第5話 インターネットと僕たち

 また雨が降っている。


 乗り込んだバスは閑散としていた。七時から降り出した雨が柔らかく車窓を叩いていた。乗客は他に数名。この時間、登りのバスに乗る人間は少ない。優先席に背の丸まったおばあさんが一人、後方の席には向かう先の検討が付かない若者が数名。

街灯の明かりが灰色の道路の水たまりを反射して、四方が銀色のトンネルを走っているみたいだ。

 

「冴羽がオカルト雑誌の編集やってるなんて、知らなかったぞ」


「まあ、伊代とは中学から別になったしね」


「しかし、札幌に住んでいるんだな? 高校は円山だったろ」


「うん。……まさか、電話したらこれから会って話すことになるとは思わなかったけど」


「こんなことなら酒飲むんじゃなかったぜ」


「いいじゃん。近場なんだから」


 僕たちが車両前方の方で立ち話をしていると、後方の方から若者達の笑い声が聞こえてきた。最高峰の座席に座った三人の男が、頭をくっつけるほどの近さでスマートフォンの画面を凝視し、笑っている。動画サイトでも見ているんだろう。道地君が小さく舌打ちをした。


「全く、嫌んなるよな。最近はどいつもこいつもああだぜ。電車の座席に座っている連中がゲームに夢中でよ、年寄りに席も譲らねえんだ。何も若い人間だけじゃないぜ。俺たちの親父みたいな年代の連中ですらゲームをやってるんだから最早呆れる」


 道地君は幼い頃から教育の方針でゲームやパソコンに触れてこずに育ったから、今でもデジタル関係には滅法弱い。デジタルを生業にしている僕はともかく、自分より若い人間がデジタル機器を使いこなしているのをみると、怒るのだ。


「とかいいながら、最近ようやくインターネットを扱えるようになったって言ってたじゃん」


「仕事で使うのと四六時中使っているのは別だよ。トイレの中でまでインターネットなんかと繋がっているなんて不気味だろうが」


「それはまあ、そうかも知れないけど」


 言われて考えてみると、僕の一日は一体どれくらいインターネットと接続している時間で占められているんだろうか。常に点灯状態のディスプレイにはリアルタイムのニュースが表示されていて、何より、触れさえすればインターネットにアクセス出来るスマートフォンがある。道地君の言った「トイレでまでインターネットと繋がっている」というのは、僕の場合は冗談でも何でもない。


「……インターネットを完全に絶っているのは、寝ている時くらいかな……」


 僕が呟くと、道地君は笑って言った。


「どうだか。お前ほどになると寝ている間も繋がっていたっておかしくない――?」


 道地君の注意が優先席に座っているおばあさんに注がれている。

 目を向けると、蟻地獄のような瞼の底から光るおばあさんの眼光が僕たちを捉えていた。

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