星の降る夜に僕は何を願うのだろうか・下(少年編)

第五章 魔法剣士

5-1

 リオラが眠りについてから丸四年の歳月が経った。ゼルフィーの思索通り、大地の生命力が減ったのかバーバスカム王国では、二年ほど前から作物の収穫量が格段に減っていた。

 それはほかの国でも同じ。

 隣国であるテトフス帝国でも同様に収穫量が減っていた。そして、収まる兆しの見えない飢餓が、帝国を苦しめ、ついには戦争の引き金になってしまったのだ。

 現在、星滅の日まであと二ヶ月足らず。

 飢餓にあえぐテトフス帝国に対して、バーバスカム王国には広大な土地があり、食料の蓄えも十分にあった。民を来年まで生きながらえさせるには十分すぎる食料が残っている。

 だが、テトフス帝国は違う。

 国土のほとんどを山岳地帯が占めるテトフス帝国は、鉄や石炭が多くとれ、近隣諸国との貿易で食料の不足分を賄っていた。

 だが、近隣諸国は飢餓の兆候が見えた瞬間、食糧の取引を中止した。それが原因でテトフスは深刻な食料問題に直面した。しかし、その解決策を彼の国は持ち合わせてはいない。

 やむを得ずテトフス帝国はバーバスカム王国への侵攻を開始したのである。


 ——ツァル丘陵の合戦——

  


 十五歳になった僕は、上等兵として戦場を駆けていた。

 鉛色の雲が厚く空を覆う。その下で兵士が命を燃やし、戦っていた。 

 味方の矢と敵の矢、さらに双方の銃弾が飛び交い、兵士は陣形を作らずに戦っている。

 戦場は混乱していた。

 僕は敵兵を斬りながら走っていると、突如剣が降りかかる。寸時に剣を振り上げて降りかかる剣を防ぐ。がきーんという残響。打ち上がる敵の剣。敵はすぐさま中段に構えなおすが、僕の方が動きがはやかった。

 一瞬の銀光が相手の首に横線をひく。そして——。

 ゴロリと相手の兜が落下した。倒れる鉄を纏った肉塊。

 僕は別の兵に狙いを定めて再び駆ける。

 近くで、味方に槍を振りかざす敵が見え、僕はその敵兵を斬り伏せた。

 そして、また次の敵を斬りに行く。

それを止めようと敵兵も動く。三人の敵兵が一斉に襲いかかってきた。三人という数的有利は普通の兵なら有効だっただろう。

だが無駄だ。その程度では僕を止めることはできない。

 僕は手に熱をイメージする。やがて、抑えられない程の燃えるような熱さを感じると手から火球が出てくる。その火球を向かってくる敵兵に放った。その瞬間兵士は目を見開いた。

 まるで、自分の死を悟ったように。自らの行いを卑下するようなそんな目だった。

 火球が向かってくる一人の兵と接触したその刹那、炎がそいつの全身を包む。言葉に表せないほどの絶叫と共に焼き焦げていく兵士。 

 僕は正面を敵兵に向けたまま後退する。余熱が残る手にもう一度火球を生成した。再び炎がブワッと手から出てくる。その火球を残っているうちの一人に放った。残った一人にも同様にして——。

 混沌とした戦乱の中で僕は無敵だった。魔法攻撃で複数人を相手にできる。負傷しても治癒魔法で回復してしまえば魔力が尽きるまで戦うことができる。僕は止まらない。戦い続ける。仲間が倒れても、邪魔するものは全員殺す。

 蛹の運搬するため、兵を退かせるために——。



 テトフス帝国軍総士官のシュターゲルは戦況を把握するため、山林の中から望遠鏡を覗き込む。そこに映ったのはラルフ・ロドリゲスの姿。剣の腕が立ち、魔法も使いこなして戦場をかける姿は敵ながら目に余るものがある。

 ロドリゲスの存在に危機感を覚えたのか、後ろの天幕の中では副士官やそれぞれの隊を統率する隊長たちが地図を見ながら、兵をどう動かすのか話し合っている。

 答えの出ない議論に副士官のシドルが天幕から出てきた。

「シュターゲル殿、前線の様子ばかり見てないで戦場全体を見てくださいな。我々はただでさえ兵力で劣っているのですから」

「兵力が劣っているとは……、あまり下目に見るものではないよ、シドル。我々は確かに押されてはいるが、これも想定していたことだ」

「何を言っておられるのですか。もうすでに兵の二割を損失しているのですよ」

「それが想定内なのだよ」

 確かに魔法兵を有するバーバスカム王国の兵力が優れていることは容易に理解できる。だが、こちらも攻め込むにあたりそれ相応の兵力を投じている。兵の数は五千。今見えている兵士だけではない。戦場から外れた周囲の山々。奴らの陣地のそばに兵を忍ばせている。

 前軍がこちらに進軍してきたところを見計らって突入させれば、奴等の陣地を占領できるかもしれない。補給線を断ち、奴等を烏合の衆にしてしまえば、我らの勝利がもう一息のところまで行く。

