第4話 龍殺しの錬金術師


 巨大な影が空を覆う。その影とともに俺たちの足元に巨大な影が現れる。まるで2体の巨大な怪物を相手にするかのようだ。だが、片方は水面に映る鏡像だ。幻の存在にすぎない。


「来るぞ」

「アルク、どうするつもり?」

『敵対巨大生物と対決するための火力が不足。巨大生物の撃破は極めて困難』

「火力ってのは……作るんだよ!錬金術式、分子雷解!」


 俺はフレアとエクスプレインから貰った槍と金属板を、水面に刺す。槍と金属板の間の鎖に魔力を流すと、水面の周囲からぶくぶくと泡がでる。薄い膜でその泡を包む。泡が大きくなっていき……


「耳を塞いで口を開けろ!」

「なんで!?」

『フレアに警告。アルクが爆発を発生させる危険性判明。即座に距離をおき対爆行動を遂行』

「わからないけど、わかった!」


 フレアが俺から距離を置く。俺も槍と金属板から距離を置く。雷解によって発生した水素と酸素に電気で起こした火花で爆発を起こす。無論この程度の爆発では巨大生物には僅かな傷も負わせることは出来なかろう。だが。


「おおおおぉぉぉぉぉ!!」


 俺が起爆させたのは、ためだ。巨大生物に対してさらなる爆発エネルギーを発生させるため、としてこの塩湖を使わせてもらう。そのエネルギーを用い、水蒸気爆発を引き起こす。巨大生物が接近してきたタイミングで、俺は巨大な爆発を発生させる。もんどりうって吹っ飛んでいく巨大生物。しかしあまりの爆圧で俺も吹っ飛んでしまった。耳が吹っ飛んだかと思った。


「アルク!」

「……ってて……大丈夫だ。奴は?」

『対象に一定規模の損傷、流血及び軽度の火傷を確認』

「まだまだ健在のようだな!」


 奴の口元に火の弾のようなものが現れる。まさかと思うけど、あれ、食らったら火だるまになるやつか?とはいえよく考えてみると、ここは水辺ではないか。火の弾が向かってくるのを確認したので、俺は横に転がりながらかわす。服や髪に火がついていたが、こちらは水の中だ。消火は簡単にできるというものだ。


 奴はそれでも接近はしてこない。無理もない。あの爆発引き起こすような相手に対して、うかつに近づいて再度爆発に巻き込まれてはたまらないだろう。


「攻め手にかける、か」

「アルク、ちょっといいか?」


 フレアがこちらに樽のようなものを持ってやってきた。何をするつもりだ?


「別に爆発などさせなくても、この塩湖の塩水なら」


 そういうと巨大生物に向けて、塩湖の塩水を豪快に投げつけた。巨大生物が悶絶する。塩水は傷には染みるだろう。


「目にかけたらあとはどうとでも始末できる」


 フレアはそう言って、のたうち回る巨大生物に近寄り、その口に槍を突き刺そうとした。だが。


 急にヤツの。そしてフレアの下半身となっていたクマに喰らいついた。慌てて足を食いちぎられながらも、かろうじて逃げられた。


「馬鹿な……視力は奪ったはずなのに……」

『瞬膜:爬虫綱などに属する、ある種の生物に見られる眼球を保護する機構。塩水から回避するために使用した模様』


 そんな機能もあるのか、この怪物は。塩水が眼に入ったはずなのに、こちらをジロリと睨みつけている。小手先でどうこうできる相手じゃ無いということか。さて、どうするか……。


 お互いに睨み合いをしながらも、俺は思考を止めない。あの魔王たちによって脳に押し付けられた記憶、その記憶の中に武器がある。化学反応というその記憶を、錬金術式に反映させる。この塩湖の底に溜る塩、その塩をする。


「もう一度だ!錬金術式、分子雷解!!」


 記憶が確かなら塩とは塩の素(記憶では塩素言っていた)により、ソディウムと呼ばれる金属が『塩化』することで『塩』となる。その塩からソディウムを取り出すためには、『雷』の力が必要だ。生体にも雷の力が存在するという。ソディウムは塩を構成するの一種であると、俺の中の記憶が俺の脳内で囁く。


