第007話 アリアは良いヤツ


 俺と稗田先輩は職員室に行き、鍵を返し、バス停まで一緒に帰った。

 家の方向が違うため、そこでお別れだが、バスが来るまでの間、話をしながら時間を潰していた。

 しばらくすると、バスが来たため、稗田先輩と別れ、バスに乗り、自宅に帰った。


 家に帰ると、夕食まで時間を潰し、夕食を食べた後は風呂に入り、自室に戻った。


 部屋に戻ると、机の上に置いてある携帯の通知ランプが点灯していることに気が付いた。

 携帯を見ると、アリアからメッセージが届いていた。


【さっき聞いたんだけど、ミユキと進展したってマジ!?】


 下世話な女だな。


 俺は若干、呆れながらもメッセージアプリについている通話機能のボタンを押す。


 しばらく呼び出しの音楽が流れていると、音が止まった。


『何故に電話!? 普通、かける!?』


 うるせーなー。


「今、お風呂から上がったばっかりなの。めんどいから電話にした。どうせ根掘り葉掘り聞いてくるんだろ」


 女子はこういうのが好きだよねー。


『いや、そこまで深く突っ込む気はないんだけど…………』

「友達の事なのに? 姉妹のように育ったみゆきちの事なのに?」


 嘘を言うんじゃないよ。

 めっちゃ気になってんでしょ?

 自分に素直になりな。


『あのさ、自分が話したいだけじゃない?』

「みゆきちにどこまで聞いたん?」

『出た! ナチュ無視』


 ナチュ無視って何だよ…………


「無視してないから。で? どこまで聞いたん?」

『なんか筆談したって言ってた。交換日記でもしたの?』


 交換日記はさすがにないわ。


「俺が三島の代わりに図書委員に入ったのは知ってる?」

『うん。今日、女子の間でそこまでするか? って話題になってた』


 完全にストーカー扱いやないかい!


「いや、岡林先生に頼まれただけだよ? むしろ、みゆきちが図書委員なのを知らなかったし」


 普通、部活やってんのに委員に入るか?

 俺なら絶対に嫌だ。

 実際、中学の時も何とか委員ってあったけど、部活を理由に断っていた。


『まあ、そうだろうなーとは思ってた。あんなに避けてるのに、何故にそこで近づくって感じだもん』

「三島とは仲いいし、付き合いも長いからなー。断れないわ」


 あいつも田中さんと同様に幼稚園からの付き合いらしい。

 例によって覚えてないけどね。


『なるほどー』

「そうそう。それで図書委員に入ったんだけど、俺、みゆきちとしゃべれねーじゃん?」


 今日の図書館の前の会話は我ながらひどかったね。


『いまだにこんなにおしゃべりな人間がしゃべれないって意味わかんないけどね』

「俺、そんなおしゃべりじゃないよ?」

『いや、めっちゃしゃべるじゃん。ってか、彼女でもない女子に電話する?』

「田中さんにはしない」

『いや、そこはしてよ! 仲の良さの比重がおかしくない? 10年以上同じクラスなんだよね? 何故、私に来る!?』


 テンションたけーなー。

 まあ、金曜だもんねー。


「田中さん、イタ電が多くて、電話出ないし。それにあの人、電話が嫌いだから」

『あー…………美人だしねー』

「そうそう。変なのが多いんだわ」


 怖い世の中だわ。

 あ、俺じゃないぞ。


『仲が良い人、他にもいるでしょ?』

「いや、いないかな。普通にしゃべる人はいるけど、基本的に男子と話すからなー」


 稗田先輩に電話してもいいけど、さすがに受験生の邪魔はできない。

 あんだけお世話になったのだから仇ではなく、ちゃんと恩で返したい。


『あの、私と小鳥遊君って、そんなに仲が良いっけ? 去年もたまに連絡は取ってたけど、あんましゃべったことなくない?』

「言っちゃダメなことが浮かんでるなー」


 多分、怒られる。


『言ってみ? 私、今、機嫌がいいから』


 金曜日だもんねー。


「将を射んとする者はまず馬を射よ」

『私が馬かい! そうだと思ったわ! やけに近づいてくると思ったわ!』

「マイフレンド!」

『もう何言っても嘘にしか聞こえんわー』


 これでアリアルートは消えたな。


「嘘はつかない主義なんだけどなー」

『逆に嘘をついてほしかったわ。それで? 何故かミユキとしゃべれなくてどうしたの?』


 何故かも何も理由は明白なんだけどなー。


「それで図書委員長がこのままではマズいから筆談で会話をしろと言って、筆談してみたら会話できた」


 大まかにはこんな感じ。


『へー、それは良かったねー。ミユキも嬉しそうだったよ。わだかまりというか、変な空気もなくなったって言ってたし』


 それは本当にごめんだわ。


「最後、ミスったけどね」

『また明日って言ったんだっけ?』


 みゆきち、めっちゃしゃべってんじゃん。


「そうそう。渾身のギャグがウケてよかったよ」

『ミスって言ったじゃん』


 揚げ足ばっか取るな。


「まあまあ。でも、ちゃんと謝れてよかったよー。今日も最初は無視しちゃったしねー」

『またナチュ無視? ひどいねー。ってか、謝ったんだ? よくその話題に触れたね』


 ん?


