第010話 席替え


 バスで学校に向かった俺達は学校最寄りのバス停を降り、自分達の教室に向かう。

 そして、教室の前に着いた俺はひとつ、深呼吸をした。


「さっさと入れよ」


 後ろから一緒に来た三島が急かしてくる。

 俺は三島を無視し、教室に入る前にちょっと練習をしようと思った。


「お、おはよー……ございます…………」


 こんなもんかな?

 全然、良くないっぽいけど。


「もうね…………ホントにお前、小鳥遊かよ。馴れ馴れしいことで有名な小鳥遊君かよ」

「ちょっと黙れ、バスケットボールでサッカーをして監督に怒られたことで有名な三島君」

「いや! お前もだろ! むしろ、キャプテンであるお前が誘ってきたからな!」


 でも、俺は怒られていない。

 監督が来た時にはトイレに行っていたからだ!


「…………三島、先に入れ」


 俺は三島の後ろに回った。


「お前、毎朝、こんなことをしてんの?」

「たまにだけだよ…………」


 本当は毎朝です!


「ったく……」


 三島は呆れきって教室の扉を開けて、中に入っていった。

 俺も三島の影に隠れて中に入る。


 俺は春野さんの席がある教室の奥を見ないように自席に向かおうと思い、自席を見た。

 俺の席は真ん中の方にあり、美人で有名な田中さんの前だ。

 だから、当然、自分の席を見れば、田中さんが見える。


 確かに、田中さんはいる。

 珍しく、俺に向かって、笑顔で手を振ってくれている。

 その横にはニヤニヤと笑みを浮かべているアリアがいる。


 もう1人、みゆきちもいた。


 そして、完全に目が合った。

 さらに笑顔で手を振っている。

 気のせいか、おはようと言っている気もする。


 俺はとっさに目線を下に逸らし、携帯を取り出す。


【おはよう! 今日もいい天気だね!】


 俺はメッセを送り、頷いた。


「なんで満足そうなの?」


 携帯に目線を落としたアリアが再度、俺を見る。

 俺は一切、目を合わさずに自席についた。


【挨拶は大事。今日はちゃんとできた!】


「どこが!?」

「私は一切、理解できないんだけど…………」


 そういえば、メッセは3人グループだから田中さんは見れないわ。


「あ、美人で有名な田中さん、おはよう」


 俺は前を向いたまま、田中さんに挨拶をする。


「うん、おはよう。そっぽ向かれたまま挨拶されたのは初めてだよ……」

「田中さんのはつた――――」


 いや、みゆきちがいるから下ネタはやめよう。


「――――何事も最初はあるもんだよ」

「うん。そうだね」

「…………私、ツッコまない」


 アリアは多分、下ネタが苦手なんだろうな。

 こいつにも下ネタを言わないようにしよう。


【今日もいい天気だとは思うけど、それより、宿題やってきた?】


 みゆきちから返信が来た。


【やってきたよー。昨日、教えてくれてありがとね。完全に忘れてた】


 昨日もちゃんと連絡を取っており、その際に宿題やった? という話題があったのだ。

 俺はみゆきちとの連絡しか頭になかったので、完全に頭から抜け落ちていた。


【英語、難しくなかった?】

【春野さんが教えてくれたから大丈夫だと思う。本当に助かったよ】


 俺とみゆきちは一切、目を合わさずに携帯でやりとりをする。


「異様な光景だね…………」


 田中さんがボソッとつぶやいた。


「ちなみに、こんなん」


 後ろを見れないからよくわからないが、多分、アリアが田中さんに携帯を見せたのだろう。


「誰これ?」

「良い人ぶってる小鳥遊君」

「ログ見せて」

「いいよー」


【こらこらー、プライバシー! 春野さんに悪いだろー】


「いや、しゃべってよ」

「いつまで良い人ぶるんだろ? 化けの皮は当の昔にはがれてるのに」


【私はいいよー】


「ミユキもしゃべってよ!」

「この2人、楽しんでる?」


 俺は楽しんでない。

 だって、ずっと前を向いたままだし。


 俺が前を向いたまま、みゆきちと話していると、岡林先生が教室に入ってきたので、みゆきちとアリアは自分達の席に戻っていった。

 俺はみゆきちが席に着くのを確認すると、後ろを向く。


「もう完全に大丈夫じゃね?」

「どこがよ? 逆に重症になってる気がする」


 おーい!