 ……ソディウムは、破壊の力を秘めた金属なのだ。爆発する力、そして溶解する力を。


 それと同時に、俺の脳内に忘れていた記憶が戻ってくる。忘れていた記憶は、忘れていたいものだった。俺の存在は、程度の存在だったのだから。嘲笑と罵倒、暴力、そして拉致されて……


「……俺は、だった……」


 そのことを思い出すと、怒りがこみ上げてくる。怒りは俺の歩みを前に進める、力だ。怒りをまりょくに変換し、金属のソディウムを生成する過程で、周囲に黄色い煙が立ち上る。


「これは……?」

『アルクに警告!高濃度の塩水の電気分解に伴い、大気中に大量の塩素ガスが発生!!生存に危険な濃度の為、速やかに退避することを推奨!』


 まずい!生存に危険ってどういうことだよ!?立ち上る煙の色は、尋常じゃない状況なのだということを再確認させてくれる。俺が逃げ出そうとしたその時、巨大な影が俺の頭を狙い噛みつこうとしてきた。これは、終わった、そう思った。


「グギャギャギャぁぁぁぁ!!!」


 巨大な飛行生物は、奇声を発して俺から距離を取る。煙が危険だったのは俺だけではないのだ。俺も煙から距離を取る。助かった、逃げられた。


 奴の影が俺の頭上を通り過ぎる。背後から狙ってくるのだろうか?影を無視しながら、高台を目指して走る。ひたすら走って走って登る。影が俺のことを噛みつこうとしてくる。左右にジグザグに逃げながらなおも登る。息が切れそうだが、呼吸をしなくて済むように錬金術式で体全体にを生成する。まりょくが削られていくのを感じる。意識を持っていかれそうだが気合いで耐える。


「ここまで登れば……」


 背後の影と同じ高さになったのを確認して、俺は背後の影に持っていたソディウムの塊を投げつけた。飛行生物が口から火の玉を吐き出そうとしているのを俺は目の当たりにしたが、同時にソディウムが奴の口の中に吸い込まれていくのも確認できた。火の玉をかわそうとして、俺は坂道を転がり落ちてしまった。ゴロゴロと転がる俺に飛行生物が迫ろうとしてくる。


「うわああぁぁぁ!!」


 転がり落ちて体のあちこちをぶつけながら、俺は最後の時を待った。とりあえず止まれ。……やっとのことで服が木に引っかかって止まった。背後を振り返ると、飛行生物がこちらに迫ってくるのがやけにゆっくりと見えた。死の目前の光景とはこういうものかもしれない。


 ……その光景は、轟音と閃光と共に一瞬で消滅した。


 先程まで飛行生物の頭があった部分には、何もなくなっている。首から先が一切なく、周囲には血と骨、肉塊が無数に散らばっている。ここまでのことになるとは思わなかった。


「酷い光景になったな」

「全く」


 クマの下半身を引き摺りながら、フレアがこちらに近づいてきた。


「この身体は使い物にならない。さっきは手ひどくやられてしまった」

「それでどうするつもりだ?」

「先程のクマと同様にこの死体をのっとれるか試したい」


 ……控えめに言って人間やめてるのではないか?そう思ってはいたが、口に出すのは憚られるので俺はただ


「そうだな……」


 とだけ返すことにした。


 ---


 エクスプレイン『金属ナトリウムと水の化学反応は水素による爆発ではなく、電気的な急速な化学反応に起因と比較的近年になって判明。


https://www.natureasia.com/ja-jp/ndigest/v12/n4/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%82%AB%E3%83%AA%E9%87%91%E5%B1%9E%E3%81%AE%E7%88%86%E7%99%BA%E3%81%AE%E7%A7%98%E5%AF%86%E3%81%8C%E6%98%8E%E3%82%89%E3%81%8B%E3%81%AB/61962


 ここまで読んで面白いという感想を持った読者諸賢に、小説フォロー、高評価を切に要請』

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