8-4

「ラルフ!」

 聞こえないはずの声に僕は思わず振り向いた。そこにいたのは馬に乗ってこちらに戻ってくるエミリーとリオラ。周りには松明を片手に持つ騎馬兵の姿もあった。

 ——なんで。なんで戻ってきたんだ。

 僕は急いで彼女たちの方へ駆けた。馬が急停止し、慌てて飛び降りるリオラ。着地を失敗し体が揺らいだところを抱きとめる。彼女の両腕に握られているのは華美な剣だった。

 受け取るとその剣はかなり重みのある剣だった。今まで振った中で一番の重さだろう。片手ではとても操れそうにない。

 相当重たかったろうに。リオラの手には、まめがいくつもできていた。

「リオラ……、この剣は」

「リュザクの魂が宿った剣なの。この剣だけが唯一、ゼルフィを倒すことができる武器。だから、これで終わらせてあげて」

「そうか……。わかった。こいつでゼルフィーを殺してくる。リオラは先に向かってくれ」

 僕の言葉にリオラは首を横に振った。かわりに囁くように言う。

「大丈夫。ここには他に兵士もたくさんいるし、守ってくれるよ」

「わかった。だが、なるべく離れていてくれ」

 僕は受け取った剣を片手に握り、急いで戦場に戻った。

 ちょうど、その時、ゼルフィーの顔が完全に再生し、奴は起き上がったところだった。

「戻ったのか。その手に握っているのはなんだ?」

「お前を殺すための剣だ」

 ゼルフィーは呆れたようにため息をついた。

「何を持ってきても無駄だ。良い加減、大人しくその体を寄越せ」

「欲しいなら力ずくで奪ってみろ。こいつはそれを許さないがな」

「言われなくてもそうしてやる」

 ゼルフィが重い腰を上げる。四つの足を器用に動かし、馬車馬のごとく勢いで突き進んでくる。この状況下で丸腰だったら、僕は逃げ出していただろう。だが、今は聖なる力を秘めた剣がある。一歩も引くことは許されない。

 ゼルフィが巨大な腕をひく。僕は剣を鞘から引き抜くと両手で握り構えた。

 そして思いっきり振り上げる。

 突き出されるゼルフィの腕。その怪物じみた腕がいきなりスパッと切れ落ちた。剣が直接触れたわけではない。剣の先端から銀色の光の線が、まるで鞭のようにしなって、奴の腕を切断したのだ。

 あまりにも突飛な出来事にゼルフィは飛び退る。その先でゼルフィは切断面を覗き込んだ。

 見ると腕が再生していない。

「なんだその光は。なんだその剣は。いったい何をしたというのだ!?」

「覚悟しろゼルフィー。お前の息子が迎えにきたぞ」

「まさか、リュザクだというのか。お前が私の邪魔だてを……。許さぬ。許さぬぞ!!」

 ゼルフィが再び突進してくる。僕は、今度は縦に剣を振り下ろした。

 重たく体をしならせて振り下ろした剣からは、またあの銀光が放たれる。今度は左側にある腕と足の全てが切り離された。

 体制を崩したゼルフィーは地面にうちひしがれる。

 そして最後の一振り……。

 最後の銀光が右側に残った脚と腕を切った。

 八つの肢を失ったゼルフィは、ただ呆然とその場に佇むだけだった。

 僕は剣を下ろしゆっくりと彼に近づく。

「やめろ……。来るでない」

 酷い姿だ。一千年も愛する人を求め生きた男の最後にしてはあまりに醜い。

「リュザク。なぜ生きているのだ。お前はもうとっくの昔に死んだはず……」

「リュザクは、膨大な魔力と引き換えに体を失った。仮初めの体を作ってはそこに宿し、この時まで生き延びてきたんだ。ただ、あんたを冥界に連れて行くためにな」

「そうか……。わしを迎えにきたのか」

「良い加減、諦めろ。どのみち、お前の願いは叶わない」

「そうか……。わしの夢はもう……。

 何がいけなかったのだろうな。わしはただ、願いを叶えたかっただけなのにな。どこで道を誤ったのか。後悔というのは時に残酷なまでに人を狂わす」

 この時、剣が震えたような気がした。早く楽にしてあげてほしい。苦しみから解放して欲しいと言っているような気がした。

 僕が剣をゼルフィーの胸に突きつけたとき、力のない声で彼は言う。

「後悔はするなよ」

「……何を言って……」

「私はあのときシオンを返して欲しいと願えなかった。死者の蘇生は禁忌であり、神の怒りに触れると思ったからだ。私は臆病で怖くて本音ではシオンを求めておったのに、結局願ったのは世界の平和だった。

 ラルフよ。願わなければ一生後悔することになる。心にぼっかりと大穴が空いたみたいな虚しさを背負うことになるぞ。

 だから、後悔するならお主の本心が求めることを願って後悔しろ。私みたいにはなるな」

 もう入れてくれ、と付け足すようにゼルフィが言ったのを聞いて、僕は剣を胸に差し入れる。

「……ああ、暖かいな。あいつの心はまだ冷たくなってなかったんだな」

 剣が強く光だし、その形が徐々に崩れ始める。柄の方からまるで砂のように細かくなっていく。

 ゼルフィも白く光だし、やがて細かい砂のようになってしまった。そして、二人は合わさり一つの球体となる。その球体はキラキラと燐光を散らしながら天高く登っていった。

 終わったのだ。一千年前の英雄の人生が、やっと——。

 夜空の彼方、二人が旅立って行くのを僕は見送った。


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