幻想世界(ファンタジー)はもうおしまいです ー底辺錬金術師が知識チートで幻想世界に叛逆するー

とくがわ

第1話 魔王城でも硝酸アンモニウムが2000tあれば消滅する


 ……すえたような臭いが辺りに漂っている。臭い。たまらなく臭い。この悪臭は一体なんなのか?……頭痛がする。一度にとんでもない量の『知識』が脳内に入った様な気がする……気のせいだと思うが。


 その記憶が『俺』に告げる。この臭いは『NH3』だと。『アンモニア』ともいう刺激臭のある気体。その気体が周囲に大量に存在する。気体は何かの物質に吸収されているのだろうか、とにかくこの量は異常だ。


「くせぇ……どうにかしないと鼻が……」


 目の前に何かが浮かび上がり、俺はそれを『文字』だと認識する。……読める。『ハーバー・ボッシュ法』?なんだそれは?……『アンモニア』を大気中の『酸素』と反応させ『硝酸』に変える。変えた『硝酸』を『アンモニア』と反応させて『硝酸アンモニウム』を生成すれば……


「畜生、何なんだよこの『記憶』は……」


 俺は周囲を見回した。ベタベタとした粘液に満ちた壁や地面からは、何本ものさまざまな色の紐が転がっている。その紐からは金属の板が出ていて……。気持ち悪いので、その紐を力づくで抜きすてる。頭にへばりついてやがったし、紐の先の金属片は俺の頭に突き刺さっていたから抜く時に痛みが走る。頭から血が出てるんじゃないか?


 部屋の奥の方から音がする。複数の音がこちらに近づいてくるが、歩いている音にしては湿った音だ。その音はなぜだか嫌悪感を俺に催した。なにやら足音?の主は会話をしているようだが、なにを言っているかは皆目見当がつかない。それらはさらに近づいてくる。


 おぼろな灰色の姿が二体、くすんだ肌色に見えるつぎはぎの布のような皮のようなものを纏って俺の前に現れた。大きいのは俺の身長よりも大きい。おそらく多くの人間よりも大きいのではないか。が俺に対して、俺の知っている言葉で話しかけてきた。


『……魔法のはあるか?』

「魔法?」

『魔法を使え。そうすれば生かしておいてやろう』


 ……魔法ってなんだ。そもそも勝手に生かすだのなんだの言われる筋合いはないのだが。それにしてもさっきから悪臭がひどい。


「くせぇな」

『はぁ?おい貴様、車輪の魔王様に向かってなんて言い様だ』

「この匂いをなんとかしないとな」


 正方形が組み合わさった金属のようなものが、部屋の片隅に転がっているのに気がついた。王冠や指輪といった装飾品と一緒に、無造作に転がっている。


『ガリウム』『銀』『白金』『コランダム』『炭素』……見続けると次々と目の前に文字が現れる。臭いわ文字が鬱陶しいわでストレスが溜まる。なんとかしてくれ。俺は車輪の魔王とやらに聞いてみた。


