24.無明の叫び声 —絶叫—-2


『ヤミィ・トウェルフのことですよね。ヤミィのことは、うちにも資料少ないんです。ネザアスの資料のほうがまだ見つかります。叛乱の際に徹底的に情報が消されたんでしょう』

 いつものリモートお茶会。画面の中、紅茶を飲みながら、フヅキ・イグノーアはため息をつく。

『しかし、貴女やユーネのお話を聞くと、どうもそのルーテナント・ワイム。YM-012という白騎士は、相当ヤミィに影響されているように思えますね』

「ええ。他の連中も、なんだか普通の白騎士みたいでなくて。質の悪い白騎士には、僻地にはつきものだけど、彼らと比較してもレベルが……。ユーさんは、あれはマザリモノだって。黒物質ブラック・マテリアルが入ってるって」

『混ざり物? もしかして、獄卒だって言いたいのでしょうか』

「そんな気もするの。あいつらが獄卒なら、レベルの低さや、あたしの歌が効いた理由もわかる。でも、獄卒って、基本的にどうなってもいい重罪人を使って作られたんでしょう? 白騎士に混ざって配置されているなんて、イノアはあり得ると思う?」

 イノアは、うーんと唸り、伊達メガネのつるをさわる。

『しかし、あり得なくはないと思いますよ。上が何を考えているのかわかりませんが、そのワイムという第二尉ルーテナントとその取り巻きは、おそらく、再利用白騎士ってやつですもんね』

「あなたが言っていた、死亡した優秀な白騎士を複製してもう一度白騎士にしたっていう?」

『ええ。そのクローニングには、さすがに倫理的観点から、管理者アドミのなかでも反対があったと聞いています。そんな連中を配下に置いてるんですから、なんでもやりそうですよ』

「フォーゼスさんも、そんな意見だったわね」

 イノアは頷く。

『ユーネが言っていたことも気になります。ワイムは、貴女をヒトとして見ていないって言ってましたね』

「ええ。ユーさんは、あいつはあたしを鉄みたいなものだとして見てるって」

 イノアは真面目な顔になる。

『それは、重要なヒントじゃないでしょうか。ユーネは、説明があまりうまくありませんが、勘の鋭い子です。材料、鉄、それって、私たち魔女の体の、灰色物質アッシュ・マテリアルのことではないです? あれは金属とうまく混ぜれば灰色合金という材料になりますよ』

 む、とウィステリアは、眉を寄せる。

『魔女は黒物質へのアクセスを強めた結果、特に黒騎士と相性が良くなりました。彼等のための武器として利用された過去がある。ネザアスの剣もそうでしたよね』

「ええ。でも、今は黒騎士はいないわ」

『黒騎士がいなくても、獄卒がいます。彼等は黒物質ブラック・マテリアルをその身に宿しているので、劣化型の黒騎士といえます。黒騎士が魔女を相棒として持つことで精神安定することや魔女由来の武器で強化されることは、ドレイクやネザアスの事例で判明しています。それを獄卒に応用しようというレポートを読んだことがあります。それに、ワイムと取り巻きは、フォーゼス隊長と同じゼス計画の白騎士だと。だとしたら、黒騎士に近い体質を持つ。魔女の灰色物質アッシュ・マテリアルでできた武器は、彼らにとっても唯一無二の使い勝手があるのでは』

 ウィステリアは、深くため息をつく。

「そうか。もう、あたしたちの灰色物質アッシュ・マテリアルなんて使い道がないって思っていたのにね」

『貴女は、ネザアスのお守りをなくしたと聞いています。もしかしたら、それが原因で、あなたに接近しやすくなったのもあるのかも』

「ああ、それは、そうかもしれない」

 ネザアスは、あの時、創造主アマツノ・マヒトと取引をしたという。ウィステリアに渡した血文字のメモは、取引材料だったはずで、それがなくなった今、アマツノは彼とのゲームを続ける理由はないだろう。

 冷酷な創造主カミサマが自分を覚えているとも思えないが、周りがそれで配慮を止めるかもしれない。

『更に言えば、ワイムの救出と同時に今まで感知されていた大物囚人の汚泥反応が、島周辺から消えている。これ、無関係だと思えません』

「たしかにね。あたしは、それは怪しいとは思っていたわ。もしかして、アイツを感知してたんじゃないかって」

 イノアは唸った。

『なににせよ、ルーテナント・ワイムとかいうのが、まともなやつには思えません。島にいても気をつけるべきです。ウィステリア』

「ええ。わかったわ。色々、ありがとうイノア。頼ってばかりでごめんね』

『構いませんよー。調べ物は好きですからっ』

 そう言いながら、イノアはすこし照れている。こういうところは、結構可愛らしい。

『それはそうと。フォーゼス隊長とグリシネの、あれ、なんなんです?』

 不意にイノアがそう尋ねてきた。

「ああ。アレね。なんなのかしらね」

 ウィステリアは深々とため息をつく。

「フォーゼス隊長が来る時にグリシネが、折悪く通信してくる時があってね。てなると、お互いの空気がものすごく険悪になるのよ。それでなくても、グリシネの態度が一層冷たくなっちゃってて、実はパーティーの詳しい報告や調査結果もろくに伝えられてないの」

