ライトノベルな世界が間違っているのはコンプライアンスの所為である。

火雪

第1話

『 世の中には異世界転生、異世界転移といった作品が溢れている。それは読者が求め、憧れているから。僕も憧れる1人だ。憧れる理由は、僕の生きる世界が腐っているからだ。改革が必要だ。宇宙から隕石の飛来して、消滅させて欲しい。もしくは、謎の化学兵器で世界中の人たちをゾンビにして欲しい。あと個人的理由だけど、僕の嫌いな人間だけ死滅すれば良いんだ。嫌いな人はみんな消えて欲しい。僕に構わないで欲しいんだ。世界が僕を嫌うなら、僕が世界を嫌ってやるんだ! 好きになんて、なるもんか! 世界が僕の敵で、僕が世界の敵で良いんだ! 立ち位置が悪党側でも全然、構わない! ………なんて、ライトノベルのキャラクターっぽいことを言っても、逃げているだけ。理解している。僕は矮小な存在。異世界へ逃げようとして、この世界が崩壊に向かうことを夢、見てる。そう。この物語は世界崩壊を希うあまり、異世界転生をしたい弱虫な僕の悲しき物語だ。』




「 ―――――― と、いうのはどうでしょうか? まだまだ序章段階で、改良の余地を残しつつ、物語を構成しています………部長はどう思いますか?」


漫画アニメ映画研究会 " 始まり " の部室で、僕の描いた小説の初期構想を説明した。この場には、僕を含めて部員が8名。真面目な先輩に、不真面目な同級生などクセが強い部員に囲まれ、日々、切磋琢磨している。

先程、意気揚々と説明した小説。自分的には、一生懸命に分析をした結果だ。今、小説サイトや書店に並ぶ作品には、必ずといって異世界関連が非常に多い。

統計の結果、人間という生き物は努力を好まない。楽して、成果を得たいと思う人種に溢れている。それは本質で悪ではない。楽をするという思考回路は、生きる上で、皆無には出来ない。そういう側面から異世界転生や転移は好まれる。

あと物語構成上、主人公は歪んでいる傾向が多い。僕の偏見かもしれないけど。とりあえず欠点を抱えている主人公が、欠点を克服する物語。と、基礎を考え、プロットを作成した。荒削りな事は理解している。だからみんなの前で説明した。今度、小説大賞に応募するから、忌憚なき意見が欲しかった。


「とても素晴らしいと、私は思いません」


部長 金敷かねしき 青海あおみさんが口を開いた。辛辣だ。

「思いません」と言う単語の重み。破壊力は抜群だ。口を閉じ、反省すべき案件だとバカでも分かるけど、ここでの沈黙は部長が悪者みたいに見えてしまう。黙るも地獄、話すも地獄。僕が歩こうとしているのはこういう世界だ。プロの作家になれば、アンチが自然と湧く。スルースキルも大事だ。けれど、忌憚なき意見を求めていたのに、コメントを頂いたリターンがノーコメントはダサい。改善出来る意見なら改善する。否定意見、肯定意見、全てが養分になり得る。部長のコメントにも返答が不可欠。部長を悪者のままにしないために僕は質問する選択肢を選ぶ。今はまだ、挑戦者ということを忘れないために。


「部長、差し支えなければ、具体的に聞いても良いですか?」

「はぁ? 何様よお前?」


副部長 飯島いいじま 斗真とうまさんが割って入った。言い方もさることながら、顔面の左側が怒りでひしゃげている。相当、睨み付けないとあの様な形相にはならない。まるで非対称のお面を被っている様だ。

僕は情けないことに少しだけ、後退ってしまった。恐怖からではなく、厚かましいことを言ってしまったという後悔から、目眩がしたからだ。しかもそれを副部長の前で、聞くこと自体が愚策。

副部長は、部長と同じ学年で尚且、クラスメート。かなり近い存在で、皆が部長と呼ぶのに副部長だけ「 青海 」と呼び捨てにする仲だ。その事象を誰も咎めないし、部長本人も、何も言わない。部長の中では、まだ同好会の域を出ない " 始まり " 内で、部長や副部長という役職で呼ばれることに違和感を感じている様だった。その一方、副部長は、役職という存在にかなりの拘りがある。自分(副部長)を通してから部長という方程式が存在するみたいで、副部長を飛ばして、部長に質問等をすると執拗に嫌がらせをする。それを認知済みだったのに、軽はずみな言動だった。


「飯島くん、そういうのは良くないです。彼は私に聞いています。飯島くんが答えるのは変です」

「チッ」


大きな舌打ちだった。空間を超越するというか、支配するというか、単純に嫌な〜空気にした。

僕は一応、副部長に頭を下げて、部長を見た。相変わらず真っ直ぐ、人を見る人だ。背筋も伸び、座り姿も美しい。女性には、好意を寄せる理由が沢山けど、僕は、やはり綺麗な人に好意を寄せてしまう。部長は、顔も綺麗だけど、立ち振舞が本当に綺麗だ。見ていて、うっとりしてしまう。時間が止まった様な感覚だろうか? お酒に酔った様な感覚だろうか? 勿論、お酒を飲んだ事はない。〜だろう。で、話してしまうのは、僕の悪い癖だ。だけど、部長に関しては、本当にそんな抽象的な感覚に襲われてしまう。


「では、上数くん。良いですか? 何故、多く溢れる異世界作品で小説を書こうとしたんですか? 着眼点で言えば、とても悪いんではないですか?」


部長の意見はごもっともだ。

既存する異世界作品の数々に、僕の作品が埋もれてしまうことを危惧しているのは理解出来る。選考にも残らず、一次審査で落とされると予想するのが、自然。

けど、異世界作品は爆発的に売れている。売れるからこそ、ここで芽が出れば安泰なんだ。無理だと断罪されようと、敢えて、この激戦区で勝負する。勝負に生き残った時点で、僕の勝ちだ。こんな結果が見えた勝負、しないのは男ではない。

故に僕は胸を張って言う。


「分かっています。だからこそです。今の市場に異世界作品で溢れ返っているからこそ、そこでデビュー出来ば、絶対的に売れるってことです」


自信満々に言い切った。自然とドヤ顔になっているのは、副産物なのだから御容赦願いたい。分かっているからこそ、その後に顔が熱くなった。人間が出来ていない証拠だ。

アレ? 気の所為かもしれないけど、部長の顔が紅潮している様に見える。どういうことだろうか? 


