第005話 運命の歯車は回りだす


 どうやら俺の運命の人はガチで運命の人らしい。


「マジですか…………?」

「うん」


 俺は稗田先輩に再度、確認したが、マジらしい。


「あのー、出来たら勘弁してほしいんですけど…………」

「ん? どうして? 小鳥遊君が進んで、図書委員になったんじゃないの?」


 あ、ストーカーと思われてるし。

 ってか、さっきの浅間先輩の反応もそれだな。


「いや、マジで知らないっす。俺、委員を決めた日は休んでましたし、三島の代わりになったのも岡林先生から言われたからです。俺、帰宅部で他の委員に入ってませんし」

「あ、そうなんだ」


 稗田先輩はあからさまにホッとした表情になる。


「図書委員長である先輩ですらその反応でしょ? 俺が春野さんと組むのはやめたほうがいいと思います」


 というか、俺が嫌だ。

 みゆきちや他の人にストーカーと思われるし、何より、俺はみゆきちとしゃべれないし、変なことを口走りそうでしゃべりたくない。


「と言われてもねー」


 稗田先輩は難色を示す。


「俺、先輩とがいいです。一緒に仕事しましょうよー」

「うーん、ごめんねー。一応、同じクラスの人とやるって決まりだし、それに、ここであえて、他の人と組む方が不自然じゃない?」


 まあ、不自然かもしれん。

 ガチ感も出るかもしれん。


「きっつい…………」

「そこまで? プロポーズするくらいには好きじゃないの?」


 当たり前だけど、知ってるのね。


「だからきついんですよ。アホな告白をして、秒で玉砕したことで有名な小鳥遊君ですよ? 気まずいです…………」

「うん…………それは知ってるけども…………」


 それも知ってんのね。


「同じクラスになって気まずいなーと思ってたらこれか…………泣きそう」

「あのさ、それ、結構、春野さんに失礼じゃない?」

「わかってますよー…………でも、きついんです」

「うーん、逆に考えてさ、一緒に仕事して、気まずさをなくせばいいんじゃない?」


 簡単に言うが、そんなに上手くいくだろうか?


「先輩、明日の放課後、暇です?」

「いや、受験勉強があるけど…………」

「ここでやりましょう。僕、新人なんで不安です。勉強の合間でいいんで、仕事を教えてください。ついでに間に立ってください。いい感じにしてください」


 間を取り持ってー。


「う、うん。わかった」

「稗田先輩は優しいなー」

「君は強引だね」


 図々しいって、よく言われる。




 ◆◇◆




 翌日、アンニュイな気分で授業を終えた俺は重い足取りで図書館に向かう。

 春野さんは先に教室を出たので、おそらく、すでに図書館にいるだろう。


 昨日、寝ずに考えた対みゆきち作戦では、俺が寡黙キャラになるという方法でいこうと思っている。

 無理にしゃべろうとするから変なことを口にするのだ。

 こちらからは話しかけず、聞かれたことだけを答えようと思う。

 上手くいけば、知的に思われるかもしれないし、もしかしたら、そのうち、みゆきちに慣れるかもしれない。


 俺はこの完璧ともいえる作戦を考え、実行する。

 実行するのだ。

 よ-し、やるぞー!


 俺は気合を入れながら歩き、図書館に到着した。

 しかし、図書館に入るためのガラスの扉が開かない。


 むむむ、鍵がかかっているのかもしれない。

 そうか、今日は休館日に違いない!


 よし! 帰ろう!


 俺はくるりとその場でUターンをした。


 すると、目の前には困った顔をして俺を見ている女神様が降臨なされていた。


 ぎょえー!!

 何故に後ろにおるん!?

 先に教室を出たじゃん!


「えーっと、どうしたの? 開かないのかな?」


 まさかの展開だ。

 女神の方から話しかけてきた。


 えーっと、寡黙、寡黙、寡黙キャラでいくんだっけ?

 いや、聞かれたら答えるんだった!

 ん?

 何を聞かれたっけ?


「い、いい天気だね?」


 タンマ!!

 今のはない!!


「う、うん、晴れてるし、暖かいよね」


 ほらー!

 めっちゃ反応に困ってんじゃん!

 微妙な苦笑いじゃん。

 そんな顔もかわいいわー。


「けっこn…………!」

「ん?」


 あぶねー!

 俺は何を言うつもりだった!?


「け、結構、図書館だね!」


 あかん!

 俺は何を言っている!?


「うん。図書館だね。それでどうしたの? 開かないの? ずっとドアの取っ手を握ってたけど…………」


 見られてるぅーー!!

 ずっと見られてたーー!!


「開かないかもー…………」


 俺がそう言うと、みゆきちは俺の横を通りすぎ、さっき俺が握っていたドアの取っ手を握った。


 ひゃー!

 いい匂いがするー!

 しかも、さっきまで俺が握っていた取っ手を握ってるー!

 間接握りだー!!


 …………いや、間接握りって何だ?


「あれ? 普通に開くよ?」


 みゆきちはキョトンとしながらドアを開け閉めする。


 ゴメン。

 俺が普通じゃないんだ…………


「そっかー…………勘違いだったかもー?」

「そ、そうなの? えーっと、入る?」

「ど、どこに!?」

「…………図書館に用があるんじゃないの?」


 そうだったー!


「う、うん。そう、用があるんだ。仕事、仕事があるんだった」


 三島の代わりをしなくては!


「そ、そうなんだ。えーっと、どうぞ」


 みゆきちが俺に図書館に入るように促す。


「いや、みゆ、春野さんがお先にどうぞ」

「え? いや、でも…………」


 そこで断らないで!