『フォーゼス隊長が怒るのは理解できますが、グリシネの態度は謎ですね。うーん、でもー、もしかして、それ、やきもちではないですか?』

 イノアがなんとなく楽しそうだ。ふふふーん、とおもしろそうに言う。

「やきもち?」

『そうですよ。だって、変な噂があるのに、ウィステリアに彼のこと一切聞いてこなかったんでしょう? あのカタブツのグリシネにはおかしいです。あの二人、何かあるんじゃないですか?』

「フォーゼスさんは覚えがないって感じで言ってたんだけどなあ」

『フォーゼス隊長は鈍感ですからねー。こちらが知らなくても、あっちに事情があるんじゃないですか? ふふ、ちょっと面白いですね』

「だめよ。面白がっちゃ」

 にやにやするイノアをそう嗜めつつも、たしかにウィステリアも興味はある。あの氷の女グリシネに、スキャンダルでもないけれど、そんな恋愛沙汰の話があるのだとしたら?

『グリシネのこと、ちょっと調べてみます。面白いことがわかれば、教えてあげますね!』

「イノアも悪い子ね」

 ウィステリアは苦笑しつつも、報告が楽しみな自分が隠しきれなかった。



 戦場を巡る激しい戦闘の音。

 爆発音。刀の交わる音。

 飛び散る汚泥。血の赤い色。

 恩寵の黒騎士、ドレイクにとっては、さほど珍しくもない戦場だったはずだ。

 ただ、相手が特殊だった。

 その関係性が直接的なものではないにせよ、黒騎士として一番初めに作られたドレイクにとって、守るべき弟妹として定義されていた他の黒騎士たちを相手にするのは、どこかで心が軋むものだった。

「アンタには向いてねえよ。この仕事」

 奈落のネザアスが、戦場に出向く前に言い放ったのを覚えている。

「今のうちに帰んなよ。おれがいれば大丈夫だ。ヤミィのやつを倒せるチャンスだ。アンタに邪魔されたくねえんだよ」

 ドレイクには、そもそも冷徹さが求められていた。

 もともと、彼のモデルになったのは、そうした男だった。自分の都合で人が殺せる、そうしておいて、なにも心を動かされないような、そんな男。

 しかし、ドレイクは、どうしてもそうはなれなかった。そうした男が自分のモデルだということすら、心のどこかで許せなかった。

 絶対的な主人から求められる姿と、実際の自分の乖離が激しかったのだ。思い悩む間に、自分と同じように作られ、同じように危険な男のモデルを持っていたはずの弟ネザアスが、自由奔放に生きているのが、妬ましくも羨ましかった。

 彼が主人のアマツノ・マヒトから可愛がられ、その命名の能力を評価されて、アマツノの娘の名前をつけることになった時は、内心、激しく嫉妬したほどに。

 しかし、そんな弟ですら本当はただのコマとして扱われていること、そして、彼自身がそれを知りながら努力しているのを知ってから、彼の印象も変わった。

 しかし、流石にその暴言まがいな言葉には腹を立てた。彼は弟を無視して戦場に出、彼を出し抜いた。

 だが、ネザアスの言葉は、確かにある種真理を突いていた。

 間接的には弟にあたる、黒騎士のヤミィ・トウェルフと対峙しながら、ドレイクはどこかで彼らと戦うことを迷っていた、

 だから、隙ができたのだ。

 いつものようにカウンターで反撃すれば、強靭なヤミィ・トウェルフといえど、下すことはできる。そんな確信が彼にはあった。

 しかし、ヤミィが飛びかかってくる一瞬、前方で大きな爆発が起き、ドレイクはその閃光をまともに見てしまったのだ。その分、動きが遅れた彼に、躊躇いのないヤミィの重い一撃が下されようとしていた。

 が、いきなり後ろに引き倒された。

「危ねえ! 兄貴、どけ!」

 いつのまにか、自分の後ろまでたどり着いていたネザアスが、躊躇なくドレイクを押し退けた。そして、すでに半身が真っ黒な泥のようになったヤミィ・トウェルフに一閃を見舞った。

 が、それゆえに彼は避けられなかったのだ。

 上からの命令で右目や右腕を再生していたこともよくなかった。彼はそもそも、右腕が失われていることを前提に訓練していた。バランス感覚の微妙な変化は、彼の回避能力に激しく影響している。

「ネザアス!」

 赤と黒の混ざった液体が散らばる。

 ドレイクは、自分は叫んだりすることはないと思っていた。そんな豊かな感情の起伏は、想定されていなかった。元々感情の薄い冷徹な男のはずで、しかし、何かの手違いで多少人間めいた優しさを手に入れていたけれど、それとこれとは別だと。