 だが、成功する確率はかなり低いのも事実。

 奴等は魔法を使って索敵しているだろう。そうなれば我が兵士の居場所もすぐに気がつくかもしれない。

 しかし、これしか方法はない。

 正面突破は、ほぼ不可能。魔法剣士が前軍にいる限り、我が軍の侵攻は不可能なのだ。つまりは騙し打ちでしか、勝機はない。

「シドルよ。私がなぜこんな動きづらい山中に陣地を隠したと思っている」

「いいえ。存じませぬ」

「魔法が使える奴らに真っ向から攻めても我々に勝ち目はない。だからこそ、こんな動きづらい山の中でも、身を隠す方を優先したのだよ。奴等は鷹の目を使って索敵してくるな。

 なら、この常陽樹の影に隠れるのが正解だろう。

 我々の居場所が奴らに知られたとしても我々が退かない限り、奴等は必ず侵攻する。我々はここで身を留め、奴らが罠にかかるのを待つのが最善なのだよ」

 敵が、見落とした影から首を掻き切る。それが一番確実だ。

 だからこそ、いま前衛にいる兵士には命を落としてもらう他ならない。それが国のためなのだから。

 シュターゲルはもう一度望遠鏡を覗き込む。その時には、前衛のほとんどがロドリゲスによって殺されてしまっていた。しかし、それは、かなり前の方まで進軍してきたということ。

 補給線を断つなら今しかない。

「矢笛の準備をしろ。もうすぐ動くかもしれん」


 

 前戦にいる敵の姿はほとんどいなくなった。倒れている敵兵ばかりが目に映り、それ以外は退いたのだろう。

 『オワォン。オワォン。』

 突如戦場に音が鳴る。

 決して高い音ではない。低く張り詰めたように鳴るその音は、動物が合図を送り合っているようにも聞こえる。

 味方の角笛だ。自陣から後退しろと合図を送っているのだ。

 なぜ角笛が吹かれたのか、考えられることは三つだ。

 一つは、戦況が落ち着いたため、一度補給も兼ねて戻れという指示。二つ目は、自陣に危機が迫っているから応援がほしいという救援信号。もう一つは、敵の戦略が明らかになったから侵攻準備のため戻れという指示。

 いずれにせよ早く戻らないといけない。

 僕は逃げ帰る敵兵から目を外し、引き返す。

 陣営に戻るとモーゼスが深刻な面持ちで話しかけてくる。

「ラルフ、北と南の山に敵兵が潜んでいる。このまま前進するのは一旦待った方がいい」

「それがどうしたんだ? そんなことで僕たちを戻したのか?」

 モーゼスの表情は怪訝になる。険しい表情のまま胸倉をつかむ勢いで詰め寄ってきた。

「俺の言ったことが分からねえのか。敵の策を封じるのが優先だろうが」

「だから、そこに僕らがいるひつようはないよな。魔法兵は置いていくんだ。弓兵と歩兵も置いていく。それで十分耐えられるだろ」

 モーゼスは不快な面持ちのままだったが、僕のやらんとしていることを察したのだろう。慌てたように僕の両肩を掴む。

「お前、まさか魔法剣士だけで突入する気なのか」

 ああそうだ、と僕は平然と返した。

「正気か!? 敵がどの程度潜んでいるのか、事前に知っているとは言え、奴等は三日も前からこの地で準備をしていた。いったいどこにどんな罠が仕掛けられているかわかったもんじゃない。いくらなんでも無謀すぎる」

「じゃあ、他にこの合戦を終わらせる方法があるのか」

「それは……」

「モーゼス。お前だってわかっているんだろ。

 ここにいるのは、なにも国のために戦っている者だけじゃない。愛する人を国に残してきている者の方が圧倒的に多い。ツァル丘陵を突破されたら次に戦地になるのはサンドリアなんだぞ」

 このとき、鷹使いが話に割って入ってくる。

「ロドリゲス上等兵。敵陣の特定ができた。ここから北北東に二キロの山の中だ。ただ、気負つけてくれ、侵攻方向正面の山に敵兵が集まっている。数は二〇程度だが、罠にも見える。警戒は怠るなよ」

「わかった。忠告感謝する」

 俺は周囲に指示を飛ばす。

「魔法剣士全員と馬も人数分集めろ。準備できしだい突入する。

 弓兵は南北に分かれて待機。魔法兵も補助魔法の準備をしておけ。奴等は侵攻前に必ず何かしらの合図を送ってくる。見逃すなよ。合図を察知したら弓兵はモーゼスの指示のもと矢を一斉に放て。魔法兵は矢を操り、潜んでいる敵兵を全員射殺せ」

 指示の後、一人の兵が駆け寄ってきて、威勢よく報告する。

「ラルフ上等兵。魔法剣士の召集、及び馬の準備完了しました。いつでも出発できます」

「わかった。すぐ向かう」

 僕は、モーゼスに向きなおる。

「ここの指揮はお前に任せる。モーゼス」

「わかっているのかお前にだって待っている人が……」

「僕は死なないよ」

 その言葉を吐いた時、モーゼスは何か言おうとした。だが、言いたかった言葉を詰まらせたのか、俯いて——行ってこい——とだけ言った。

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