「話題?」

『え? 去年の告白のことを謝ったんじゃないの?』

「………………それは謝ってない」


 というか、そういうデリケートなのは触れてない。


『謝った方が良くない? 一応、去年、私が小鳥遊君からの謝罪を伝えたけどさー。直接…………筆談を直接って言うのかはわかんないけど、言った方がいいでしょ』

「まあ、確かに…………」


 その話題に触れないといけないのか…………


『でしょー?』

「うん。確かにそうだわ。そこを謝らないと今後のクラスでの生活に響くか……あと2年もあるし、わだかまりは消した方がいいわな……」

『…………ねえ、ミユキとどうなりたいの? 結婚とかの冗談はいいから』


 けっして、冗談ではないんだよなぁ……

 だから、問題なんだけど。


「うーん、せめて普通にしゃべれる関係になりたいかなー。クラスメイトとしゃべれないってきついし」

『…………それだけ? 付き合いたいとかは?』

「今さら? とうの昔にフラれてるよ?」


 しかも、秒。


『いや、まあそうなんだけどさ…………諦めた?』

「うーん、わかんないけど、そっちが強いかなー」


 好きであることは間違いない。

 付き合いたいとも思う。

 冗談ではなく、結婚したいとも思っている。

 だが、すでにフラれ、1年が経つ。

 その間、何もしないどころか、避けて、無視までしてきたのだ。


 無理じゃね?

 ようやく筆談で会話をした程度だぞ。


『ふーん…………難しいねー』

「何が?」

『色々とねー』


 濁すなー。

 気になるわ。


「まあ、仲良くなりたいとは思っているよ。それでうまく行けたら万々歳」


 今は付き合うとかそういう状況ではない。

 少しずつでも、他人以下の関係性を縮めようと思う。

 話はそこからだ。


『病気だもんねー。普通に会話できるようになった時が恋の終わりか始まりか…………』


 なんだ、その恥ずかしいセリフは……

 こいつ、最近、絶対に恋愛ドラマを見ただろ。


「お前、今、顔が赤いだろ」

『…………小鳥遊君のせいでしょ。小鳥遊君の病気がそんなんなんでしょ』

「恥ずかしいセリフを言わせてゴメンね」

『謝らないでよ…………えーっと、まあ、ミユキと仲良くなりたいとは思ってんだよね?』


 お、誤魔化した。

 多分、こいつ、電話が終わったらベッドにダイブし、もだえるな。


「だねー。というわけで、馬さん、みゆきちの連絡先を教えて」

『馬って言うな…………ってか、本題はそれか……だから電話してきたんだね。大体わかってきたけど、小鳥遊君って、ある程度、場を温めてから本題に入る人なんだね。将来、営業やりなよ』


 俺の頭の中に高い水を売りつける人が浮かんでいるのは何故だろう?


「いきなり男子が友達の連絡先を教えて言ったら感じ悪いじゃん」

『いや、馬さん発言でだいぶ感じ悪いよ』

「それは冗談だよ。アリアは反応がいいから、ついボケてみたくなっただけ」

『もうだいぶ信じられないわ。教えるのはいいけど、ミユキがいいって言ったらだよ?』


 まあ、勝手に教えるわけにもいかないしね。


「1対1で話すつもりはない。お前と3人のグループを作ろう。そっちの方がみゆきちもハードルが低いと思うな」


 絶対にそれがいい!


『断られるのが怖いのか、1対1が怖いのかどっち?』


 おやー?

 エスパーがここにもいたぞー。


「後者だ。自信ない…………」


 同じ文章での会話だが、筆談とはまた違う怖さがある。


『情けねー…………でも、断られるとは思わないの?』

「今日の筆談の盛り上がりから見てもその可能性は低い。しかも、断ったら今後の図書委員も気まずいし、俺の妹がいるバスケ部も気まずくなる。あの優しいみゆきちの性格から考えて、断る可能性は皆無だ。あるとしたら少しずつ距離を置く、フェードアウトだろう。だが、それもお前を間に入れることで難しくなる」

『小鳥遊君、たまに怖いよね…………全然、情けなくなかったよ。あの折れるまで告白するって言ってたのが現実味を帯びてきたよ…………田中さんが思考がイカれてるって言ってた意味がすごくわかってきたよ』


 アリアがちょっと引いている。

 いや、かなりだな。


「大丈夫。しゃべれないから」


 そこまで出来る精神力もない。


『サイコ――』

「サイコパスって言うな」

『絶対に言われたことあるな、こりゃ。サイコパスで有名な小鳥遊君だ』


 こいつ、我らが桜中学校生のアイデンティティを使いこなしてやがる……!

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