 いや、待て!

 もしかしたら、俺を後ろにして歩きたくないのかもしれん!

 後ろから襲われるかもしれんし!


 自分で言ってて、悲しくなるな…………


「あのー、先に入っていいですか?」


 俺とみゆきちがドアのところで譲り合いをしていると、後ろから声が聞こえたので振り向く。

 そこには昨日会った稗田先輩が呆れたような表情で立っていた。


「稗田先輩!!」


 俺は自分でも声のトーンが上がったなと思った。


「うん。何してんの?」

「ちょっとドアの調子を見てただけです。あ、先輩、どうぞ」


 俺は稗田先輩を先に通すと、自然に続き、図書館に入る。

 そうすると、みゆきちも俺達に続いた。


「今日はすみませんでした。忙しい時なのに…………」


 俺はわざわざご足労いただいた稗田先輩に謝罪をする。


「…………うん。春野さん、先に来て説明しようかと思ったんだけど、ごめん。あのね、三島君が家の都合で図書委員を続けられなくなったの」


 稗田先輩は俺を軽くスルーし、みゆきちに説明を始めた。


「え? 三島君が? どうしたんですか?」


 みゆきちは心配してそうな表情をする。


「いや、詳しいことは私も聞いてない。家のことだし、聞きづらくてね…………」

「あいつの親父が博打で擦っただけですよ。それであいつはバイトです」


 俺は事情を教えてあげることにした。


「あ、そうなんだ…………大丈夫かな?」


 みゆきちがさらに心配そうな表情をする。


「………………」

「…………大丈夫なの?」


 しばらく無言が続くと、見かねた稗田先輩が聞いてきた。


「いつものことなんで。借金とかそういうことではないですし。ただ、あいつも部活があるんで、両立は厳しいってことみたいですね」

「………………うん」


 稗田先輩が微妙な表情をしながら頷く。


 俺達はそのまま図書館に入っていき、受付まで来た。


「それでね、この小鳥遊君が岡林先生に頼まれて三島君の代わりを務めることになったの」


 稗田先輩は優しい。

 ちゃんと岡林先生に頼まれたということを強調してくれている。


「あ、なるほど。だから小鳥遊君が図書館にいるんだ」


 みゆきち、俺の名前を知ってんの!?

 いや、そら、知ってるか。

 同じクラスじゃん。


「……………………」


 何か沈黙になったな。


「…………あー、春野さん、悪いんだけど、先に本棚のチェックをお願いしていい? 私は小鳥遊君にパソコンの使い方を教えるから」

「わかりました」


 みゆきちは稗田先輩の頼みを了承すると、本棚が並んでいる方に行ってしまった。


「…………ふぅ」


 俺は何となく一息ついた。


「見てたけど、想像以上にひどいね」


 稗田先輩が椅子に座り、俺をジト目で見てくる。


「何がです?」

「いや、君達が入口の前で話してたところを最初から見てたけど、会話はかみ合ってないわ、まったく春野さんと目線を合わせないわ、私を見つけたら明らかに安堵するわ、春野さんをナチュラルに無視するわ、ひどすぎ」


 こいつ、最初から見とったんかい!


「最初から見てたんですか? 早く助けてくださいよ」

「いや、もうちょっとちゃんと会話するのかなと思ってた。昨日の私に対する馴れ馴れしさはどこに行ったの?」

「普段はああなんですけどね。実は春野さんに対してはずっとあんな感じになるんで、避けてます」

「でしょうねー…………それでテンパって、プロポーズなわけか…………」


 その通り!


「先輩、帰っていいっすか?」

「ダメ。ねえ、春野さんが傷つくとは思わないの?」

「思いますね。逆の立場なら胸倉掴んで、『何だテメー! 目を見て、ちゃんとしゃべれや!』です」


 ヤンキーな春野さんもいいなー。


「そこまではしなくてもいいけど…………わかった! 私に任せなさい。小鳥遊君、ちょっと奥でお茶を飲んでて」

「パソコンは?」

「こんなもん、誰でも使えるよ。さあ、行って、行って」


 稗田先輩は立ち上がると、俺の背中を押し、奥に追いやる。


 俺は言われるがまま、奥の部屋に入り、ドアを閉めた。

 そして、お茶を淹れようとしたが、やり方がわからなかったので、諦めて席に座る。


 まさか、ここで終わるまで待機なんだろうか?

 クビかな?


 俺はどうしようと思いながらも、そこで待機し続ける。

 俺がしばらくの間、待っていると、ふいに扉が開いた。

 俺は稗田先輩かなと思って、扉の方を見ていたが、入ってきた人物を見て、すぐに目線を下に落とす。


 入ってきたのは稗田先輩ではなく、みゆきちだったのだ。


 何故に!?

 仕事は!?


 俺はどうしようかと焦るが、どうしようもないので、視線を斜め45°に固定し、心の中で般若心経を唱えていた。


 すると、みゆきちが何故か俺の隣に座った。


 何故、隣!?

 他にも席があるじゃん!!


 俺は頭の中がパニックになるのがわかった。


 隣の席に座ったみゆきちはカバンからノートを取り出し、何かを書き始める。


 お勉強かな?

 偉いね。

 宿題、あったっけ?


 みゆきちが何かを書いてるなーと思っていると、みゆきちがノートをスッと俺の前に滑らしてきた。


 ん?


 俺は条件反射的にそのノートを見た。


『お茶飲む?』


 ノートにはそう書いてあり、その文字の横には湯気が出ているお茶の絵が描いてあった。


 かわいいねー。

 いや、ってか、なんで筆談!?

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