 しかし、自分を庇ったせいで右半身にヤミィの重い一撃を受けた弟の姿を見た時に、彼はたしかに絶叫していた。


 島の入江はいつも静かだった。

 流木に腰掛けて、黒騎士、ドレイクはひとり波の音を聞いている。肩には機械仕掛けの蝶が、羽を休めていた。

 目の悪いドレイクは、完全に見えない日もあれば、光を認識できるできる日、うっすらと見える日もある。

 奈落のネザアスが発狂し、叛乱した時、彼はネザアスに会いに行った。彼を操作するための武器を手放させ、正気に戻すことに成功したが、追手を食い止めている間に強力な爆弾を落とされた。一命は取り留めたが、その時に目を負傷した。それ以降、かれの視力は一定しない。

 しかし、それゆえに気配には敏感だ。

「なにをしに来た?」

 誰かが近づいてきた気配を察知して、ドレイクは尋ねる。

「元気かどーか見にきた」

 来たのがユーネだと、ドレイクは既に分かっていた。ユーネは眉根を寄せた。

「またメシ食ってなイだろ。差し入れ、減ってなかっタ」

「そうか、昼時なのを忘れていた。しかし、お前もそうではないか? 昔からよく飯を抜いていた」

「おれはへーきだけど、倒れるまでには補給する。ドレイク、限界までメシ食わなくて、倒れてから食うやつ。だから、確認しにきてル」

 ほら、とエネルギーチャージ用ゼリーを手渡し、ユーネは彼の隣に座った。

 ひよひよと声が聞こえるのは、ユーネの肩の黒いひよこのノワルだ。

「なんだ、ノワル。浜、散歩したイか」

 ユーネはノワルを砂浜に離してやる。そのまま、ぱたぱたと砂浜を歩き出していく。

 しばらく、さざなみの音だけが二人の間に流れていた。

「何か、おれに聞きたいことがあって来たな」

「よくワカルな」

 ふっとドレイクは苦笑する。

「お前は不本意かも知れぬが、付き合いが長い」

 それにユーネは返事をせずに、本題に入った。

「この間、ヤミィに会っタ。正確にはヤミィ・トウェルフの複製のヤツ」

 ユーネはノワルを目で追いかけつつ、

「ヤミィのこと、全部知らない。でも、ヤバイやつなのわかる。アイツはウィスを狙ってル。ドレイクの言う通りだった」

 ユーネは、右袖を押さえる。

「アイツ、とても強い。あいつとあってから、体痛くなっタ」

「幻肢痛だろう。元から持病だったからな。奴と出会って影響されたのもある」

「それデわかった。おれ、今のままダト、あいつに勝てない。アイツ、多分、本当のヤツより弱いと思う。それでも、オれには無理」

 ユーネは険しい表情になっていた。

「ドレイク、アイツに勝つにはどうしたラいい? あいつは、ウィスを狙う。ウィスを材料にシテ、強い武器を欲しがってル」

 ドレイクはしばらく無言だったが、ふと息をつく。

「そこまで思い出したのなら、仕方がない。ヤミィ・トウェルフは、アップデートのたびに強さを求められていった男。その男のコピーも、どこまでも強さを求める。灰色合金アッシュ・アロイを使用した武器はそのためのもの。灰色合金は、我々と馴染む。生体エネルギーを流し込んで、それを威力に反映させられる。奴なら必ずその武器を求める」

 ドレイクは彼にしては長話をした。彼らの足元で、黒いひよこのノワルがぺたぺた砂浜を歩き回っている。

「お前が奴より劣っていると感じるのは、戦闘経験がないからだ。我々、初期ロットの黒騎士は、人間と同じく経験によって強くなっていく。その為、戦闘訓練や実戦の蓄積データがなければ、本来の力が活かせない。お前にはその記録が欠落している」

 ドレイクは、すこしためらいつつ、

「ゼラチン・チップの話をしたな。あれで、楽器は弾けたか?」

「ああ。ばいおりん、うまく弾けた」

「そうか」

 ドレイクは目を伏せる。

「ゼラチン・チップが正常に機能したなら、きっとお前もアレを活用できる。それを使えば、ヤミィに匹敵する戦闘力を回復することができる」

「アレ?」

「バックアップ」

 ぼそりとドレイクは告げた。

「ばっくあっぷ?」

「黒騎士は熱に弱く、戦闘時の負傷で記憶が消えることがある。しかし、戦闘用の我々にとって戦闘経験だけは消してはならぬ重要な記録メモリーだ。だから、おれもネザアスも、必ずバックアップを取っている。……経口用のゼラチン・チップを摂取すれば、いつでも即座に復元できるように」

 ドレイクは、静かに言った。

「特にネザアスは、その点は几帳面だった。この島はそもそもは、やつの縄張りのエリア。この島のどこかに、必ずネザアスのバックアップデータが存在するはずだ」

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