「上数くん、今の言葉は素敵です」

「あ、ありがとうございます。頑張ります」

「では、次、作品を発表した方、どうぞ」


僕は教壇から降り、教卓を囲むようにアーチ状に並べられた椅子の一番、外の椅子に座った。部長は当然ながら、教卓の目の前に鎮座している。僕の席からは離れた位置だ。

盗見する様に、斜め後ろから部長を見た。他の部員が自分の作品を発表している間も、部長から目が離せられない。

この胸の高まりは、部長に認められたからなのか? 部長の好意が最高潮になっているのか? 僕は分からない。けど、確かめたい。部活が終わった後に、部長と話したい。そう思うと行動は早かった。手が勝手に動き、スマホを操作してメッセージを部長に送った。


『 部長。部活終わりに話しがあります。良いですか? 』


メッセージは帰って来ない。今、部長は他の部員の話しを一生懸命に聞いている。だからと言って、誰であろうとメッセージを無視する人ではない。従って

部活が終わるのを待てば、自ずと結果が分かる。


               ・

               ・

               ・


部活が終わる。


みんなが帰り支度して帰る中、僕だけが動かずに座っていた。同級生に「帰ろ」っと、誘われたけど断った。

数分後、教室内に僕と部長だけが残った。

外はオレンジ色になっていた。夕日が良い具合に差し込み、教室が燃え上がった様な錯覚に陥る。

窓の施錠を確認する部長の姿がとても綺麗で、名画の様だった。

このまま、何時間でも観ていられる。名画に酔うとは、こういう状況を表するんだろう。

すると、視線に気付いた部長が僕に笑顔を向ける。なんて可愛いんだ。世界中の美しいがここに集約されたに違いない。今、この瞬間だけ世界の美しいと言われている物や人は霞んでいる。

そんな笑顔だった。

あまり見詰めるも失礼だと、判断した僕は口を開く。


「部長?」


部長は笑顔のまま停止後、電気が通った玩具みたいに口を開いた。


「いえ。何もありませんよ。あ! そうです! 上数くん。メッセージ見ましたよ? どうしましたか?」

「あの〜えっと」


言葉が出ない。僕は何を部長に聞こうとしていたんだっけ? 小説の評価の続き? 単純に部長と会話がしたかった? いや、うん。そうだ。僕は部長と話がしたんだ。

そうモジモジとしている。部長の方から口を開いた。


「あ、なるほど。うむ。分かりました。私も話しがあります」

「え?」


話し?

全然、分からない。僕が部長を見ていたことが気持ち悪いとか? 

僕が部長に好意を抱いていることを察知して、先手を打つ? 

「彼氏が居るので、迷惑です」とか、言われる? ってことだろうか。


「上数くんも……だったら嬉しいんですけど………上数くんが好きです」

「!? あ、ぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ僕も好きでしゅ! 部長が!」


思った以上に声が大きかった。しかも噛み噛みだった。小学生の告白の方がスマートな気がする。怪我の功名なのか、部長は笑っている。けど、その瞳はちょっとだけ涙が滲んでいた。


「部長、なんで泣いているんですか?」

「上数くんは、乙女心が分からないんですね。これは嬉し泣きです」

「ああっ〜すみません」

「謝るのも駄目です。ちょっとここを片付けるので、正門の前で待ってて下さい。顔も涙顔なので」

「はい!」


幸せ者だ。今は世界一幸せ者なんだ。異世界の作品を書いているけど、絶対に異世界なんて行きたくない。僕はここで部長という大好きな人と生きる。異世界に行ったら、部長がいない。そんな世界は必要無い。

世界は満たされているんだ。必要以上に望むのは、罪だ。

僕はスキップ混じりで、正門に向かう為に階段を降りる。


だが、その時だった。


背中を思いっ切り押された。押された背中が痛すぎて、軽トラックが背中にぶつかったんじゃないかと思った。激痛に耐えている間も時間は進む。背中に加えられた力は、前方に作用し階段から転げ落ちる。

浮かれているので、受け身が間に合わず、回転しながら首から床に激突した。首が変な方向に折れているのは、分かった。

鈍い音と同時に背中以上の激痛が僕を支配したからだ。


声が出ない。

痛すぎて、叫びたいのに声を出せない。首の骨が折れた拍子で喉に刺さった所為かもしれない。

口から血が溢れているので、多分間違いない。

僕は最後の力で、階段の上を見上げた。

そこには、副部長が涙目で僕を見下ろしていた。


「お前が悪いからな! お前が青海を奪うからだ! お前なんて死ね! 死ね!青海は俺のだ! お前みたいな奴に青海を渡さない! お前が悪い! お前が悪いんだ! 俺は悪くない! お前が全部悪いんだ!」


悲痛な叫びだった。

そっか、副部長は部長が好きだったんだ。そうか。


続く。

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