第7話 オカルトの専門家

 大量の人間が発作を起こしただって?

 これまでは一人ずつだったのに、ここに来て一気に被害者が増えてしまったことになる。


 伊代がナースコールを押下して、慌ただしく看護師が駆けてきた。取り合えず、頭にたんこぶがある意外は問題が無いことを確認してもらって、念のためと進められた精密検査は丁重に断った。これ以上病室のベッドを埋めていては迷惑になりそうだったからだ。


 さっさと退院手続きを済ませて病院を出た。病院の前はちょっとした騒ぎになっていた。さっきの事故で怪我をした人たちの家族がエントランスを出たり入ったりしているだけじゃなく、大きなカメラとマイクを持ったマスコミの連中が周囲の人たちに話掛けている。


 僕もふと目が合ったレポーターにマイクを向けられたが、適当にあしらうと向こうもあっさり退いていった。僕らに執着しなくたって、そこらに取材の対象がいるからだろう。


 本当に、ひどい事故が起こったんだ。今になって、生き残った幸運が身に染みてきた。


 取り合えず、北十一条の通りを最寄りの桑園駅ではなく、一駅隣の札幌駅に向かって歩き始めた。すると、「あ、ちょっと待って」と伊代が僕を引き留めた。「何?」と問う前に、一台のワゴンが病院の正門から一つ曲がった角に停止した。


 運転手の窓がすうっと開き、「冴羽さん!」と長い髪で、大きな丸眼鏡を掛けた女性が声を挙げる。


「あれ、職場の後輩。迎えに呼んでおいたんだよ」


「そ、そうなんだ。悪いね」


「なあに、色々聞かせて貰うさ」


 *


 真夜中の札幌市内を、僕たちが乗るワゴンが駆けていく。病院前の喧噪は遠く、静かな街の夜だった。大きな交差点に差し掛かったときの真っ赤に光る信号の灯りが道路を真っ赤な薄氷のように道路に拡がっている。

 

「被害者は何人くらいなんだろう?」


冴羽はスマートフォンで調べてから言った。


「沢山。まだ情報が錯綜している段階なんだ」


「一体、何が起こってるんだ……」


「そういえば、さっき私に連絡してきたのって、こっくりさんについて聞きたいんだってね。いきなり、どうしてまたそんなことを?」


 そういえばそうだった。


「……ああ。忘れてた。久しぶりに道地君と会ってさ、――例の、小学五年の頃の事件の話になったんだ。変な話だけど、なんだか懐かしくなって。伊代ともちょっと話したいなって、ふとそんな話になったもんだからさ」


「それで、こっくりさんの話? アハハ。はぐらかさないでよ、南戸君。数十年経った今に、そんな連絡を寄越すわけないじゃない」

 

「え、と……」


 伊代は馬鹿じゃない。僕らが、どうして彼女に連絡を取ろうとしたのか、既に察しが付いているようだ。


「道地は、刑事になったんだねえ……。で、」


 隣を歩いていた冴羽は、いきなり僕の前に躍り出て人差し指を立てた。


「最近の連続変死事件の絡みなんでしょ?」


「勘が良いね」


 そもそもの話、伊代に話を聞いてみようと思っていたのだから、隠すつもりもないのだった。ただ、道地君がいないこの場でどこまで話して良いのか、僕には分からない。警察のことはよくわからないが、道地君が僕に話した情報が、そもそも隠匿するべきものだったかもしれないからだ。


 ということは、伊代が勝手に察してくれる分には構わないと、僕は判断した。

 

「最近の事件と、私たちが小学生の頃の事件に何か関係があるとすれば、――そうか、被害者の様子とか? 最近の事件の被害者を私は目にした分けじゃ無いけど、状況は部分的に一致するってところかしら」


「まあ、憶測はそこまでにしてさ。ちょっと時間があるんなら僕に教えてよ。こっくりさんのこととか、伊代は詳しいんだろ?」


 僕がそう言うと、伊代はチッチッと舌を鳴らしながら人差し指を振った。


「幽霊や神降ろしは私の専門じゃないよ」


「えーと……専門っていうのは?」


「うちは一口にオカルトとは言われているけど、内実は色々ジャンルが分かれていてそれぞれの編集が記事を持っているんだよ。南戸君が知りたがっている幽霊や神降ろしのトピックなんかは、私の他に記事を書く人間がいるんだ」


「あ、そう」


「で、私は未確認生物――UMAやエイリアンが専門というわけ。だから、こっくりさんなんてそこまで詳しくはないんだ」

 

 僕は肩透かしを食らったような気分だった。だったら、どうして伊代は僕たちを呼んだんだろう。この様子だと、単に昔話がしたくなったというわけでもなさそうだが。


「冴羽さんの言うこと、あんまり信用しない方が良いですよ。その人、オカルトのことなら大抵人並み以上に知ってますからね。下手すりゃ私よりも」


 突然、運転をしていた伊代の後輩が会話に割り込んできた。


「噂では、次期キャップだとか」


「それは周りが勝手に言っているだけだし、何も私は万能なわけじゃないよ。知りたいことと知るべきことを知っているだけだからね」


「かっこいいなあ、冴羽さんは! あ、申し遅れました。私、アキバです。季節の秋に、葉っぱの葉で」


 フロントミラー越しに、大きな丸眼鏡に囲まれた瞳が僕の方に向いた。眼鏡の大きさの割に瞳が大きく見えている辺り、もしかしたら伊達眼鏡かも知れない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る