1-7

「モーゼス!? なんでここに?」

 僕は兵士を見て思わず叫んでしまった。まさか、教人がモーゼスだとは思っていなかったのだ。しかし、モーゼスもどこかやるせない顔をしている。それを見て僕はモーゼスが答える前に察してしまった。

「お前と同じような理由だよ」

 モーゼスは目顔でエミリーを指さし、そのさされた本人は求めてもない理由をつらつらと説明し始める。

「私が北部の領土を統治する事になったら騎士として雇う事にしたの」

「はっ!? 独立国家でも作る気? 王が騎士を持つことなんて認めないと思うけど?」

「そんなことないわ。あなたが住んでた村は知らないけれど、北部領は基本的に敵国に隣接しているから王も兵をおきたいはずよ」

「そういうこった、ラルフ。俺はその嬢様を鍛えなきゃならねえ。だけど俺も毎日都合が合うわけじゃねえから、トレーニング相手としてお前に白羽の矢がたったというわけだ」

「一応聞いておくけど、そこまでしたいのは護身のため?」

「それもあるわね。それよりも二度とあんな愚行をさせないための方が大きいわ。反乱なんて馬鹿な発想ができないぐらい絶対的な力で統治をする」

「それならお断りだね。僕はその手のやり方が嫌いだ」

 僕が踵を返し、訓練場を出ようとすると、エミリーが止めに入ると思いきやモーゼスが声をかけてきた。僕は足を止めモーゼスの言葉に耳を傾ける。

「ラルフ。お前、あの辺の村があの後どうなったか知らないだろ?」

「ああ……。知らないし聞きたくもないね」

「そうだろうな。だけどお前は知っておくべきだ。あの辺に住んでた人はみんな死んだ。食糧の奪い合いでな。南の方に移り住むという手段があったにも拘らず、最後までなけなしの食糧を奪い合って死んだんだよ。なあ、ラルフ。そんな人たちがお前、聡明だと思うか?」

 モーゼスの言葉に僕は首を横に振った。

「思わないよな。だがな、領主というのはそんな奴でもわかるように統治しなくちゃいけないんだ。その一つの手段が力による統治なんだよ。力によって絶対的な服従をさせる。これも一種のやり方だ」

「お願いラルフ。あなたに不自由はさせない。だから……」

「わかったよ。やればいいんでしょ。やれば」

 そう言うと、二人とも笑顔になる。

「おっしゃ。早速始めるぞ」


 僕は訓練用の皮の防具を着込むとモーゼスから渡された木剣を握り構えた。

(初歩的な構えは朝の訓練で習得済み。問題は反応できるかどうかだ。あと力に耐えられるかも気になる)

「それじゃあ、始めるぞ。まずは初歩的なことから……」

 モーゼスはゆっくり僕に歩み寄る。僕は剣を上段に構えていると、モーゼスの剣を持つ腕が振り上がった。

(頭上からの攻撃。なら、頭上で剣が交差するように水平に構えればいい)

 考えた通り、頭上に持っていき、モーゼスの剣と交差するようにした。モーゼスの一撃が僕の木剣に打ち合った瞬間骨まで響く、衝撃が僕を襲った。

 ——重た!!

 思ってた以上の重い攻撃に僕は全身に力を込めて耐えた。

 さらにモーゼスは別の角度から剣撃を打ち込む。横からの攻撃に対し、僕は剣を垂直にして当てる。更に剣撃は続いた。

 モーゼスは力を抜いているつもりなのだろうけれど、僕にとっては一撃一撃が重く、受けるだけで体が持っていかれる。朝の訓練中、悪戯に木剣を振っているのとはまるで訳が違う。

「ほら、どうした。もっと強く押し返せ」

「それじゃあ、私と相手にならないわよ」

「ぼく……だって……がんばって……やってる」

「おら、しゃべる余裕があるならもっと力入れろ」

 そんなこと言われても僕にはどうにも出来ない。

 全身の筋肉は早々に限界を迎えた。腕が上がらなくなり、足の動きも鈍くなりプルプルと震えた。肺も限界を迎えているのか、息を吸っても、吸っても苦しさが和らがない。

 木剣を落とし、僕は膝に手をついた。荒れた呼吸を落ち着かせようと精一杯息を吸い込む。

「まあ、今日はこんなところだろう。定期的にやればそれなりにできるようになるさ」

 そう言うとモーゼスは僕が使っていた木剣を拾い上げるとエミリーに渡す。今度はエミリーを相手に剣の手解きを始めた。彼女の動きは僕より何倍も軽快で秀美だった。いったい僕は彼女に追いつけるのだろうか。


 それからは飛ぶように時間が過ぎていった。通常の勉強に仕事に加え魔法の勉強と剣の修練をするという休みが全くない生活となった。しかし、そこまで苦ではない。夜になれば転げるように眠れるし、充実した毎日がおくれているという実感があった。

 ここにきてから半月が経つ頃には、いじめをしてくる輩はいなくなっていた。

 単純に生活態度を満たしてないと見なされ追い出された奴もいたが、大抵は僕の魔法が怖くて近寄らなくなったやつがほとんどだった。

 僕が寮の前で木の板を丸焦げにしたり、電撃で撃ち抜いたりと常人が恐れそうなことを毎日見せつけるようにやったのだから当然といえば当然だろう。

 いつの間にか、僕を怒らせてはならない——といった暗黙のルールまで出来上がっていた。

 剣術の方も大分成長できたと思う。モーゼスが本気を出していないとはいえ、最初は止めることで精一杯だったのが、反撃をできるまでにはなった。それからエミリーとのトレーニングを始め、お互いに練度を高め合っている。

 そんな日々が僕にとって当たり前のことになり、今は割と楽しく生活している。始めた頃は休憩時間がなくてどうなるのかとも思ったが、意外と慣れてしまえば容易いものだ。

 ここへ来た時に抱いていた漠然とした不安はもうない。きっとうまくやっていけるだろう。


 




 

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