「こらこらこらー!」

「こらこらこらーは小鳥遊君です! 先生が来たのにしゃべりだすんじゃありません!」

「すみませーん」


 怒られちゃった。


「まったく、小鳥遊君は静かな時がないんですかね?」


 さっきまでめっちゃ静かだったぞ。

 一言もしゃべってないし。


「小鳥遊君は置いておいて、席替えをします」


 席替えか…………

 まあ、いつまでも出席番号順の席だと味気ないしな。


「田中さん、ばいばい」


 俺は後ろを向いて、田中さんに手を振る。


「ばいばい」


 田中さんも返してくれた。


 岡林先生は自前で作ってきたであろうくじを嬉しそうに持ち、1人1人に引かせていく。

 俺の順番になり、仲が良い人と近くが良いなーと思いながらくじを引いた。


 そして、全員がくじ引いたところで各自、席を移動する。


 俺の席は廊下側の後ろから1つ前の席となった。

 中々、いい席だと思う。


「小鳥遊君、ばいばいできなかったね」


 一緒に席を移動したからなんとなくわかっていたけど、俺の後ろはまた美人で有名な田中さんだった。


「田中さんが俺の後頭部を好きだなんて知らなかったよ」


 意外な性癖だわー。


「ハゲるように祈りながら見るよ」

「おいこら、田中! スカートめくるぞ!」


 あかんやろ!

 それ、呪いだろ!


「ウケるね…………でも、良かったね」

「何が? 私と近くで良かったねってこと? そら良かったけど、自意識過剰では?」


 いくら美人で有名だからって感じ悪くなっちゃうよ。

 性格も大事にしな。


「ううん。そうじゃなくて」


 田中さんが俺の左を指差す。


 俺は田中さんの綺麗な指につられるように横を向いた。


「隣だね」


 みゆきちがニコッと笑った。

 回りだした運命は止まらないらしい。


「う、うん、あのー、そのー……ひえ……」


 俺はカバンからノートを引っ張り出し、文字を書く。


『よろしくね!』


 俺はそのノートを隣に座っているみゆきちの机に置いた。

 みゆきちはすぐにそのノートに書き込み、俺に返してくる。


『よろしくね』


 きゃわわ!

 俺、明日死ぬんじゃねーかな?

 後ろに美人で有名な田中さんがいて、横に想い人がいるんだぜ?

 多分、この学校で一番幸せなのは俺で間違いないわ!


「…………本当に筆談してるし」


 田中さんが呆れたようにつぶやくが、俺は無視し、さらにノートに書いていく。


 ここは調子に乗って、一歩踏み出してみよう!


『春野さんと隣で嬉しいです』


 書いちゃった!

 渡しちゃった!


『私も嬉しいよー。でも、田中さんのスカートはめくっちゃダメだよ』


 聞いてらしたようだ…………


 俺は後ろにいる田中さんをキッと睨む。


「え? 何? 2人の世界だからわかんないんだけど」


 俺は田中さんに無言でノートを見せた。


「…………まったくもって、その通りじゃない?」

「めくるわけないのにね」


 そんなことをしたらアウトすぎですわ。


「私に言われても…………あー、そう言ってほしいのね。春野さん、小鳥遊君とは幼稚園のころからの付き合いだけど、スカートめくりはしてなかったと思う」

「断言してよー」


 本当にしてないしね。


「いや、そこまで仲良しでもないし、私が見てないところは知らないよ。あとは三島君に聞いて」


 嘘でもいいから断言しなよ。

 それと、三島は信用できん。


「もちろん、わかってるよ。小鳥遊君、優しいしね」


 優しい?

 そんなこと、言われたことねーぞ。


「小鳥遊君が優しい…………え、春野さん、違う人の話をしてる?」


 こらこらー!

 俺もそう思ったけど!


「田中さん、それは深く追求しないでおこう。きっと春野さんが困る」


 俺はもっと困る。

 だって、俺が優しかったことなんてないもん(笑)


 俺は新しい席で好きな人と隣り合わせなことを喜んだ。

 この日の授業はこの高校に入学し、一番楽しかったのではないかと思う。


 なお、アリアは1番前の席であったようで、恨み節のメッセージが届いた。

 多分、金曜日にあんなだまし討ちをしたから罰が当たったんだと思うね!

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