「目の前に文字が現れるのって魔法なのか?」

『目の前に文字?……これはだぞ』

『魔王様、おめでとうございます』

『……ふむ。なら文字の中に動かせるところがないか探して、動かしてみろ』


 動かせるところねぇ……文字を見て回っていると、あったわ動かせるものが。矢印のようなものがある。どうやらこれを自分の意思で操作できるらしい。


「あった。それでどうすればいい」

『魔法の項目を探して、使えばいい』

「やってみよう」


 魔法の項目を探したが、なかなか見つからない。文字列をずっと見ていると目が痛くなる。


『まだか、魔法は』

『落ち着くのだ……貴様、ひょっとして文字が読めないのか?』

「いや、文字は読めるが魔法の項目がない」

『魔王様、こやつやはり……』

『こういうとき、慌てて何かを切り捨てる者は大事なものを喪うことが多い。私は知っている』


 待ってくれるのは寛大なのか?いや、そもそも寛大な奴は生かしておいてやるとか言わない。とはいえこの状況はお互い良くないのは確かなので、俺はある提案をしてみる。


「出てきた画面の文字読み上げるから、その中に魔法か魔法に関係するのがあったら『それだ!』と言ってくれ」

『なるほど、それはいい考えだ。やってみろ』


 並んでいる文字列を次々読み上げるが、二体の反応はない。しばらく読み続けているうち、『錬金術』という文字列を読んだ途端、二体がものすごい落胆したのがわかった。


『はぁー』

『ダメだったか……』


 人間以外でも落胆する感情ってあるんだなぁと、俺は素直に感じた。そういうところは、異種族であってもわかり合えるものかもしれない。それにしても、ここまで猛烈に落胆されると逆に気になる。


「なぁ、錬金術ってなんなんだ」

『錬金術……術式の中で、唯一行使しても術式が適切に再現されない術式だ。伝承には金以外から金を作ったとも言われるが、おそらく事実ではあるまい』

『魔王様、やはりこやつを処分すべきでは』

『いや待て、ひとまず錬金術を行使してみよ。話はそれからだ』


 魔王はまだ話がわかるように思えるので、その期待に応えるのも悪いことではあるまい。錬金術に矢印を合わせると、また凄い量の文字列が並んでいる。……目の前が暗くなる。へたり込みそうになった時、無意識に何かを押してしまった。


「あっ」

『おい、何をした!?』

「ごめん」

『何をやったー!?』


 小さい方に叫ばれながら首を掴まれ、ぶんぶん前後に振られるが、意識がもうろうとしているのでよくわからない。


『……哲学者の石catalyst起動。ガリウム-白金合金によるアンモニア処理を開始します』

「なんか哲学者の石がガリウムなんとかって言ってるんだけど」

『哲学者の石?ガリウム??』


 部屋に転がっていた四角が積み重なったような形の虹色に輝く金属に、指輪が溶けてゆく。そしてそれらは液体になった。


『なっ!?金属が、溶けただと!?』

『熱くない……魔王様、これはどういう魔法で……』


 金属が広がってゆき、そこに空気が吹き込まれていくかのようになっている。泡立つ金属はやがて部屋を覆い尽くし始めた!


「ちょ!?一体何がおきてるんだよこれ!?」

『なんだこの魔法は……!?』


 俺たちは呆然とその光景を見ていた。ブクブクと光り輝くその液体が泡立ち続けるうち、だんだんと臭いがなくなってきた。


『しょ、瘴気が……消えていく……』

「ん?瘴気?」

『貴様!何をしている!?早く魔法を止めろ!!』


 止めろと言われるが止め方がわからない。金属のような液体は、部屋はおろか他のところにも広がっていくようだ。何かの力が身体から抜けていく。俺は立っていられないほどになった。


「ダメだ、どうやったら止められるかわからん」

『それでは困る!なんとかしろ!!』

『魔王様!早くこいつを処分するご決断を!!』

『もしそれで更なる暴走したらどうなる!?』


 俺はなんだか申し訳ない気分になってきた。とはいえ何しろ何をどうしたらいいかわからないのも確かで、ただただ頭がくらくらしている。部屋の中や周囲の悪臭が消えていく代わり、液体の上に何かの白い粉末が生成され始めた。何が起きているやらさっぱりだ。……硝酸アンモニウムという文字が表示されている。俺の意識はそこで一度途切れた。


 次に俺が目覚めた時、そこは広間のようなところであった。周囲にはやはり大量の白い粉が転がっている。俺は何をやったというのか。魔王が俺に言い放つ。


『約束を違えることになるが、制御できない力など放置はできない。何が起きるかわからない危険性を許容するのは無理だ。すまないが死んでもらう』

「くそ……」

『その実験体の処分、ぼくにやらせてよ』


 魔王の後ろの扉から、人型の上半身を持つ異形の獣が現れ、そういった。その獣の背中に、緑色のぶどうの粒のようなものを頭の周囲につけた人形が載っている。少々ゆるい表情をしたその人形から声がする。


