町の中にあるのに、ここだけ山の中みたいに澄んでいるような気がします」


「そういえばそうだね。京都とかのお寺も、そういえば一度門をくぐれば空気が変わったような気がするよ」


「京都に行ったことあるんですか? 修学旅行とか?」


「いや、ちょっと色々あって修学旅行にはいかなかったんだ……。でも、長年そのことが自分のどこかで引っかかっててね、大人になってから一人で行ってみたよ。そういえば、及坂さんは修学旅行もう行ったの?」


 高校二年生の頃に逮捕されたので、その辺りの学生的青春を僕は送っていないのだ。


「いえ、実は、私も色々あって行かなかったんです」


 そう言って及坂は苦笑した。


「なんだ、そうなのか。……今回の件が落ち着いたら、君もそのうち行ってみると良い。北海道がいかに広いのか実感できるから」


「広いですか、北海道」


「広いよ。君の年齢だと、とても狭く感じるかも知れないけどね。……まあ、さっきから北海道の広さに悩まされてる訳ではあるんだけど」


「北海道って、広いとはいっても札幌とかの都市部を除けば殆ど田舎なんですよね」


「農業や酪農で大きく土地を使っているっていう事情もあるけど、……まあ、大体そういう感じだね」

 

「うーん……」


 首を捻って唸る。


「何か気になることでもあるのかい?」


「さっき地図を見てて不思議に思ってたんですけど……ナントさんたちが推測した地域って、殆ど田舎ですよね。それも、アマゾンの配達も凄く時間が掛かるような。そういう地域に住んでいる人って、どういう人なのかなって。札幌に住んでいる私からするとちょっと想像できなくって……不便じゃないですか? こういう考えも私が子供だから、ですか?」


「いや、僕からしても考えられないよ。だって、そもそも札幌だって配達に二日は掛かるって言うのに、あの辺りとなると……考えただけでもゾッとするよ。でも、あの辺りに住んでいる人っていうのは、漁業を営んだり酪農業を営んだり、生活に大切な仕事で住んでいるということが多いと思うよ。あとは、単純に先祖代々で土地に根付いていたりね」


 義堂君だって同じことが言えるだろう。たまたま洞照寺は札幌の町中に建てられているが、これが道央の山中なんかであっても、きっと彼は洞照寺の住職を継いでいたに違いない。


 及坂が不意に立ち止まった。


「ナントさん。それじゃないですか?」

 

「それって?」


「ヒントですよ!」やや興奮した様子でせき立てる。「ナントさんたちは伝道師がどこにいるのかってことに焦点を当てて考えていました。けれど、最後のピースは伝道師が何処にいるのか、じゃなくて、どうしてそこにいるのか、ということだったんじゃないでしょうか?」


 そうか――


 僕たちは、すぐさま地図が拡げられたままの庫裏に取って返した。両手を畳について蛍光ペンで囲まれた範囲に顔を近づける。

 

「君の言うとおりだ。どうして思い当たらなかったのかな。伝道師がどうして<ミトリさま>を世間の一部に広めていたのか、どうして道北にいるのか。札幌や稚内市に移り住まなかったのか」


 僕の思考はWhereからWhyに切り替わっていた。まさしく発想の転換だ。探偵小説でこういう基本は読み慣れている筈なのに、現実になるとこうも頭の回転は追いつかないものなのか。


「四人目の新妻は北へ行っていた。伝道師は北にいる。――それに、<ミトリさま>が行き着いた村は道北の村だったじゃないか。これが偶然なわけはないよな」


 <ミトリさま>の伝承ではその名前が語られなかった山間にある自然豊かな村――


「漁村だ」転がっていた蛍光ペンを、一本及坂の方に転がした。「このエリアの中から、海に面した村、または海に近くて山間にある町をピックアップしていくんだ」 


「町もですか?」


「ああ。確か、<ミトリさま>の伝承では山を越えた所に町があった筈だ。山道が整備されて、漁村が町に統合された可能性もあるからね」


「なるほど。よし……」


 そして、僕らは空腹も忘れて海に面した村の名や町名のピックアップに取りかかった。マックでハンバーガーのセットを買ってきた道地君たちが戻る頃には、海に面している漁村集落を三つと山間の町を二つに絞り込んでいた。


 片手にコーラのLを持っている道地君が、驚いたように「おうどうした」と声を挙げて、畳に腰を降ろした。


「伝道師がどこにいるか絞り込めそうなんです」


「何だと?……まあ、とにかく飯も食え。ほら、テリヤキ」


 ビニール袋からぼん、ぼん、と紙にくるまれたハンバーガーを僕らの前に置く。


 僕は、地図と比べれば小さいスマホの画面を覗きながら、ハンバーガーの包みを開く。映しているのは道北の地形図だ。これでピックアップした場所の詳細な地形が分かる。海に面した漁村――背後には山があり、さらに向こうには町がある場所。


「ここだ」


僕は地図上の一つの村をペンでぐるぐると囲った。その名は<留巌村>。

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