『マスカットライオン!?貴様何をしに!?』

『相変わらずルカルゴンが大好きなんだね側近くんは』

『なんだと!?』

『まぁいいや、ぼくが作った試作品なんだけどさ、なかなかいい出来なんだよ。特性があるんだ。この試作品の素体の人間、人の国を憎んでるみたいでさ、復讐のための力をあげるっていったら試作品になることを了承したんだ』


 試作品とか何を言ってるんだこの獣は。しかもよりにもよって、その材料が人間とか言ってるんだが。獣の後ろからその試作品とやらが現れた。……複数の生物が組み合わさっているその中心に、人間のような身体が見え隠れする。


『古代のヨタ話の中にあったあの名前をつけようかな。そうそう、おまえはスキュラだ』

『ヴァァァアァアァアァアァァァ』

『ルカルゴン、いいかい?この試作品のテストさせてもらうよ』

『構わぬ』

『それじゃよく知らない実験体くん、さよなら。スキュラ、よろしく』


 おいおいおいおい!なんか俺のこと殺そうとしてないか、マスカットライオンとかいう目の前のこいつは!人形のくせにろくでもないことをやりやがる!目の前の文字に何かがないかを探す。


『自然発火:黄燐』


 画面の端の方にそのような文字が見える。スキュラとかいう怪物が俺につかみかかりつつ、下半身の口で噛みついてくる。左腕が噛まれた!?左腕が潰されそうな圧力をかけられる。血が滲む。この口のようなものからなんとか逃げられないか?


 この怪物の下半身から上半身に向かって、何か線のようなものが生えている。血管と言った方がいいか。臍の緒?この化け物はこの体とこの臍の緒で繋がっている?目の前に文字が現れる。


『遊離アミノ酸からアトニンを合成します。合成しますか?』

「よくわからんがする!」

『何をするつもりかわからんがやめろ!諦めて死ね!』


 魔王が無茶苦茶言っているが知ったことか。とにかくこの状況をなんとかしたい。アトニンってなんなんだろう。滲んだ血から、何かの粉が吹き出る。その粉がスキュラの口に入った途端。


『ギャアァアァアァァっ!!!』


 スキュラが苦しみながら、。マスカットライオンが俺を怒鳴りつけた。


『なっ!何をしたおまえっ!』

「いってぇ……腕がちぎれるかと思っただろ!」

『スキュラ!そいつを始末しろ!なんでもいいから魔法で吹き飛ばせ!』


 スキュラの下の口のあたりから何やら音がする、そう思った次の瞬間、下の口に橙色に輝く火の玉が出現した。まずいのではないかこれは?


「ただ殺されると思うなよ畜生が!」


 先程見えた黄燐という文字列に矢印を合わせる。何かの塊が俺の目の前に現れたので、俺はそれをスキュラに投げつける。あ、避けられた。


『ウオォオォぉぉぉぉ!!』

『さぁ!焼き尽くすんだ、スキュラ!』

「ここまでか……」


 そう思った瞬間、スキュラの背後ですさまじい音がした。猛烈な風とともにスキュラが吹き飛んでくる!その巨体を俺は避ける術もなく。


「うわあァアぁぁぁ!!!」


 俺はどうすることもできず、スキュラと共に吹き飛ばされて行くのを感じた。その威力は魔王の城すら消滅させる程であった。スキュラの崩れた身体と吹き飛んだ城の瓦礫に巻き込まれながら、俺たちは彼方に吹き飛ばされていくしかなかった。


---


???「哲学者の石とは、錬金術で使われる言葉で、現代でいうところの『触媒』に相当する(哲学者の石を賢者の石と同一視する場合もあるが……)


以下に「ガリウムに微量の白金を溶解した触媒は高性能な触媒になりうる」という報告を展開する。


https://www.nature.com/articles/s41557-022-00965-6


ここまで読んで面白いという感想を持った読者諸賢には、小説フォロー、高評価をお願いさせていただきたい。それでは、また」

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